第11話

「よーし、やるよせりりん」

「うん」


 二人の戦いの最中、私はゲーム画面よりも二人の横顔を見てしまっていた。

 園山さんは普段とは別人みたいに凜々しく画面を見つめていて、試合中は全然喋らない。

 一方で東さんは試合が動くと表情も動き、時々かわいらしい声を漏らす。


 私と戦っている間もこんな顔してたんだな、と思うとなんか……良い。私、この二人のこと好きなんだなって、他人事みたいに感じた。


 試合は園山さんの勝ち。やっぱり園山さんの方が一回り上手いらしい。

 そして次は私と園山さんの番。しばらくはこれを繰り返すようだ。


 今度は……少し迷ったけど、私は一番最後に出す枠に一番得意なキャラを選んだ。一番得意どころか、唯一まともに使えると言ってもいいキャラだ。


「あ、得意って言ってたキャラ」

「うん」


 友達とこういう対戦ゲームをする時、手を抜いてしまう癖があった。

 全力を出して空回るのも、全力を出して負けるのも嫌で、ほどほどに手を抜くようになったのだ。今ではそれが癖にまでなっていた。


 でも、きっとずっと全力な園山さんと東さんを見ると、そんなの失礼だって思った。それに、やっぱり楽しくない。


「本気で行くから」


 自分を追い込むようにそう口に出す。こうでもしないと無意識レベルの癖は抜けないだろうから。

 これで負けたら恥ずかしー! ともう一人の自分が煽ってくるけど、勝てばいいんでしょ勝てばと追い払う。


「わかった」


 園山さんは一瞬驚いたけど、そう言って笑った。


 一戦目より緊張してるかもしれない。

 私は深呼吸をして、さっきまでよりも集中して画面に向かう。


 ここがどこだとか、相手が誰だとか、そんなこと全く気にしないぐらいに画面に向き合う。さっき見た園山さんの表情を真似るようなイメージで。


 試合が始まる。

 ウォーミングアップが済んだのか、園山さんはさっきよりもするどい動きを見せ、一気に流れを持っていかれた。園山さんの一体目にこっちの二体がやられ、あっという間に追い込まれる。


 ちょっと強すぎやしない?

 さっきよりピンチな状況だけど、本気で行くと言った手前このまま負けるわけにはいかない。


 私の三体目、一番得意とはいえ、使うのは半年ぶり。他のキャラを使った感じそこまで衰えてはいないけど、ここから試合を持っていける自信は正直ない。

 でもこのままだといい勝負にすらならないから、せめて一矢報いたい。


 操作感を思い出すため、ひとまず間合いを取りながら動かしてみる。


 結構、いけそうかも。


 やってた頃の感覚がちょっとずつ戻ってきた感じ。

 とりあえず、こっちの二体と戦ってボロボロ状態だった相手の一体目を倒す。そうしている間にも、どんどん指先が感覚を思い出してきた。


  続いて二体目と対峙する。戦いながら自分のキャラの動きを完全に掴み、同時に相手の動きも読めるようになってくる。


 苦戦することなく二体目を倒し、ついに最後の一体。

 さすがにまだ不利状況だけど、このペースならいける。勝てる。


 集中を切らさないよう画面を凝視し、感覚に任せて指を動かす。

 相手の攻撃を躱し、こっちの攻撃を刺し込む。単純明快な勝ち筋を余さず拾い、一方的と言っていいほどの試合運びで私は最後の一体を吹き飛ばした。


 ……現役でやってた頃より上手かったかもしれない。


 GAME SET! と大きく画面に表示され、暫しの沈黙の後。


「なにいまの……!」


 園山さんが声を上げて、現実に引き戻されたような感覚になった。血が激しく全身を巡るのを感じる。


「えへっ……」


 言葉が出てこなくて、変な笑い声が出てしまった。脳と顔が熱い。


「もう一回! もう一回したい!」


 驚きと昂りが混ざった表情と声で、園山さんがそう言う。ドン引きされていたらどうしようと一瞬思ったけど、杞憂だった。


「え、私はいいけど……」


 後ろに座っている東さんをちらりと見ると、こちらも口を半分開けて驚いた顔をしていた。かわいい。


「わたしは全然大丈夫だよ! 二人の見てるだけで楽しいし」


 東さんはハッとしてからすぐ笑顔に戻ってそう言ってくれる。東さんがいいなら……


「ごめんねせり。今ちょっとやばい」


 息を荒くした園山さんが画面に向き直る。どうやら火をつけてしまったらしい。その表情には笑みがこぼれていて、楽しませられていることが嬉しくなる。


 本気を出して喜んでくれるのって、こんなに幸せなんだ……


 こういう体験は、自分にとっていいものだと思える。


 自分をさらけ出すことは、必ずしも悪いことじゃない。頭ではわかっていてもなかなか体は覚えてくれない。

 けれどこういった体験が積み重なれば、きっと体もそれを理解してくれるのだろう。


 園山さんと東さんみたいないい子たちに出会えてよかった。

 心からそう思いながら、私は園山さんのキャラを吹き飛ばすのだった。



 

 夕暮れの中、学校から駅への道を一人歩く。

 涼しくて心地よい気温と湿度で、ずっとこれぐらいの気候だったらいいのにと思う。


 私たちはあの後、二時間ほどスマスタを続けて、それからはコントローラーを回して遊べるパーティーゲームを一周やって解散した。


 スマスタの方は結局あれからは一度も負けず、最終的には園山さんから師匠と呼ばれるに至ってしまった。あのキャラ意外は園山さんの方が上手かったと思うけど……

 パーティーゲームの方は中学一年の頃を思い出して、楽しいと同時に少しノスタルジックになってしまった。


 最後にミミちゃんと触れ合いたかったけど、奥で寝ていたようで叶わなかった。それがちょっと心残り。


 また遊びたいなぁ。

 安直な表現をすると、最高の一日だった。


 でもまだゴールデンウィークは前半戦。明後日は春ちゃんとお出かけ……デートだ。

 楽しかった今日のことを伝えたいし、春ちゃんが今日どこに行って何をしたのかも聞きたい。


 ああ、明日という一日が大きな隔たりに思える。早く明後日になってほしい。


 駅に着いて、電車を待つ間スマホを開くと、園山さんからメッセージが来ていた。


『すっごく楽しかった! また遊ぼうね!』


 メッセージのあとには二枚の写真がひっついていた。ひとつは私と東さんが戦ってるところを撮ったもの。そしてもう一つは私がミミちゃんを撫でている写真だった。いつの間に……


 ゲームしてる時の自分の顔なんて見ることないから、なんか恥ずかしい。集中しすぎて怖い顔してるなぁ。東さんはこんなにかわいいのに。


 ミミちゃんを撫でている方はもっと恥ずかしい。緊張して腕の伸ばし方もなんかおかしいし、顔は強ばっていた。


 写真撮られるの、あんまり好きじゃないはずなんだけどな。


 私は二枚の写真を保存して「思い出」というフォルダを作ってそこに入れた。


 自分が写った写真がここに増えていくと思うと、案外悪くないかもって思えた。

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