実家訪問って、ちょっと展開早すぎませんか……?

 私、辰宮さくらの人脈はそう多くはない。

 乙女ゲームをメインにプレイする屈指のゲーム好き。アニメや漫画も貴重な日々の癒しとして希少な存在で、リアルよりもSNSの方が知り合いが絶対に多い。所謂、典型的なオタクの一種であると今更ながら自己紹介をしておこう。


 つまり、何が言いたいかと申すと――差し伸べた手を、無造作に握り返される。


「友達……オレ、さくらと友達になった!」

「おめでとうございます、兄さん。婚約者として迎え入れるために一歩前進ですね」


「あ……ちがっ。そういう意味のつもり、では」


 絶望的に友人の作り方が下手と認めざるを得ない。……いやいや、安楽島のお二人さん。それは流石に飛躍思考がポジティブ過ぎるのでは。そもそも二度と関わりたくないのに。


 インターネットが普及する時代、アプリで同志やフォロワーさんを増やすのに簡易な挨拶とワンタッチで終了する。なのに、現実と来たら何と面倒くさいことか。


「さくら、これから末永くよろしくお願いするね!」


 にこりと微笑む青年の笑みに、自ら出口を塞いだことを心の底から後悔した。



 畳床、屏風に大きな虎。まるで歴史に登場するような和風豪邸の屋敷は、少々浮世離れしていると言っても過言ではない。その持ち主とひょんなことで友達になった、普通は喜ばしいことだろう。その正体が極道の若頭で許嫁フィアンセと連呼されなければ。


「あはは……まさか、自分から訪れることになるとは」


 一般人が安楽島の敷居を跨ぐにはかなりの勇気がいる。

 あの後、連絡先を強制交換させられて多くの文章を一方的に頂いた。心配を綴った内容や今何しているのという雑談を誘うものまで。中でも反応に一番困るのは……。


「さくらー! 待ってたよ、さあさあ上がって。ようこそ、安楽島家の訪問へ!」


 明るくも、毎晩のように電話越しで聞いている声が目先で耳を擽って背筋が自然と伸びる。黒髪赤眼男子の和装姿、乙女ゲームなどなら夏祭りの展開で起こるイベントだがここは奇しくも現実世界。そんなに甘くは……。


「どう、この勝負服。さくらが遊びに来るって聞いて新調したのだけど」

「く、良い……っ!」


 頷き、と聞こえない程度の本音が小声で漏れる。

 ビジュアルといい、性格やシチュエーションは私好み過ぎるのが困る最大の要因。ヒーロー系ポジションとして引け目は絶対に取らない。どうやら私はこの奇怪な展開について考えるのを完全に停止して楽しむことに徹したらしい。まるで……ゲームのような、この世界観に。


 安楽島龍生、二十二歳。職業、横濱を本部に置く極道の若き長。ついでに実弟の竜聖くんは秘書のような役目を担っていて、今年二十歳になるらしい。兄弟共々端麗な容姿にハイスペックな肩書きはやはり現実味が薄い。


「今日は殆どが家を空けてるからね、好きに過ごして」

「は、はーい……」


 お泊り会イベント。一人都会でぼっちの私には縁遠かったはずの。とにかく忘れてはいけない、彼とは知り合って数日の未交際の男女だということを。


「さあ、入って。遠慮せずにお邪魔しちゃって」

「しっ、失礼します……!」


 毎度のことだが彼と話す時は無意識ながら吃ってしまう。緊張、そんな単語が脳内でちらつくのを防ぐため、室内を見渡す。確かに屋敷の大きさに反比例するように人の気配は皆無に等しい。弟さん……竜聖くんの姿も。


「竜聖なら今日、外出してるよ」

「っ……!」


 声に出していない、はず……だ。先導し、前を向いて歩いているため彼から私の顔もわからない。なのに。


「あははっ。さくらの考えていること、当たった?」


 今度は身体がこちらを向き、満面の笑みで問い掛けられる。その無邪気な様子に改めて年齢やら職業を疑いたくなるが楽しそうな面持ちに素直な感想と答えだけを述べる。


「あた、ってます。……凄いですね」

「ふふん、でしょー。でも……竜聖より目の前に居るオレのことを考えて欲しかったなぁ。あ、この部屋ね」


 襖を豪快に開ける。通された場所は初めて出逢った時の、あの部屋。どうやら彼の自室らしく世界で一番落ち着くとのこと。……常に命を狙われている者として本当に気の休まるのかは、怖くて聞けないけど。


 どうして、私なのだろう。

 あの日、あの時、あの場所で彼の心を射抜くようなことをしたとは到底思えない。一目惚れって、どういう人がどんな風にするのだろう。そんな思考も束の間、目先に少々年季の入った湯飲みが出される。良い匂いのする緑茶、そして和服とも相まって似合ってるったらありゃしない。


「ありがとう、ございます」

「どういたしまして。……ねえ、さくら」

「はい?」


 呼称されて短い返事の後、冷めないうちにと頂きますと小さく添えて湯飲みに口を付ける。見張られているような気恥しさはあったものの、礼儀は早いうちに済ませておきたかった。お約束、のような出来事が待っていようとも。


「さくら、そろそろオレと婚姻を結ぶ気になった?」

「ぶはっ……え、ごほごほ」


 吹き出しては咽る。我ながら汚い、はしたないとは思う。でも、前触れもなくそう聞かれたらこうなってしまうのも仕方ない。迫られる選択に即決でいいえ、と答えられない優柔不断な私が居ることも。

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