第13話

 映画のクライマックスのシーンで、隣に座る君の手をそっと握る。


 みたいなありがちな妄想は当然実現することはなかった。というか映画に夢中になってそんなことすっかり忘れていた。


 正直それほど期待していなかった恋愛映画は、夢中になるほど面白かった。

 ストーリーもよかったけれど、主人公の子の心情描写が丁寧に重く描かれていて、こっちまで苦しくなってしまった。なんなら泣きそうになってしまった。耐えたけど。


「どうだった?」


 春ちゃんが満足そうに問いかけてくる。


「面白かった。余韻がすごい……」

「楽しんでもらえてよかった。風花ちゃん途中泣きそうになってた?」

「えっ」


 楽しそうな声音に心臓が飛び上がる。


「見てたの……?」

「原作と同じ展開だったから、風花ちゃんの反応の方が気になっちゃって。ごめんね」

「いや、いいんだけど……」


 恥ずかしすぎるけどちょっと嬉しいような、変な感じだ。春ちゃんが満足ならそれでいいか……というか堪えてるのを見られるぐらいなら素直に泣いておけばよかった。


 それから私たちは売店を見て回って、春ちゃんはパンフレットを、私は原作小説を買った。買うと言ったら「わたしの貸してあげるよ?」と言われたけど、せっかくなら自分で買いたいと思ったのだ。それぐらい良い作品だった。


 そして私は忘れかけていた今日の目標を思い出した。記念写真(と言うのは名ばかりの春ちゃんの私服写真)を撮ることだ。

 大学生っぽいカップルがパネルの前で写真撮影をしていたので、私はそれに乗じることにした。


「写真、撮っていかない?」


 パネルを指さして、できるだけ自然を意識して誘ってみる。

 これぐらいのことは気軽に言えるようになりたいけど、当分は無理そうだ。


 ずっと楽しそうにしていた春ちゃんは「写真?」と言うとパネルの方を見て黙り込んでしまう。


 もしかして嫌だったかな……不穏さに嫌な汗が出てくる。

 けれど春ちゃんはすぐに笑顔に戻って


「いいよ、撮ろう」


 と快諾してくれた。ホッと胸を撫で下ろす。死ぬかと思った。


 春ちゃんはすぐにさっきのカップルの写真を撮っていた従業員の人に声をかけて、私たちの写真をお願いする。


 そういえば私も写るんだった。春ちゃんのワンショットで十分というか、私がいない方が写真としての完成度が高くなりそうだけど……

 でも誘っておいて私は写りませんなんて言ったら狂人甚だしいので、仕方なく並ぶ。パネルを挟むような形なので距離も近くないし、あまりいい時間とは言えないけど、これも春ちゃんの私服姿を保存しておくためだ。


 従業員の人にお礼を言い、春ちゃんがスマホを受け取って、二人で撮ってもらった写真を見る。


 うわあ春ちゃんが写ってる。当たり前だけど。

 写真で見る春ちゃんは実物には劣るけど、それでも眩しく輝いていた。


 一方で私はいてもいなくても変わらなそうな感じだった。なんていうか、薄い。


「送っておくね」

「うん、ありがとう」


 ミッションを達成した私はすでに満足度150パーセントぐらいなのだけど、まだ今日は終わっていない。


「じゃあ、ごはん行こっか。おなかすいた〜」

「そうだね」


 時刻は午後一時半。昼食には少し遅めの時間だ。当然お腹もかなり空いている。


 私たちは施設の中にある洋食ファミリーレストランに入った。それなりに人がいたけど、待たずに席に通してもらえた。


 それぞれ頼んだ料理が来て、おいしいね~なんて言いながら食べていたところ、そういえばと春ちゃんが思い出したように尋ねてきた。


「機関誌に出すの、どうするか決めた?」

「あー……」


 最初の締め切りは六月の真ん中ぐらいだったはずだけど、私はまだ何も考えていなかった。


「まだ全然。っていうか小説なんてまだまだ書けそうにないかな……」


 小説歴一ヶ月の人間が、短編とはいえ小説を書くのはやっぱり無理があるように思う。


「春ちゃんは?」

「わたしもあんまり。今度一緒に部長に相談しよっか」

「そうだね」


 部長さんは優しくて話しやすいし、大抵部室にいてくれるからありがたい。他の先輩部員の人はそもそもほとんど来ないし。


「書くならどんなのがいいかなぁ」


 そう言って春ちゃんが可愛らしい仕草で考えこむ。

 映画を見てから春ちゃんはご機嫌気味で、声音も仕草も柔らかく弾むみたいだ。それに伴って私の心臓もふわふわと弾んでいる。


「さっき恋愛もの見たせいで、恋愛もの書いてみたくなっちゃってるかも」

「恋愛もの……」


 さっきの映画みたいなラブロマンスを春ちゃんが書く。

 それってなんか……


 いやいや、別に「春ちゃんが描く主人公=春ちゃん自身」というわけじゃないし、春ちゃん自身が誰かと大恋愛するわけじゃない。

 小説に嫉妬とか、さすがに笑えない。


「風花ちゃんは書いてみたいのとかある?」

「私は……そうだなあ」


 書きやすいジャンルとかあるのかな。ミステリーとか、好きだけど絶対難しいよね。やっぱり経験を生かせるものの方がいいのかな。


 現在進行形で、私も恋してるわけだけど。


「……私も恋愛ものの気分かも」

「ふふ、やっぱり?」


 春ちゃんとはその理由が違うのが、少し残念で。


 ……春ちゃんは、恋とかしたことあるのかな。


 彼氏ができたことないとは言ってたけど、恋したことないとは言ってない。淡い片思いの経験があったり……想像するだけで心にもやもやとしたものが積もってゆく。


 他の誰かと遊んだだけで胸が苦しくなるのに、好きな人なんていたら耐えられそうにない。


 春ちゃんが好き。ずっと一緒にいたい。でも、付き合いたいかって言われるとわからない。友達として一緒にいるのと、恋人として一緒にいることの違いがあるのか。付き合うということが一体どういうことなのか。


 わからないことだらけで、向き合わなきゃいけない問題はたくさんで、でも今一緒にいられるのは確かに幸せで。


 さっき見た映画では、主人公の女の子が好きな人と一緒にいるために思いの全てをさらけ出していた。

 すごいなって思った。臆病な私にはとてもできそうにない。もし受け止めてくれなかったらって怯えて、痛くないように緩衝材を敷き詰めて、それでも飛ぶことを拒むだろう。


 ほんと私、絶対主人公にはなれないなぁ。


「この後どこ行く?」


 目の前の好きな人は、楽しそうにそう聞いてくる。

 先のことはわからないけど、春ちゃんが楽しいなら、今はそれでいっかって思う。

 春ちゃんの幸せを知りたい。


「一昨日はどこに行ったの?」

「そこのショッピングモール見て回ったよ」

「だったら、そこ以外がいいかな」

「あのね、もし風花ちゃんがよかったらなんだけど、ショッピングモール行きたいな」

「え?」

「風花ちゃんとも行ってみたいなって」

「私はいいけど……」


 私といることに春ちゃんが意味を見出してくれているのなら、それは私にとって最大級の幸せだった。


「ふふ、案内してあげるね」

「うん」


 いつか私といるだけで幸せを感じてくれたらと思う。

 私が春ちゃんに抱いてるのと同じ気持ちを、春ちゃんも私に抱いてほしい。

 今の自分の望むことは、そこに行き着くのかもしれなかった。

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