輝く闇と光照らすもの

 人を好きになるとか、ならないとか。正直、私にはよくわからない。推しという尊き人々は次元の壁を越えて存在しているが、それは画面越しだからと頭の整理がついているからであって……現実に例えるのは結局のところ無理がある。それが私、辰宮さくらの見解。


「なぜ、どうして私に拘るのですか……?」


 ふいに口から溢れた純粋な疑問。ずっと気になっていた動機について自ら触れていく。残念ながら特別容姿が端麗やら身体に自信があるわけでもない。それでも――結婚したい、そう思って貰っている謎に自然な形で投げ掛ける。さすれば、彼はきっと。


「さくらの、優しさに惚れた」

「優しさ……ですか」


 そう、と穏やかに頷く彼とは対照的に私はピンと来ない。正確には優しい、その一概では想像しにくいと言うべきか。見兼ねた青年は付与するように続きを語る。


「本当の優しさってつーものは、誰でも呼吸をするように出来るわけじゃない。見返りだって求めるヤツが多いのにさくらは――」


 それは、私にいつぞやの話。

 退勤時間、ランドセルを背負った小学生の子たちとよく被る。交通量が割と多い、繁華街。友達とお喋りに夢中になって内心ひやりと冷や汗が止まらない。だからと言って注意と題して話し掛ける勇気も虚しく、自分で行動可能なのがさり気なく車道側に寄ること。……だから本当に褒められた内容ではないと思うのだけど。


「さくらにとって普通でも、オレが関心したのは事実だよ。何気なく車から見た光景に感動した。誰にも気付いて貰えなくても、オレはちゃんと。それにあのチビッ子たちのことだけじゃない、他にも」


 永遠と続くような称賛の嵐に胸を擽られる。それは気恥ずかしさに近くて、同時に嬉しさが舞った。


「す、すみません……あまり、褒め慣れていなく、て」

「いいや、オレがさくらのことどれだけ好きで見ているか伝わったなら大成功」


 ピース。ストレートの物言いは予想以上に効果抜群である。


 横濱の若き首領、絶対に逆らうな。もし、目を合わせてしまったら死を覚悟しろ。

 恐ろしい、怖い。関わりたくない。それが彼の第一印象……いや現時点でも正直、警戒心は解けてない。それでも安楽島の当主は誰かが広めた噂とは違い、確かに人間だった。人の心を持った、一緒に居て楽しい人。


 秋の太陽が傾き始めた、夕刻。談笑だけで時間が過ぎていく中、率直な発言が多い彼にしては珍しく躊躇いながら言い放つ。


「あの、さ……。さくらにひとつ頼みがあるのだけど」

「な、何でしょう……?」


 肩にぐっと力が入る。すべてにおいて前向きな姿勢が多かった彼が、急によそよそしくなったのが逆に緊張感を膨張させた。


「……名前。オレの名前、呼んでくれない?」


 それは、極道の長らしい強めの口調と謙遜な眼差しが印象的な言霊。今はまだ出逢って日付は浅いがゆえに真剣と冗談の区別が付かない時もある。それでもーー少なくとも、これはきっと……本気の願い。なら貰ったものを恩返しという形なら許される、だろうか。


「龍生、さん……」


 呼称した瞬間、彼の表情が明るくなるのを肌で感じた。


 戸惑い、自覚してしまうくらいに少しの動揺を表向きに出してしまっても彼は笑って。


「ありがとう、さくらっ!」


 その何気ない一言だけが、私の心に一雫が落ちるように何かを満たした。肩書きに溺れて恐怖の対象だとしても、強引で自由気ままな性格でも……彼は、安楽島龍生はたとえ小さなことでも感謝が出来る立派な人だと。



 これから行く末先、私の身に何が起きるのかわからない。願っていない不幸だって。……それでも龍生さんとは良好な関係を続けたい。ちゃんと同じ志を対等で持てるようにーー私は心に誓った。


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極道坊っちゃんの仰せのままに 猪野々のの @inono_nono

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