残酷なリョナゲーを全力で少年マンガに変える男

バリ茶

ハワイで親父に習った構え



 目が覚めた時、最初に目に飛び込んできたのは、真っ白な内装の部屋だった。



 どこだ、ここは。


 周囲を見渡せば俺と同じ高校の制服を着た女子が四人。皆も次々と目を覚まし、ほぼ全員が狼狽している。

 彼女らの首元には怪しげな黒い首輪が取り付けられており、まさかと思い自らの首を触ってみたが、やはりというべきか硬い機械のようなナニかが巻き付いていた。


 少女たちの特徴は分かりやすく分かれており、赤髪と金髪、水色髪に黒髪で計四人。

 その誰もが一度は見たことのある人物だ。

 全員が同じ色のネクタイとリボンだから、この場にいるのはすべて同学年という事になるらしい。どうりで顔くらいは見たことがあったわけだ。


 特に赤髪の少女とは付き合いが深い。

 彼女の名は紅羽くれはといい、今通っている高校で所属している部活動の同じメンバーだ。


 俺と紅羽が入っている怪異研究部は、オカルト研究会の様な怪しげな部活名に反して、やっていることは専らボランティア活動だ。

 街や遠い村で発生する怪異を調査するという建前を使って、事あるごとに学外へ進出して色々な地域での面倒ごとに首を突っ込む、はた迷惑な部活である。


 そういう変わった状況に巻き込まれる機会が多かったせいか、他の女子に比べて紅羽は比較的落ち着いているように見えた。


 天真爛漫──というよりは明るくて能天気な態度が常な紅羽だが、二年生になり部長を任命されてからは頼りになる面が表立ってきたのも確かで、隣にいる水色髪の女子生徒を宥めている彼女の姿を見て、俺も多少は冷静になってきた。


(ただの誘拐……いや、雰囲気的には何かの危険な企画に参加させられそうな感じだ。どちらにせよドッキリじゃない……よな)


 顎に手を添えて逡巡する。

 漫画やアニメを見て育ってきた現代っ子という事もあってか、現在の状況に皆目見当がつかないというワケではなかった。

 ぶっちゃけた話「お前たちにはこれからデスゲームに参加してもらう」とか何とか言われても不思議ではないと考えている。


 目が覚めたら知らない場所にいた、なんて状況はあまりにも常軌を逸しすぎていて、逆に思考が冴える……というのはおかしな話だろうか。

 危険な体験なら、幼い頃から冒険家の父親に連れられて世界中を旅した時に、嫌というほど経験している。

 あの時は恨み言ばかりでガキだったワケだが、今にして思えばアレのおかげで多少は精神力が強くなっているので、あの苦労は無駄ではなかったようだ。



 ともかく、まずは情報共有と──自己紹介か。



「……というわけで、アタシとこの男の子は同じ部活で顔見知りってこと!」


 とりあえず円になって座り、紅羽の紹介で全員に顔を見せた。


「えっと、こんな状況で言うのもなんだけど、初めまして。田中シュウって言います。よろしく」

「……シュウってどんな漢字?」


 挨拶をすると水色髪の少女がダウナーボイスで呟きながら手を挙げた。先ほど紅羽がメンタルケアをしていた女の子だ。

 ボサボサな長髪で制服も気崩している割には、些細なことが気になるらしい性格らしい。


「終わりって書いてシュウ」

「……わぉ、キラキラネームだ」

「そう……かな?」


 そうかも。いや、そうかなぁ……まぁいいか。田中って平凡な苗字に反して、漢字だけで表すと特徴的だもんな、俺の名前。

 でも水色っ子は薄く笑ってるし、シリアスな態度を取られるよりはマシだろう。

 何だかあの水色髪の少女は「無気力」とか「不思議っ子」という言葉で言い表すのが良いような気がする。

 この態度も精神的には落ち着いた証拠だ。目覚めた当初は露骨に怯えていたし、数十分ほど紅羽が付いていてくれたおかげだろう。


「じゃ、次はウチか」


 俺の右側にいる金髪のギャルが声を上げる。時計回りに自己紹介をしていくようだ。

 

