第3章

第17話

 春ちゃんに出会って、園山さんの秘密を聞いて、私の見る世界は何度姿を変えるのだろう。

 六月になって、入学からまだ二ヶ月なのに、随分遠いところに来たみたいだ。


 もしかしたら入学と同時に、違う世界に来てしまったのかもしれない。異世界転生ってやつだ。

 こんな高校生活、二年前の私じゃ絶対に想像できなかった。


 文芸部に入って小説を書くこと、女の子に恋をすること、心が読める友達ができること。それどころか、私立の高校に通うことすら考えられなかったと思う。


 変わったなあ私。というよりは、本来あるべきところに収まってきてるのかも。

 こんなフィクションみたいな、きっと一般常識からは外れている世界を、私は確かに求めていた。


 夢心地の中に感じる確かな充実を、これからも大切にしていきたい。




 テストが終わってから、小説の執筆は順調に進んでいた。と言っても書いてるのはほとんど春ちゃんで、私はセリフや文章にちょっと意見を出すぐらいなんだけど。


 園山さん……光ちゃんとも今まで通りって感じで、あれから深い話はしていない。正直、好奇心から気になることはたくさんあるんだけど、どこまで踏み入っていいのかわからず、こっちから聞こうとするのは遠慮している。


 そんなこんなで、結局今まで通りの日々を送っている。

 そういえば、中間テストは学年1位の子が私と同じ外部生だったらしく、その子のおかげで私がモテモテになることもなかった。しかもその子と東さんは寮のルームメイトらしい。東さんも3位だったし、すごい二人が一緒に暮らしてるんだなぁ。


 光ちゃんの告白を聞いてから、一週間ちょっとが過ぎた頃。

 六月に入って気温が一気に上がったので、私は夏服を来ていくことにした。半袖であること以外デザインは冬服とあまり変わりないけど、生地が薄くなっているらしい。

 それだけだとちょっと肌寒いので、学校指定の薄手のカーディガンを上に着た。ちょうどいい感じ。


 このカーディガン、シンプルかわいくて好きだなぁ。春ちゃんも来てこないかな。絶対似合う。

 中学の頃は制服移行期間みたいなのがあって、その期間中に冬服と夏服を切り替えないといけなかったけど、この学校は別に年中冬服でもいいらしい。そんな人いるのか知らないけど。


 しかしつまり、それは制服の移行タイミングを自分で決めないといけないってことだ。私はチキンなのでクラスの子の何人かが夏服になったのを確認してから移行しました。一人だけ夏服ってちょっと恥ずかしいからね。


 春ちゃんの夏服姿を想像しながら学校へ。外はもううっすら夏の色に染まってて、カーディガンは暑くて結局脱ぐことにした。学校着いてからまた着よう。

 電車の中はちょっと肌寒かったけど、着たり脱いだりするのもめんどくさいのでそのまま過ごした。


 冷えた体を駅から学校までの道でまた温め、ようやく学校に到着した。通学中の周りの生徒も夏服の子が多くて、夏服春ちゃんに期待が高まる。


「おはよー。おー、半袖風花ちゃんだ」

「おはよう。私も夏服にしちゃった」


 光ちゃんは昨日から夏服になっていた。もちろんとっても似合っている。


「風花ちゃん腕まっしろだよね」


 露出した腕をさすさすされる。


「細すぎて恥ずかしい……」

「えー、細いの羨ましい人多いと思うよ?」

「細さにも限度があると思う」


 羨ましがる人より心配する人の方が多かった気がする。夏はこの細い手足を晒すことになるのがちょっと苦手だ。

 一息ついてから、カーディガンを着なおした。


「似合うねえ」

「えっ、そう?」

「私服見たときも思ってたけど、素材がいいからシンプルなの似合うよねえ」

「そ、素材って……」

「風花ちゃんはかわいいよ。自信もっていいよ」

「光ちゃんのほうがかわいいし……」


 言うと光ちゃんは一瞬驚いたけど、すぐに笑顔になって


「えへへ、ありがとう〜」


 ほら、かわいい。


「おはよう」


 ふわっとした会話を続けていると、世界一かわいいことで知られる春ちゃんが来た。


「あ、小山さん。おはよー」

「おは……」


 ようの部分は霧散した。

 なぜなら、夏服姿の春ちゃんに脳の大事な部分を壊されたから。


 え、こんな格好で外歩いてきたの? それはさすがにまずくない? センシティブじゃない?

