第20話
長めの日曜日を越えて、ようやくの月曜日。春ちゃんに会えるのを楽しみに学校へ。
モデルはどうだったか、早く話を聞きたい。脱がされてないかも確認しないといけない。
土曜日の一件もあって、今の私は生命力に溢れていた。人との繋がりは人を大きく動かすのだと身をもって知る。
教室に入ると、光ちゃんはいるけど春ちゃんはまだいない。いつも通りだ。
「おはよう」
「おはよー」
光ちゃんはクラスの子と楽しそうに話していて、すっかり立ち直れたように見える。元気なフリしてるわけじゃない……よね? ちょっとこわいけど、一昨日の最後は元気に遊んでたし、大丈夫だと思う。
少しして、春ちゃんが来た。夏服姿の眩しさにも多少慣れたけど、できれば今日も早くカーディガンを着てほしい。
実際には土日を挟んだだけなのに、金曜日の放課後を一緒に過ごせなかっただけで随分久しぶりな気がする。
「春ちゃん、おはよう」
「おはよう」
「モデル、どうだった?」
気になりすぎていきなり聞いちゃった。
「あー、座ってるだけだったよ。あとはちょっとおしゃべりするぐらい?」
「そっか」
どうやら脱がされてないようで安心する。いやそんなことあるわけないんだけど、一応ね。
「でも、わたしの絵を描きたいって言ってくれた人、宮下さんじゃなくて二年生の人だったんだよね」
「え?」
二年生?
「うん。宮下さんはその二年生に頼まれてわたしを呼びに来ただけだったって」
「その人、どんな人?」
私の全然知らない人と春ちゃんが二人の時間を過ごしたの?宮下さんなら大丈夫かと思ってたのに、それだと話が違う。信用できる人かどうか確かめないと気が収まらない。
「
え? なにそれ。
「中等部ではバスケ部だったんだって」
いやそんなことはどうでもよくて。
「その柊先輩って、その……春ちゃん的にはどうだった?」
何聞いてるんだ私は。そもそもどうってなんだ。
「え? どうって?」
「印象、というか……その……」
だって、長身で優しい先輩とか、矢吹先輩みたいじゃん。そういう人には後輩の思春期女子達が群がるって散々聞いたんだ。
春ちゃんが柊先輩を好きになったらとか、考えたくもない。
「うーん、絵を描くのが大好きって感じの人かなぁ。絵のことになると熱中して、他のことが耳に入らなくなったりしてたし。あ、もちろん絵はすっごく上手かったよ」
「へー……」
三度の飯より絵がお好きなら、春ちゃんを好きになることはないと考えてよろしいか?
春ちゃんが柊先輩を好きになったらおしまいだけど、柊先輩が春ちゃんを好きになるのもよくない。
「……風花ちゃん、もしかして」
「えっ、なに?」
わたしのこと好きなの? とか言われたらぶっ倒れる自信があった。それぐらい今の一瞬で急激に鼓動が早まった。
「柊さんと知り合いだったり?」
耐えた。
「いや、そういうわけじゃないよ。ちょっと気になっただけで」
生命力が溢れすぎて、いつもより口数が多くなっている。余計なことまで言ってしまわないように抑えないと。
「んー、そっか。あ、それでね。これからしばらく、毎週金曜日に来てほしいって言われちゃって。その、風花ちゃんはいいかな?」
えっ。やだ。
とは声に出さずに、ちゃんと思考を挟む。
私が嫌だと言う理由は、春ちゃんと一緒にいたいから。あとはその柊先輩にあんまり会わせたくないから。
いずれも私のエゴだった。
だとしたら、やっぱり私には止められない。
「春ちゃんがいいなら、いいんじゃないかな」
「そう? じゃあ、連絡しておくね」
心の中で、はあと深いため息をつく。
しばらくっていつまでなんだろう。絵を書き終えるまで? だとしたら今どれぐらい進んでいるのか。
春ちゃんと過ごす未来に、少し影が差したようだった。
その週の金曜日、私はまた一人で文芸部に向かって、部長さんと二人で活動して家に帰った。
木曜日までは今まで通りだから、あれ、結構大丈夫じゃんって思ったけど、いざ金曜日になると空虚さに満たされる。
部長さんと話すのもいいけど、春ちゃんにはやっぱりいてほしかった。三人の方が楽しい。
