後編
「それでは、ご登場いただきましょう! みんなが夢見た憧れのひみつ道具、あのタイムマシンを開発し、のみならず自らテストを行い人類初の時間旅行者となられた今世紀の英雄、松村博士です!」
松村博士が壇上に登場すると、無数のフラッシュが炊かれた。生中継しているテレビの画面に「フラッシュの点滅にご注意ください」のスーパーが出るほどである。
溢れんばかりに響く拍手に対し両手を振ってみせる。拍手はさらに高まった。
すらりと背の高い中年のインタビュアーが、低く渋い声で話しかける。「松村博士、この度は本当におめでとうございます! 今まではSFの道具でしかなかったあのタイムマシンが、私が生きている間に実現するとは思ってもいませんでした」
「SFの世界をリアルに持ってくるのが科学者の務めとわしは思っておるからな。その信念を具体化したまでじゃ」
「やはり原理などをお聞きしても難しいんでしょうねぇ」
「量子力学をとことんまで煮込んで、そこに一般相対性理論とユークリッド幾何学をスパイスとして加え、超弦理論を隠し味にして、最後に――」
「最後に?」
「ここからは秘密じゃ。全国放送で云うわけにはいかん」
「そうですかぁ。それは残念」
「誰もが見逃していた盲点に気付いただけじゃよ。ま、わしだからこそ気付けたわけじゃが」
「そんな素晴らしい発明をしただけでなく、どんな危険が潜んでいるかも分からない人体実験に自ら挑まれたこの勇気!」
再び万雷の拍手が沸き起こる。
「自分で造った物じゃ。自ら確認するのは当然じゃろう」
「しかし、下手をすれば時空の狭間を漂う、『さまよえるオランダ人』のようになってしまうと聞き及んでいますが、やはりご自分の理論に絶対の自信があったんでしょうねぇ」
「この世に絶対などはない、と云う者もおるが、わしの理論だけは例外でな。助手の高橋くんが必死で止めてくれたんじゃが、わしも科学者としての責務を果たさぬ訳にはいかぬでな」
「そして実験は見事に成功し、博士はタイムマシンの開発者としてだけではなく、栄えある人類初の時間旅行者となられたのです!」
「そこはタイムリーパーとカッコよく云ってほしいんじゃが……」
「明日、この会場で公開実験が行われます。是非皆さんご自身の目で、歴史的発明の成果をご覧ください!」
「次は雑誌じゃったか?」
「はい。『サイエンスワールド』ですね」
松村博士は今、殺人的に忙しかった。テレビやネット番組、ラジオ番組への出演依頼から新聞、雑誌のインタビュー、講演依頼は次々に舞い込んでくる。
どこに行っても、天才だ、勇者だ、ともてはやされ、ややもするとタイムマシンを開発したことよりも初めてのタイムリープに自ら志願して挑戦した勇士として取り上げられる方が多いくらいだ。またある雑誌では、・アルバートアインシュタインとユーリ・ガガーリンを合わせたくらいの功績だ、と絶賛した。
当然、番組への出演料や公開実験の見学料、講演の依頼料などであっという間に長者番付の仲間入りとなったが、博士は金よりも学者らしく名誉の方にこだわりがあった。
「わしを追放した学会の連中の吠え面が目に浮かぶわ」
タイムマシンの運用には倫理的や道義的な問題も絡む。そのために科学技術省主導で<タイムマシン運用委員会>が作られ、当然委員長には松村博士が任命された。
ようやくたどり着いた、自らのあるべき場所にいる博士は幸せだった。
それぞれ3秒間で妄想を巡らすと、また揉み合いとなった。
「博士、やっぱりぼくがやりますよ! 是非やらせてください!」
「何を云う。やはりここは開発者たるわしが責任を果たさねばならぬ」
「いやいや、危険な任務には若くて体力のあるぼくの方が適任ですよ」
「科学の発展に心身を捧げるわしの気持ちがわからんのか」
「科学の犠牲になれるのならそれも本望です」
10分の後、二人は妥協案に落ち着いた。二人一緒に行えばよいではないか。
「よし、そのためにはリモコンを作らねばならん」
タイムマシンは縦横2mの立方体の横にやはり70cm四方の台が取り付けられている。二人が台に乗ると操作する人間がいなくなるのだ。博士がリモコンを作っている間に、高橋青年が台を2m四方の物に交換した。
博士はわずか1時間でリモコンを作り上げた。さすが天才科学者である。
「さて、ではいつにしようか」
「最小単位はどうなります?」
「うむ。この二人分の質量だと、わしの計算では半年というところじゃな」
松村博士謹製のタイムマシンはタイムリープさせる物の質量によって、行ける時間の最短が変わってくる。ダークマターが5時間後にタイムリープさせたのは、それより前の時間――2時間後や4時間後にはできなかったのである。
「では、半年後はどうです? 競馬の結果とかを見ることができたら、あっという間に大金持ちですよ」
「キミは金のことしか考えられんのか。もし地震などがあってこの研究所が潰れていたり崩れていたりしたらどうするのじゃ。わしらは瓦礫の中身動き取れぬままとなるぞ。未来に行くのは、『未来ビジョン』か移動もできるタイムマシンを作ってからの方が良いぞ」
「なるほど。それでは半年前にしましょう。ちょうど半年前だったら二人ともあの先生のお通夜に行くと云うことでここにはいませんでした。ぼくたちが半年後のぼくたちに会っていなくても当然なんですよ」
「タイムパラドックスの問題は避けられるわけじゃな」
「それに半年前はまだ組み立て始めたばかりで、この場所には何も置いてなかったはずです」
「うむ、では半年前にしよう」
博士がリモコンを操作して設定し、二人は台に乗った。
「いよいよですね。ふふっ、富と女の子たちが待っている」
「学会の連中め。見てろよ」
もはや科学者の務めだの、科学への献身などは忘れ去っている。
松村博士は、実行のボタンを押した。
「ターイムリープ!」
博士の理論と開発は完璧だった。
二人の体は宇宙空間にあった。正確には地球の公転軌道上だ。
地球は太陽を挟んで反対側にあった。
松村博士、タイムマシンをつくる 藍川 峻 @Chiharun
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