第18話
これは例えばの話になるが、もし一般人が突然『飛行機を操縦してください』と無理難題を押し付けられた場合、それをそつなくこなすことは果たして可能だろうか。
考える。
いやムリなんじゃね、と。
普通の高校に通う普通科の生徒という、もはや普通の代表といっても差し支えない程の普通さを極めた普通マスターたる男が、専門技術の粋を結集させた機械の塊を、手足のように動かせる道理など皆無である。
わかり切ったことだが、平々凡々に暮らしていた十七歳の少年が、予備知識も無しに飛行機を離陸させようとしたところで、たぶん恐らくいや確実に十中八九九分九厘目も当てられない結果になることだろう。
ボタンが多くて目が泳ぎ、安全装置の解除方法も迷宮入り。
あまりにも八方塞がりな状況に懊悩し、もはやこれまでと観念しかけた、その時であった。
巨大な機械の塊の、武骨な脚が一歩前進した。
どうやらこの世には神がかった第六感を発揮して、偶然を奇跡に昇華させてしまう豪運の持ち主がいるらしかった。
俺と共にロボットへ乗り込んだクラスメイトの女子が、うんともすんとも言わない飛行機を、最大限努力すれば動かせないこともないマニュアルの自動車にまで退化させてくれたのだ。
把握したのは発進加速停止の三つ。
歩いて走って立ち止まるという、それだけの行動しか行えない巨大ロボットに可能な戦い方といえば、原始戦法の代名詞たるたいあたりのみであった。
あのポケットでモンスターな大冒険でも序盤はそれしか使えないのだからと割り切って、いざタックルをかましてみれば、これまたどうして大惨事。
猛り狂った怪獣さんは、口からビームをまき散らし、その攻撃から病院を庇った巨大ロボットはものの見事に半壊してしまった。
そこから膝をついて沈黙していると、患者たちを乗せて発進しようとしているバスを発見したため、君の父親を守れと言って同乗している藤宮を降ろし、半ば無理やりそこまで送り届け、俺はひとり壊れかけの機体で怪獣のほうへ向かっていった。
勝てないであろう事実は明白だ。
だが、危機的場面でロボットに乗り込んだ男の子である以上、かっこつけないワケにはいかなかったのだ。
溢れ出るアドレナリンに身を任せ、怪獣に正面衝突を続ける機体の内部は、散乱したカバンの中身で埋め尽くされている。
機体本体も操縦席も、自分のメンタルもがんばって書いた大塩平八郎の乱についてのプリントもぐちゃぐちゃだ。
数分後には死神が迎えに来そうなこの状況、まさにどうしよう平八郎って感じだよな──だなんて一人で笑いながら特攻を続けていた、その時だった。
突如として空が光り輝き、隕石が彼方より飛来。
そのまま怪獣に激突してヤツを転倒させたソレは、よくよく見てみれば隕石ではなかった。
円盤、だろうか。
人々にある種の概念として根付いている、異星人が操縦するあの銀色の円盤のような物体が、どうやら絶体絶命の俺を助けてくれたらしかった。
しかも薄っすらと見える丸い窓の中から、何者かがこちらに手を振っている。
それに驚きはしたが、腰を抜かすようなリアクションが飛び出すことはなかった。
異星人など存在しない──元いた世界でのそれが通説だった。
オカルト系のエンターテイメントに傾倒しているクリエイターやらが、過去に起きた事件と結びつけて存在を主張する事例こそ散見されたものの、事実として人間が異星人そのものの証明をできた試しはない。
言ってしまえば空想だ。
いると信じている勢力はあっても現状姿を見られない点で考えれば、それこそ神や悪魔と同列のファンタジーと捉えてしまっても別段問題はなかった。
しかし、眼前にはそれがいる。
その事実は、どうあっても受け入れるしかない。
人々に成人向け漫画のような制度を強要する超常の存在や、宇宙より飛来する巨大不明生物やアニメからそのまま出てきたような二足歩行のロボットも、困ったことにこの世界では現実のものなのだ。
常軌を逸した事態が連続して発生しているせいで、俺の脳も若干バグっている。
それに人生最大値とも思えるほどの量のアドレナリンが加わり、もはや何がこようと『そういうものなんだな』と受け入れることが出来てしまう状態に陥っているのだ。
もう神や天使が降臨しようが、街に魑魅魍魎が跋扈しようが知ったことではない。
ひとまず、この怪獣を退ける。
まだ病院にいるかもしれない家族や、バスで避難したクラスメイトの少女を守る。
このどうしよう平八郎の乱における、分かる範囲で集中できる目的はそれだけである。
「──あっ」
だが、やはり俺も人間。
どれだけ非常事態に対して受け入れ態勢が万全になっていたとしても、気の緩みというものは防ぎようがない。
今回は突然飛来した宇宙人が、円盤で怪獣にタックルかまして転倒させたことが、一瞬の油断を発生させた原因だった。
その巨体からは想像できないほどの俊敏さで起き上がった怪獣が、先ほど周囲に拡散したビームとは比べ物にならない迫力の、極太レーザーをこちらへ射出したのだ。
当然、歩いて走って止まることしかできないロボットに、華麗な回避などできるはずもなく。
俺が搭乗する機体と、恐らく宇宙人が乗っているであろう銀色の円盤は、そのレーザーを真正面から受けたことで、跡形もなく爆発四散せしめるのであった。
隣の女子が性奉仕係に任命された バリ茶 @kamenraida
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