 自分も同じ格好で来たし、光ちゃんは今でもその格好なのに、この危うさの違いは何?


「小山さんも夏服だ〜」

「夏服だよ〜」


 夏服の美少女二人が近距離で手を振りあって大変微笑ましいけど、私は気が気でなかった。

 これは、公衆に晒しちゃいけない。そんな本能的な危機感が全身を走っていた。


「あの、春ちゃん、カーディガン持ってる? これ」


 私は自分の着ているカーディガンを指す。


「え? うん、持ってるよ」

「着ない?」


 必死だった。今こんなことをしても、今後春ちゃんは何度もこの格好で外に出るし、意味なんてない。

 わかっていても、目の前のそれを放っておけなかった。


 春ちゃんはなんで? と言いたげな視線を私に向ける。当然だ。それを汲み取った私は即座にごまかした。


「このカーディガンかわいいし、春ちゃんに似合いそうだな〜って思ってて」

「あ、わたしも見たい!」


 光ちゃんナイス後押し! 大親友!


「そ、そう? じゃあ、着ようかな」


 春ちゃんはカバンを開いて中からカーディガンを取り出した。ほっと心の中で息をつく。

 嘘をつかずにごまかすの、やっぱり得意かもしれない。


 春ちゃんはカーディガンの前のボタンを全部外して、丁寧に羽織った。

 ……私そのまま頭から被って着ちゃってたな。


「どうかな?」


 カーディガンを着た春ちゃんが、腕を左右に広げる。似合う似合わない以前にその仕草が可愛すぎて、うわぁ……って声が出そうになった。


「めっちゃ可愛い……!」


 春ちゃんは何着ても可愛い。なんでも似合うというよりは、似合ってても似合ってなくても可愛いって感じ。カーディガンはもちろんとっても似合ってる。可愛い。好き。


「えへへ、ありがとう」


 可愛いなんて言われ慣れてそうなものだけど、春ちゃんは私が褒めると毎回嬉しそうにはにかむ。そんな素直さもまた可愛い。

 可愛いって言いすぎておかしくなりそう。


「風花ちゃんも似合ってるね。かわいい」

「ふぇっ」

「ね! かわいいよね!」


 ちょっとまって、急にそういうこと言われると反応に困る。私は言われ慣れてないから……いや、言われ慣れてても春ちゃんに言われたら戸惑う。


「あ、ありがと……」


 体が熱くなってきて、さっき着たカーディガンがもう暑い。


「……ねえ、風花ちゃん」


 もじもじしていると、春ちゃんが改まったように声をかけてきた。


「はい、なんでしょう」


 こっちも変に改まってしまった。


「……………………」


 春ちゃんはしばらく黙り込む。私と光ちゃんはじっと春ちゃんを見つめていた。


「……やっぱり、なんでもない」


 春ちゃんは一瞬、ちらっと光ちゃんの方を見てそう言った。


「あれ、もしかしてわたしおじゃまかな?」

「そ、そんなことないよ! 気にしないで」

「ほんと? 一時退散しようか?」

「ほんと、平気。そういうのじゃないから」


 嫌味のない光ちゃんに、慌てて引き止める春ちゃん。


 こういうやりとりを見てると、よくないとわかってても、光ちゃんは春ちゃんの感情が見えてるんだよねって考えてしまう。

 春ちゃんは私に何を言おうとしたんだろう。光ちゃんはそれもわかってるのかな。


 今まで通りの日々は、ほんの少しずつ姿を変えている。それは私の内側から、徐々に侵食するようだった。

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