作業中も、顔も知らない柊先輩と春ちゃんが仲よく話しているのを想像してしまって、全然集中できなかった。
もやもやした気持ちを発散したくて、私は『夜ゲームしない?』と光ちゃんにメッセージを送った。
すぐに『いいよ!』と返ってくる。ちょっと久しぶりのオンラインだ。
時間を決めて、夜ご飯やお風呂などの用事を諸々済ませて時間を待つ。
その
もちろん遊びたいけど、共通の趣味がない。それに、春ちゃん相手だと光ちゃんほど気楽には話せない。
私にとって春ちゃんは好きな人だけど、世間的に見れば友達ってことになるはずだ。
光ちゃんも春ちゃんも友達なのに、その在り方は大きく違っている。
この辺は、女の子に恋した時特有の現象な気がする。いやでも、男友達がたくさんいたりしたらそうでもないのかな。どうなんだろう。
もし私が「一番の友達は誰?」と聞かれたら、なんて答えるんだろう。光ちゃんか春ちゃんってことになると思うけど、その二人に大きさの違いはなくて、あるのは形の違いだ。どっちかが一番でも、どっちかが二番ってことにはならない。
私が光ちゃんに望む関係と、春ちゃんに望む関係は違う。親友と、恋人。
でも明確にこう違う、と言えるものでもなくて、自分の気持ちがよくわからなくなる。
自分のことってわからないものなんだなって、前の土曜日に聞いた光ちゃんの話を思い出す。
もし光ちゃんが私の心の色も見えたなら、このよくわからない感情の区別もはっきり付けられるのだろうか。
ぐるぐると思考を回していると、いつの間にか光ちゃんからメッセージが来ていた。
『いけるよ!』
時間よりはちょっと早いけど、私もいけるので始めちゃおう。
私が返信すると、間もなく電話がかかってくる。
「もしもし」
『もしもーし。こんばんはー』
「こんばんは」
元気そうな声でとりあえず安心する。あれ以来、光ちゃんが思い悩んでないかやたら気にするようになってしまった。
『久しぶりだねーこっちやるの』
「ね」
シューティングゲーム、一人では結構やってたんだけどね。
久しぶりとは言っても、流れるように部屋を立てて合流して、あっという間にゲームスタートだ。
脳みそを普段の半分ぐらいだけ使って適当に喋りながら、しばらく遊ぶ。
いつもなら残りの半分には休んでもらってるけど、今日は春ちゃんのことが渦巻いていた。
「女の子に恋するのって、
なんの脈絡もなく、そんなことを聞いてしまった。試合の最中、雑談の延長を装って。
私が春ちゃんに、光ちゃんが矢吹先輩に、誰かが春ちゃんに……
そんなようなことはどれぐらい起きていて、どれぐらい受け入れられているのか。
光ちゃんは少しの間黙ってから、私の質問の意図も訊ねずに答えた。
『珍しくはないけど、多くもないかな。矢吹先輩を好きって子はたくさんいるけど、本気で恋してるのはほんの少しだけだし』
「そう、なんだ」
『うん。ていうかそもそも、本気で誰かに恋する人ってそんなに多くないからね。なんとなく付き合ってるだけーみたいな人の方が多いよ』
淡々と話す光ちゃんの表情は見えないけど、どこか寂しげな声をしている気がした。
私の質問のせいで気分悪くしちゃったかな……私は光ちゃんを支えないといけないのに、迷惑をかけてちゃダメだ。
『急にそんな話するなんて。風花ちゃん、好きな人でもできたの?』
私が不安になっていると、光ちゃんは普段通りの明るい声でとんでもないことを聞いてきた。
「えっ! いや、えっと」
反射的に否定しそうになるけど、光ちゃん相手に嘘はつけなくて留まる。
どうしよう……正直に言う? 言っても馬鹿にしたりは絶対しないだろうけど、でも……
「……うん」
肯定、した。してしまった。
さっきからプレイの方がグダグダになっていた。何も考えられず突っ込んでデスしまくっている。
『へ〜そうなんだ〜』
電話越しでもニヤニヤしてるのがわかる、そんな声だった。
試合はちょうど負けて終わり、恥ずかしさが輪をかけて湧き上がる。
『誰かな? 学校の子? あ、言いたくないなら言わなくていいからね』
からかってるのか優しくしてくれてるのかよくわからなくて、頭がごちゃごちゃしてざわざわして、自分がどうしたいのかもわからなくなっていた。
