第29話 「嵐の前の静けさ」
「あらかた回りましたけど、どうします?」
「うん、そろそろメインディッシュに手を付けても良い時間になってきたね」
スマホで時間を確認すると十六時五分。
太陽は、まだ白さを忘れていなかった。一日を終わらせたくないという僕の願いを聞き入れてくれているかのように、爛々と世界を照らしていた。
「どうせならもう少し後にしましょうよ」
「その心は?」
「夕日に照らされて綺麗だと思うので」
半分本音で半分建前だった。
でも本当の理由は、少しでも引き留めたかったから。
そうでもしないと、またいなくなってしまう気がしたから。
次に会う時の深瀬先輩が、僕の知っている深瀬藍でなくなってしまう予感がしたから。
僕の心の内を知らない先輩は、
「浅葱くんって意外にロマンチストなんだねぇ」
と、ころころ笑う。
「悪いですか?」
「ううん。でも、もう乗りたい」
もしここで夕焼けを待つことになったなら鳥類園のほうにでも足を運んでみようと思っていた。少しでも今日の終わりから距離を離したかった。
僕の気なんか知らない先輩は観覧車へと向かい始める。僕も後に続いた。
少し前まで「ここで告白するんだ」って意気込んでたな。
正直、そんな気分には戻れない。取り巻く不安が多すぎた。告白よりも重大な出来事を目の当たりにしてしまったから。
でも、もう決めたんだ。舞ちゃんと約束したんだ。先輩に「好き」と伝えるって。
後悔しないために。
手遅れになる前に。
直接、伝えられるうちに。
「先輩は乗ったことあるんですか?」
「一回だけ。私がこうなる前にね」
「こうなる前って?」
「大きくなる前。小さい頃は両親に連れられて来てたから」
「先輩のご両親ってどんな人です?」
叔母であるランさんには何回も会っているけど、両親の顔は見たことがない。それどころか話題にすらなっていない。高校生にもなれば親の話なんて、わざわざ出そうと思わないから不自然なことではないけど。
「え~、気になるの?」
「いずれ挨拶しに行くかもしれないじゃないですか」
「じゃあ秘密にしとく」
「なんでですか?」
「浅葱くんの反応を取っとくの」
「先輩、いじわるになりましたね」
「仲良くなった証ってことにしておいてよ」
えへへ、と笑う彼女に安心した。
変わらない象徴のようで、ずっとこのままでいてほしいって思う。これからも日常が続いてほしいと願う。
そんなものはないと、数分後に身をもって体験するのに。
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