「あー、えと……柚黄ゆずき。白井柚黄ね、よろしく」


 彼女の印象は遊び人といった感じだ。

 スクールカースト上位の人間というか、紅羽とは別の意味で明るい場所で生きているっぽい。

 まぁ一言で言ってしまえば金髪ギャルなのだが、そのチャラい人間の代名詞を本人に言ったら怒られそうなのでここは白井でいいだろう。


 ……あと、なるべく白井の開けたシャツの胸元は見ないようにしよう。ご立派な果実をお持ちのようだし、そう言った視線には敏感だと予想する。


「次は私ですね。伊集院黒姫くろひめです、どうぞよろしくお願いします」

「ウチちょっとチャラい恰好してる自覚はあるけど、この子みたいな清楚タイプいっと余計に際立つね」

「キラキラネーム二号……ふひっ」


 周囲のリアクションに苦笑いしつつ紹介を終えたのは、いかにもお嬢様っぽい黒髪ロングの女子生徒こと伊集院黒姫。

 彼女は目覚めた当初、手元にスマホが無いことに狼狽して焦っていたため、この中でも特に精神面が平均的だと予想できる人物だ。普通、ともいうか。

 

 白井たち他三人の女子と違い、スカートの丈が異様に長めなのも特徴的な少女だ。本当にどこかの令嬢なのかもしれない。


「それではお次、どうぞ」

「美咲青子あおこ……はい、次」

「えぇっはや!? ぁっ、えと、葉月紅羽くれは! ……って、アタシ一番最初に挨拶しなかったっけ?」


 黒姫の次に名乗ったのは無気力な水色髪の少女で、名前は美咲青子。とても分かりやすく覚えるのに苦労しない名前だ。青子ってスゴイ簡単でいいな。



 よし、とりあえず自己紹介はコレで済んだ。


「よく分かんない状況だけど、とにかくこれから宜しくな、皆」

「はい、田中さん」

「ウチ苗字呼び苦手。みんな名前で呼び合わね?」

「それいいね! えっと、じゃあ柚黄さんに黒姫さん、それから青子ちゃんで」

「何でボクだけちゃん付け。カースト最下位だ……」


 和気あいあいとまではいかないが、この組み合わせの相性はそこまで悪いわけではなさそうだ。

 そう、思いたい。





 自己紹介から数分後、部屋の正面にある扉が開いた。

 そこには似たような白い部屋があり、入室した途端室内にマイクを通したような声が響く。


『これから皆さんにはゲームをプレイして頂きます』


 合成された声だ。男か女かも判断が付かない。

 それより、あまり当たってほしくはない方向で予感が的中してしまったらしい。


 部屋の中は学校の教室が二つ分ほどある大きさで、入り口から最も遠く離れた一番遠くの壁には、一つの机とダルマが置いてある。


『第一ステージの内容は”だるまさんがころんだ”です』


 もはや説明不要なほどに馴染みのある、昔ながらの単純な遊びだ。


『ダルマは毎回振り向く直前まで、背面からレーザーを射出し続けます。サンプルをご覧ください』

「サンプルって──」


 俺が喋りかけたその瞬間、俺の足元の床が小さく爆発した。


「ッ!?」


 床が黒く焼け焦げている。

 ダルマがビームを射出すると言っていたが、ずっとダルマを見ていたにもかかわらず、発射の瞬間を認識することができなかった。

 あまりにも早すぎる。

 もはや銃弾のスピードと言っても過言ではなかった。


『誰か一人でもダルマをタッチする事が出来ればゲーム終了とみなし、全員に次ステージへの進出権利と休憩スペースの利用許可をプレゼント致します』

「──ぅ、ウソですよね……?」


 説明の途中。

 ビームの速さと威力に怖気づいた黒姫がへたり込んでしまった。


「黒姫ちゃん!」

「ぃ、いや……っ! 無理、むりです! こんなの出来るわけない!」


 彼女に手を貸そうとした紅羽の手を拒み、両手で頭を抱えて蹲る黒姫。


「あっ、あんなのが当たったら、身体中が穴だらけになるじゃないですか!? ワケわかんない! 死んじゃいますよ! まさか本気であんな光線を避けながらっ、だるまさんがころんだをやれるだなんて、考えてるワケじゃないですよね!?」


