ルームメイト

桜雪

ルームメイト

引っ越しして迎えた最初の朝、壁に顔があった


な、何を言ってるのか分からねーと思うが、俺も分からない

実家の木目とか中学のトイレのタイルとかetc…

色々顔に見えるものは今までもあったがそんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ


閑話休題


そもそも人間はシミュラクラ現象と言って、3つ点があれば顔と認識するようにできている

何も可笑しな事はない


…と、思うじゃん?

いやいや違うんだ、俺の目の前にあるコレは

3つの点なんてもんじゃない

色合いはただの壁のシミだが、コレはシミというより"絵"だ


この壁にある顔は髪の毛の一本一本細かく描かれている

目の虹彩からほんの少し出た鼻毛まで描かれたコレはどう考えても"ただのシミ"で片付けて良いものでは無いだろう


とりあえず俺はこんな薄気味悪い顔の前で一人でいるのは怖いので、相談も兼ねて友人を呼んでみることにした



「おい!大丈夫か!」


こちらがまんまと騙されて来た友人の智樹君です


「まさか引越しして早々、ヤクザみたいな地上げ屋に目をつけられるなんてなぁ」


もう少しリアリティのある嘘をつけばよかったという思いと、連絡してすぐに来てくれる智樹に対する罪悪感が俺の中で湧き上がる


「黙ってねぇでなんとか言えよ」


「あれ嘘だから」


「嘘なのかよ!」


馬鹿ではあるがいい友人を持ったと今は思っている

昔はこいつに話しかけられてもチワワによく吠えられるくらいの感覚だったが長い間共に過ごすとペットだって家族になる


「そんな事よりリビングの壁を見て欲しいんだ」


そう言って智樹をリビングへ連れて行く


「この壁なんだが…」


「この壁がどうかしたのか?」

何が問題なのか全く分かってないような顔で智樹はそう言った


「どうかしたって…見りゃわかるだろ」


「な、なんだよそりゃ、質の悪い冗談はやめてくれよ、俺そういうの苦手なんだから」


こいつが心霊系に弱いのは知ってる、だからこいつが怖がってるのを見たらちょっとは恐怖が収まるかと思ったんだが、ここまでの無反応……見えてない…のか?


「実はだな…」


「ゴクリ」


「荷解きを手伝って欲しかったんだ!」


「……は?」


「いやぁ、思ったより荷物が多くてさ、手伝って欲しかったんだよ」


「なんだよ今までの茶番は、地上げといいさっきの壁といい、無駄にドキドキさせられたぜ、はっ!これはまさか…恋!」

やれやれと言った感じでため息をついたあと、いつも通りに突拍子もない事を言い出す


「ごめんなさい、友達としか思えません」


「てか、普通に頼んでも手伝いに来るのになんでこんな嘘ついたんだよ」


「なんでって…ユーモアは大事だろ?」


そのまま二人で荷解きをして、智樹は日が暮れる頃に帰った


(俺にしか見えない?俺にだけ見える存在なのか、それとも疲れて幻覚でも見ているのか?)


俺にだけ見えるのは俺個人が呪われてるような気がして薄ら寒いものを覚えるが、幻覚が見えるほど疲れているというのも嫌な話だ


正直この家で寝たくはないが、すぐに引っ越すのは難しいし、ネカフェに泊まることも考えたがいつまでもそうする訳にはいかないだろう


結局俺は頭まで毛布を被って隠れるようにして寝た


翌日

壁の顔に変化はなく、何事もないように時間が過ぎた、火が沈むまでは


俺は今のところ何も起こってはいないものの少しビクビクしながら今日もまた同じように眠りにつこうとした


が、リビングの方から何か声が聞こえる

何を言っているかは分からないが俺は少しも気にならなかった

いや、本当は何を言っているのか気になる

しかし不用意に首を突っ込めばどうなるか分かったもんじゃない

好奇心は猫をも殺すと言うし、対処法が分かっていないなら何もしないのが1番だ


俺は羊を数えるように南無阿弥陀仏と唱えながら眠りについた


それから毎晩謎の声が聞こえるようになった

しかし、不幸中の幸いというか声が聞こえるようにはなったが逆にそれしかないのだ

だがそれは確実に、俺の心を病んでいった


—————————

ある日、気まぐれで顔の前にりんごを置いてみた

…次の日、そのりんごは無くなっていた


今までの見える聞こえるは幻覚や幻聴、存在しない可能性もあったがりんごが無くなるのは違う


その顔が確実に確かな重みを持って存在することが確定した


それからというもの、俺は毎日その顔の前にご飯を置いておくようになった


あの顔はどうやって食べているのだろうか

顔だけにゅるんと出てくるのか、それともカエルみたいに舌を伸ばしてサッと食べるのだろうか

俺がいる前では決して食べないので本当のことは分からない、シャイなのかな?


今のところ実害はないし、盛り塩なんか置いて下手に刺激するより最近はこうして良い関係を築く方が良いんじゃないかと思うようになってきた



「それじゃあ、行ってくる」


———————————————

「今日はカルボナーラな」 


———————————————

「ただいま〜なぁ聞いてくれよ」


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「え?これは何かって?今日は俺の誕生日なんだよ、お前の分も買ってきたから味わって食えよ」




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「なぁ、最近お前が言ってるそのルームメイト?ってやつさ、どんな人なわけ?」


「え、あーなんて言うかなぁ」

正直に壁にある顔とか言った正気疑われるだろうし…写真とかにも映らないからな


「あーそうだ!今度似顔絵描いてくるよ」


「なんで絵なんだよw」


「いや、その人が写真苦手でさ」


「いやだからって似顔絵ってwやばい、ツボ入ったw」


そうして智樹はひとしきり笑った後「楽しみにしてる」と言って別れた


その日、俺は適当に画材を買って帰った

帰ったらいつものようにご飯を作り、テーブルと顔の前に置いて

「いただきます」


次の日

俺は顔の前に座って早速絵を描いた

そこまで絵が上手い訳でもないのに手がすらすらと動いた

完成した絵は毎日見ている顔とまるっきり同じ

髪の毛の一本一本、目の虹彩からほんの少し出た鼻毛まで、寸分違わぬ出来栄えだ

そうして俺は見比べようとして壁を見ると


「え…」


そこにはただの真っ白な壁があるだけだった

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ルームメイト 桜雪 @hi7to2R

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