第2話

「オレは見学に行ってこいって言っただけなんだけど」

伊織を連れて帰ってきた俺を見るなり、黒い魂は呆れたようなため息をこぼした。

「ちゃんと見学もしてきました」

「そういう問題じゃねぇよ」

仕事の手は止めずに黒い魂は伊織を見る。

伊織はというと、ビビりかと思っていたが案外そうではないらしい。俺の隣に立って周りをキョロキョロ見回している。

黒い魂は

「面倒事を連れてきやがって」

とまだグチグチ言っている。

「有給休暇をください。俺は彼を元の世界に返してあげたい」

「彼?あぁ」

随分やる気のなさそうな返事だ。

本当は、黙って伊織を連れ出しても良かった。だが、俺は持っている情報が少なすぎる。そもそも、この世界には出口があるのか、という話からだ。黒い魂はこの世界に長く居そうだから、仲間に引き込んでいた方が楽だ。利用できるものは利用したい。

「有給休暇と言ってもな。そもそもこの仕事に給料なんか発生してねぇよ」

この世界に文句がひとつ増えた。俺は伊織を送り届けたら、まずはこの世界に労働基準法を作らなければならないらしい。

「なら、休暇でいいです」

有給かどうかはそれほど重要じゃない。外に出る口実が欲しい。

「分かった。課外授業に行ってこい」

「課外授業」

「そ。なんの意味もなく仕事をサボらせる訳にはいかねぇ。だから、課外授業って事にする」

まぁ、休暇であろうが課外授業であろうがなんでもいい。黒い魂は俺が伊織を送り届けることを了承してくれたらしい。もう少し説得が必要だと思っていたから驚きだ。話が早いやつは好きだけど。

「ちょっと待ってろ」

黒い魂はそう言うと、紙に何かを書き始める。

「なんですか?それ」

「外出許可証みたいなもんだ。オレのサイン付きだからなくすなよ」

公式な書類か。労働基準法はないくせに、そういう所はしっかりしているんだな。渡された紙には課外授業の内容とリーダーの欄にシロと記名があった。

「シロさん、ですか」

黒いのに。白なのか。ちょっと面白い。

「ちょっと死神くん。人の名前見て笑うもんじゃないよ」

「これは反則でしょ」

「どこがだよ」

「すみません」

口先だけは謝っておく。それにしても、シロさんも自分の名前を覚えているのか。伊織も覚えているところから考えると、俺が特異なのかもしれない。

「ここは4階建てだ。俺たちがいるのは3階の選別の階。2階は罪、1階は思い出。どこの階にもオレみたいなリーダーがいる。そいつに鍵を貰ってこい」

「最上階は?」

「すべての鍵が揃えば入れる」

どんな階なのかは教えてくれないんだな。なにか事情があるのか、ただの意地悪なのか。

鍵を集めてこいってことは、最終的には最上階に行かなければならないということ。なんの階かは、そのうち分かるはずだ。

「とりあえず、鍵を集めてきたらいいんだね。なんだかゲームみたいでワクワクする」

隣で伊織が満面の笑みでそう言う。

こんな一方的なゲームがあってたまるか。報酬は元の世界に帰ること、なんてデスゲームか脱出ゲームじゃないか。俺は自由に世界を飛び回る、平和なオンラインゲームが好きなんだよ。

「分かりました。鍵を集めたら、またここへ戻ってきます」

「あぁ、そうしてくれ」

それでは、と言って俺は伊織を連れて歩き出す。まずは2階だ。階段はさっき伊織と出会った場所だから、来た道を戻ればいい。

面倒だな。これから全ての階のリーダーと話をして、鍵を渡してもらわなければならないなんて。みんなシロさんみたいに聞き分けのいい人だといいけれど。



「伊織、君はこの世界のことをどれだけ知ってる?」

白い魂の列を横目に俺は聞く。とにかく、情報が欲しい。またここへ戻ってくるなんて言ったけど、本当に戻ってこれるのだろうか。分からないことは怖い。

「死神くんと同じくらい」

「俺がどれだけこの世界を知ってるか分かるのか?」

「どれだけ知ってるの?」

「自分の名前すら知らない」

「じゃあ僕の方が知ってるかも」

会話が進みにくい。彼の悪いところだ。

「名前しか知らないよ」

名前。シロさんと伊織は覚えてて、俺は覚えてない。この違いが気になる。

「ねぇ、元の世界に戻ったらなにしたい?」

考え込んでいると、伊織が俺を覗き込む。栗色の瞳はなんだが吸い込まれそうで苦手だ。

「僕はね、友達に会いたいんだ」

聞いてもないのに答える。彼は意外とお喋りなのかもしれない。

「すごく仲良しだったんだけど、当分話してなくてね」

「喧嘩?」

「んー。まあそんなところ」

勝手に話しておいて、俺からの質問には曖昧に答える。変わったヤツだ。

「れおって名前なんだけど、知ってる?」

「聞いたことないな」

「残念」

伊織はあからさまにしょんぼりして見せる。

本当にそう思ってるのか。この会話は無意味に思える。俺は伊織と初対面なのに、どうして友達を知ってると思ったんだ。

「会えたらいいね」

と思ってもないことを口にする。しょんぼりされていては雰囲気が悪くなる。それに、俺は何故か伊織の笑顔が好きみたいだ。

「ふふ、死神くんは優しいね」

と、伊織は笑った。

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僕は猫語が話せない。 ユーリイ @ysmy_2411

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