 彼女の言うことはごもっともだ。

 ダルマは振り返る直前まであんな意味不明なビームを打ち続け、それをほぼ勘で回避しながら、ダルマが振り返る瞬間は体を停止させなければいけない。そんなの目を閉じた状態でドッジボールをやれって言われてるようなもんだ。


 不可能だと結論を出すのが正常な判断だ。そこに疑う余地はない。


『伊集院黒姫さま。ゲームへの参加を辞退なされますか?』

「しっ、しませんしません! 嫌です死にたくない──」

『……難易度を下げるミニゲームをプレイすることもできますが、いかがなさいますか。このミニゲームをクリアした場合、レーザーの発射をオフにして”だるまさんがころんだ”をプレイする事が可能になります』

「っ!? そ、そんなのがあるならっ」

 

 予想外にも譲歩した選択肢を提示され、思わず顔を上げる黒姫。



『承知いたしました。では、ミニゲームとしてそこの男子生徒、田中終にこの場で強姦レイプされていただきます。早速ですがご準備ください』



 しかし、こんな非人道的な遊びを強要するイカレた犯人がまともなミニゲームを用意するはずもなく、黒姫の顔は再び真っ青に染まってしまう。


『手足を縛り、性行為の最中は田中終に自らの顔面を殴打され続けてください。規定のプレイ時間後の膣内射精をもってミニゲームを終了といたします』

「なに、いって」

『田中終が躊躇した場合、または黒姫さまが「顔面の殴打」と「膣内への射精」のどちらか、または両方を拒否された場合はミニゲームを無効とし、以降五分以内に本ゲームを再開していただきますのでご了承ください。ミニゲームのプレイ時間は六十分となります』


 聞いているだけで頭が痛くなるような内容だ。黒姫は絶句し、隣を見れば青子が怯えて泣きそうになっている。

 当の俺も、もはや泣いて現実逃避したいくらいだった。


 女の子を殴り続けながら、性的に犯し続けるなんて、できるわけないじゃないか。


「……むっ、できなっ……ゃ、そ、そんな……っ」

『申し訳ありません、もう一度お願いいたします』

「いっ、嫌です……でき、できるわけっ、ない……!」

『ではここで退場していただきます』


 涙ながらに訴えた黒姫の言葉を一蹴する、抑揚のない冷たいセリフ。

 それが発されたと同時に──ダルマの背面が光り輝いた。


「えっ……?」

『従わない場合の見せしめとして』


 その言葉の意味は、考えるまでもなく「黒姫を殺す」という意味に他ならない──




 

 ──時間が止まった。



 目に映る景色のすべてが灰色と化し、誰もかれもが静止している。

 この俺も例外ではなく、手足はおろか口や瞼すらも動かすことが叶わない。


 


 まるで宙に浮いているかのように、俺は俺を眺めていた。

 いま目の前で命を奪われようとしている少女を前にして、動けずにいる自分を上から傍観している。


 ここにきて、俺はようやく周囲の状況を見るだけではなく「自分」を見れるようになったらしい。

 自分自身に問いかけ、自らと対話することが出来るようになったのだ。



 何してんだ、俺は。


 こんな怪しげな施設の中で何をやらされている。

 ただ翻弄されるだけで、うら若き学生たちをこんな所へ誘拐するようなカス野郎の掌の上で踊らされて、おまえ悔しくねぇのかよ。


 ……いや、そうだ。思い出した。

 この状況は俺が引き起こしている事象なんだ。

 

