第2話 無邪気な花

人の心に咲く花。そんなものがあるなんて聞いたことがない。ましてや見たこともない。それがガイズの適性検査というのなら、僕は適性無しだ。その花自体見たことも聞いたこともないのだから。ましてや咲かすことなんて不可能だ。


「信じられねえだろうけど、本当にあるんだよ。本当に。人の心に咲くハ、ナ。だから、今からそれを咲かそうぜって言ってんの〜」


「信じろっていうんですか。ていうか、そもそも貴方誰なんですか」


最もな疑問だと思う。そもそも僕はこいつの名前すら知らない。名前も存在も知らないやつが急に目の前に現れて、不老不死だ何だと言われても信じられる訳がない。


「あぁ、俺は薫(かおる)だ。薫って呼んでいいぞ」


男は名乗った。薫という名らしい。まあでも、冷静に考えて名前だけ聞いたところでこいつのいう事を信じられる訳がない。


「そもそも不老不死だってことも僕は信じちゃいないんですからね」


そして、次の瞬間、薫は信じられない言葉を口にした。


「…じゃあ、一回飛び降りてみるか?人目があるから真夜中とかにはなるけど」


ニコニコと目を細めて薫は続けて言う。


「俺が目の前で飛び降りてやってもいいけど、やっぱこういうのって自分でやってみなきゃ実感できないものだろ?」


理解し難い。いや、理解不能だ。

この男一体何を言ってるんだ?飛び降りる?

確かに不老不死になったなら、飛び降りても死なないんだろうが、もしの時は?もし、死んでしまった時は?想像しただけで冷ややかな汗が背中を這う。死なないと分かっていたとしても死が目の前に来るのだ。恐ろしいに決まっている。それを惜しげもなく、軽々しく口にするのだ。あまりにもこいつは死を軽く見ている。人間が朝ご飯を食べるような感覚で死を扱っている。飛び降りる?と。このようになるまで、薫というこの男は何回死を経験したのだろう。そもそも不老不死だから、死というより死に近い負傷というべきか…こいつもガイズというなら、数え切れない時を生きてきたのだろうが、その壮絶さあってしてのさっきの発言というのなら、全ての辻褄が合う。それか、何人もの死を見てきた故の台詞か…


「…飛び降りるのはやめておきます。不老不死が本当ってのは話してて嫌というほど伝わってきました」


「そうかぁ、じゃ、花の話に戻るけどよ。ガイズになって最初に咲かした花っつーのは超特別なわけ。その花でお前のガイズ人生が決まると言ってもいいくらいなのよ」


なんだよガイズ人生って。こいつの言ってる事は終始意味不明だが、要するにその花を見つけて咲かせればいいという事らしい。頭をフル回転させて考えていると薫は怪訝そうな顔で僕を見つめて呟いた。


「お前ってさ、全然驚かねえし、悲しんだりしねえのな、やっぱなるべくしてガイズになったんだろうな」


「それはどういう意味ですか」


「いずれ分かるよ」

にやりと不敵な笑みをこぼして、薫は言う。僕はこの言葉の意味をいずれ嫌というほど噛み締めることになるが、この時の僕はそんな事など梅雨知らず、呑気にこれから咲かせる花について考えていた。花というのはどこに咲くのかそもそも人の心に咲くとはどういう事なのか。薫の口ぶりからして嘘を言っているわけではないだろう。窓から消えたり、鍵のかかった家に自由に出入りできている点等を踏まえると一見現実から突飛しているように思える花のことも本当に存在するのは確かだろう。だが、それがどこにあるのかどうやって咲かすのかという具体的なことを薫は何も語ろうとはしない。どうしたものか。


「お前はきっと綺麗な花を咲かせられると思うぜ。妹いんだろ?お前」

相変わらず怪しい笑みを浮かべている薫は今の話に全く関係ないように思える妹の話題を急に出した。


「妹のこと、好きか?」

意味深にそれだけを言い残して、薫はまたしても窓から消えていった。心なしか薫の顔が哀しげに見えたのは気のせいだろうか。


僕には結(ゆい)という2つ年の離れた妹がいる。兄妹仲は人並みにいい方であろう。明るく朗らかで人望も厚く常に人に囲まれ、更に成績優秀、スポーツ万能、まさに才色兼備というやつだ。そんな妹に比べると僕ははっきり言って良くも悪くも普通だ。だけれど、両親に比べられて育ったわけでもないし、妹とは普通に会話する。至って普通の兄妹だ。故に何故薫が妹の存在に触れてきたのかが、理解できない。花に関係があるのだろうが、先程も述べたように妹は人より優れてるとはいえど至って普通だ。いや、普通だと思っているだけで、実はガイズなのか?そもそも兄妹でガイズになるってあり得ることなのだろうか。


とにかくこの心の霧を晴らすには妹本人に会うしかない。幸いにも今日は日曜で、休日である。学校も所属しているチアリーダー部の活動も無い日なのできっと妹も家にいるだろう。朝寝坊したふりをしてリビングへと向かおう。


「珍しいねお兄ちゃん、朝寝坊なんて」


リビングへ行くと、そこにはいつも通りの妹の姿があった。


「あぁ、ちょっとね」


「ふーん、珍しいこともあるんだねえ。もしかしてカノジョでも出来た?」


お兄ちゃんもすみに置けないねえと無邪気な笑みで僕の脇腹をつつく。長く伸びた前髪をキャラクターものの可愛いヘアピンで止め、肩まで伸びた髪はそのままに、大きな目と長い睫毛を瞬かせている。妹は普段通りそのものだ。だが、普段通りの結に安堵すると共に僕の背中には冷ややかな汗がつたっていった。


妹の胸から植物の根が伸びて体全体を張っていたのだ。


薫は"美しい花"と言っていた。その美しさが結の容姿に関わる事だとしたら…


この瞬間からガイズになった僕自身の存在が、僕の当たり前だったはずの日常を悪魔の如く壊していった––

悪夢はまだ始まったばかりだ。





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Forever Guys 空伊 若 @sorai__

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