「春ちゃん」
口走った。
私は光ちゃんの秘密を聞いて、一緒に抱えるって決めたんだ。だから光ちゃんにも、私の分を抱えてもらう。そんな気持ちだった。
分け与えたはずなのに、なぜか心にずしんと衝撃が走っているけど。
もうゲームは次の試合を始めることなく、待機画面のままだ。
『そう、なんだ』
私が答えたことが予想外だったのか、光ちゃんは少し驚いたような声でそう言った。
「うん。初めて会った時から、ずっと」
もう後には退けないので、半ばやけくそになって話す。
光ちゃんはあらゆる人の好きな人を知っているんだ。だから私の好きな人が知れるくらい、きっと大した問題じゃない。
そう言い聞かせないと、おかしくなってしまいそうだった。
『そっか、小山さんかー。かわいいもんね、小山さん』
「うん」
私の恋が、光ちゃんの認知を以て形をなしていくように、私の心の中で確かなものになる。
私、春ちゃんのこと好きなんだ。って、改めて思った。
『風花ちゃんの恋、もちろん応援するけど、協力はできないね』
「え?」
『わたしが恋の相談に乗る時ね、その好きなお相手さんの心の色を見て、やんわりアドバイスしたりするの。でも風花ちゃんにそれをしようとすると、春ちゃんの気持ちを勝手に暴くことになっちゃう』
私は光ちゃんの力を知っているから、光ちゃんの力を借りることはできない。
確かにその通りだった。光ちゃんの発言は、その力を知ってるのと知らないのとでは大きく意味が変わってくる。
『だから、わたしは見守ることしかできない。ごめんね』
「ううん。謝らなくていいよ。仕方ないことだし」
優しい光ちゃんの口調を聞いていると、心が落ち着いて、だんだんと気持ちが軽くなってきた。人に話すってこういうことなんだなって、初めて自覚する。
そして冷静さが戻ってきた頭は、光ちゃんにできるかもしれないことを思い出す。
「そうだ。美術部の柊先輩って知ってる?」
『柊先輩? うん、結構話には聞くよ。わたしは話したことないけど』
「教えられる範囲でいいから、教えてくれない?」
『いいけど……どうして?』
私は春ちゃんが柊先輩にモデルを頼まれている件を話した。
『なるほど。小山さんが柊先輩に取られちゃわないか不安なんだ』
「うっ、まあ、そう……」
実際そこまでめちゃめちゃ心配してるわけじゃないけど、どうしても不安は拭い切れるものではない。
『んー、わたしもそんなに知ってるわけじゃないけど……でも、結構モテる人ではあるね』
「春ちゃんは背が高くて優しいって言ってた」
『そうそう、やっぱり背が高い人が好きな子は多いよねぇ』
「やっぱりそうなんだ……」
春ちゃんはどうなんだろう。そもそも女の人は好きにならないかもしれないけど、それだと私の希望も潰えるので考えたくはない。
私は春ちゃんより背が低いし、もちろんかっこよくはない。最近よくかわいいとは言ってくれるけど……
『中等部の頃はバスケ部に入ってて、結構注目されてたね。でも高等部に上がってからのことはよく知らないかなぁ。美術部に入ったことは聞いてたけど』
「そっかぁ」
バスケ部のことも春ちゃんに聞いてたし、光ちゃんでもさすがにあんまり知らないらしい。
付き合っている人がいるかどうかも、知らないか言えないかのどっちかだろう。
『ごめんね、力になれなくて』
「大丈夫。ありがとう」
やっぱり、春ちゃんに直接聞くしかないかな。来週また聞いてみよう。
『ゲームの方はどういたしますか、風花さん』
「あ」
待機画面のまま止まっていたゲームの存在を今思い出した。
「続きやろっか」
『おっけー』
昔はゲームが最優先みたいな生活してたけど、今ではゲーム以外に大切なものがたくさん増えた。
変化とは前向きなものばかりじゃないけど、少しでも良い方向に向かうためには、自分から動き出す必要がある。
今日、光ちゃんに打ち明けたように、春ちゃんにもいつか……
そんなことを考えていたら、またプレイがグダグダになって負けた。
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