 俺には「逡巡」する時間がある。

 ほんの一瞬だけ──常人ならばあっという間に過ぎ去るであろう刹那の間に、光速の如きスピードで思考を働かせる力がある。


 ガキの頃に親父と数年間、旅をしてきた中で手に入れた技だ。

 アマゾンのような森林地帯の奥深くで、何千年もライフスタイルを変えずに、歴史を紡いできた部族と出会った。

 そのとき同じくらいの年頃の少年に、この技を教わったのだ。半年に一度使えるか使えないかの大技だが、どうやら反射的に自動で発動したらしい。


 アマゾンのような危険地域では一瞬の油断が命取りとなる。

 致死性の毒を持ち動物を丸呑みしてしまう大蛇。あらゆる生物を泥濘の底へ引きずり込み、強靭な顎で嚙み砕くクロコダイル。

 数多くの脅威と隣り合わせで生きていく彼ら部族に、与えられる思考時間は二秒も無い。


 そんな状況だからこそ手に入れた、いや力こそが、この高速で思考を巡らせる「逡巡」なのである。

 逡巡という言葉の意味は「ためらい」だ。

 ウジウジする、無駄に考え込む、といったマイナスイメージな言葉の総称が逡巡だ。


 しかしそれでいい。

 彼ら部族は一瞬の間にウジウジし、尻込みし、ためらう。

 そしてその先に。

 逡巡の先に、何よりも大切な決断があるのだ。


 逡巡は決断までの時間稼ぎでしかない。

 考えるだけでは何も生まない。


 だが、考えた先に決断を得ることが出来たのなら、その逡巡には大きな意味が生まれる。

 希望という名の意味が──


【シュウ。この旅でお前に教えたかった事は、たった一つだ】


 親父。俺、ようやく分かったよ。


【強い人間にはならなくていい。弱さを抱えたままでいい。……だが、死ぬまでに一度だけは】


 アンタの言いたかったことが、今の俺には理解できる。



【為すべき時に、勇気を出せる男になれ】



 それが、今だ。

 いまこそ勇気を出すときなんだ──!



「うおあぁァァ゛ッ!!!」





『……というわけで、従わない者はこうやって心臓を──あれ?』


 マヌケな声が部屋の中に響き渡る。

 

『心臓が貫かれて……』


 ない。

 その理由はただ一つ。

 俺が黒姫を抱えて移動し、レーザーを回避したからだ。


『……』

「……」

『……え、待って。もしかしてよけた今? えっ、え』

「あぁ、華麗に躱してやったぜ、この野郎」


 黒姫を壁に座らせ改めてダルマの方を向く。

 そんな俺の様子を見ておそらく犯人であろう人物の声音は、分かりやすいほどに戸惑っていた。


『……うん? いや、まって、意味わかんない意味わかんない。ストップ』

「見たままだろうが」

『は? いや、だって……えっ? そのレーザー、拳銃の弾速と同じスピードなんだけど。避けられるハズないんですけど』


 だが俺は避けた。黒姫を救うことができた。それは紛れもない事実だ。


 今にして思えば俺は銃弾が飛び交う紛争地帯でも生活したことがあったな。あの時は死に物狂いで逃げていたから気がつかなかったけど、本当に死ぬ気で感覚を研ぎ澄ませば銃弾程度なら反応できる体に成長していたらしい。


 なんにせよ黒姫を助けることができて良かった。

 しかし本番はこれからだ。


「みんな! 黒姫を連れて今すぐこの部屋から出ろ!」

『ちょ、ちょっと! このゲームは全員参加だぞ!』

「不参加じゃない。プレイするだけだ。そして一番最初がこの俺からというだけの話! どのみち誰か一人でもダルマを触ればクリアなんだろ、問題あるか!」

『くっ、エロシチュの竿役の為に連れてきたのに、無駄に暑苦しいやつ……!』


 俺の指示に従ってみんなが元の部屋へと戻り、室内には俺とダルマのみとなった。


『……貴様まさかっ、連邦捜査局FBIのスパイか!?』

「どうだかな。俺は通りすがりの田中さんだ」

『この、すっとぼけやがって……!』


 何と思われようが知ったことじゃねぇ。

 ここからは俺と犯人の一騎打ちだッ!


『ふん、上等じゃないか! 早々に無駄死にリタイアして少女たちを絶望させるがいい!』

「笑わせんな! 俺が手にするのは希望だけなんだよ!」


 そして俺はハワイで親父に習ったハワイアン拳法──ハワイ発祥のハイブリッド武術「カジュケンボ」の構えをとり、意気揚々と宣戦布告を叫ぶのであった。


「勝負だ──ダルマさんッ!!」


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残酷なリョナゲーを全力で少年マンガに変える男 バリ茶 @kamenraida

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