第30話 「予測不能で突飛な提案」
観覧車の下にある券売機でチケットを買い、鉄製の階段を上った。
ゴンドラが一定のペースで流れていくのを見届けていたら、
「何名様ですかー?」
と、係員のお兄さんが尋ねてくる。
「二人です」と伝えると、
「では、こちらにどうぞ」
と黄色いゴンドラに案内してくれた。
「ほら、念願の観覧車ですよ」
僕はゴンドラに乗りこみながら言った。
固い席に座った時、初めて先輩が僕の後ろを付いてきて来てないことに気が付いた。
「私は次に乗るよ」
「はい?」
いきなり何を言い出すんだ。
何で彼女は動こうとしないんだ。
その間にも、どんどんとゴンドラは進んでいく。
係員のお兄さんの手によって、扉が閉められる。
今更、降りるなんて出来ない。
「別々に乗るってのも面白そうじゃない?」
ガラスの向こうから茶目っ気たっぷりの声で、そう言った。
なんでこんな思い付きを実行したのだろうか、僕には計り知れない。
深瀬先輩は次のゴンドラ内の席に対面になるように座って、嬉しそうに手を振ってきた。僕も答えるように振り返す。
こういう楽しみ方もアリかもしれないなんて呑気なことを思ったけれど、すぐに撤回した。
途中から先輩のゴンドラは下に行ってしまって何をしているか見えない。
なんで人と一緒に来たはずなのに、僕は一人ぼっちの空間に身を置いているのだろう。
なんで先輩は、あんな突飛な提案をしたのだろう。
なんで急に言ったのだろう。
なんで、なんで、なんで、なんで。
沢山の「なんで」が頭の中を覆いつくす。
少しでも気を紛らわせようと窓の外に目を向けた。
海浜公園、水族園のガラスドーム、広がる芝生……深瀬先輩と一緒に乗っていたら話題の種になってたんだろうけど、あいにく彼女はここにいない。
座っているだけでも苦しくて、上体を前に倒す。呼吸が上手く出来ない。目の焦点が合わない。無機質な説明音声が流れているが、内容が聞き取れない。
早く降りたい。
早く会いたい。
早く安心したい。
早く好きと伝えたい。
そう考える間もゴンドラは、ぐんぐんと高度を上げる。
この宙ぶらりんの鉄の檻から逃げることは出来ない。
空中の監獄は僕の願いなんか聞き入れちゃくれない。
いち早く終わってくれ。この居心地の悪さから解放してくれ。
観覧車では一番相応しくない体勢で、そう願っていた。
プルルル、プルルル、プルルル……
甲高い電子音が鳴り喚く。
頭を上げると頂上付近で、スマホが小さく振動していた。
画面には非通知の文字。でも、誰からの電話かすぐに分かった。
同時に、救われたと思った。
喜びを嚙みしめながら、通話ボタンを押し込んだ。
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