第10話
木曜日の午後一時前、待ち合わせのため私は
今日はちょうどいい気温で、暑くも寒くもなく心地いい日和だ。
グラウンドではサッカー部が活動しているみたいで、かけ声やボールを蹴る音が聞こえる。
……学校の前に私服で立ってるの、なんか恥ずかしいな。
周りには誰もいなくて、誰かに見られてるわけじゃないけど、微妙に落ち着かない。
目立たなそうな場所を探してキョロキョロしていると、校門の横に厳重そうな灰色の扉があることに今気づいた。閉門した後に先生や事務員の人が出入りするのに使うのだろうか。それにしてもやたらずっしりとした印象で、学校の雰囲気からは浮いているように見える。
その扉の横あたりの壁に背を向けて、東さんを待つ。早く来ないかな。ちょっと早く着きすぎたかな。
「…………」
一人でいると、頭は勝手に春ちゃんのことを考え始める。ここに来るまでも来てからもずっとそうだった。
春ちゃんは今頃、他の誰かと遊びに行っているはずだ。
誰とどこに行くのか聞いておけばよかったかもしれない。自分のお誘いを受けてもらえたのが嬉しくて、そこまで頭が回らなかった。
春ちゃんが私以外の子と話すときは大抵何人かに囲まれているから、誰かと二人きりで出かけているってことはないと思う。思いたい。
もやもやとやるせない思いが募り始める。
いいもん。あさっては私がデートするんだもん。
誰にでもなく強がって、もやもやを飛ばす。もやもやを抱えたままじゃゲームも楽しめないだろうし。
気持ちを切り替えて、東さんまだ来ないかなと歩いてきた道を見やるも、人が来る気配はない。
長い直線の道にまだ姿がないとなると……
時計を確認すると、あと二分で待ち合わせの時間だ。スマホのメッセージを確認しても何も届いていない。
しっかり者の東さんは遅刻するような人には見えないけど、意外と時間にルーズだったりするのだろうか……それはそれでかわいいかも……どれだけ待たされても許しちゃいそう。
変な方向に向かい始めた思考を止めたのは、例の灰色扉がギィと開く音だった。
驚いてそちらに目を向けると、中から出てきたのは東さんだった。小さくてかわいらしい東さんが重そうな扉を開ける様は、似合わなくともどこか趣を感じる。
「あ、高瀬さん、こんにちは」
「こんにちは」
いつも通りの眩しい笑顔で挨拶をするものだからとりあえず返したけど、気になることがありすぎる。意外と重くないのかな、その扉。
「おまたせしちゃったかな?」
「ううん、大丈夫だけど。学校に用事とかあったの?」
「へ? ないけど……」
じゃあどうしてそんなところから?
「あ! わたし寮に住んでるんだ。言ってなかったっけ」
私の思考を察してくれたらしく、東さんが説明してくれる。
「あぁ、そうだったんだ」
今の今まで寮の存在を忘れていた。じゃあこの扉は寮生が出入りする用に使われるのか。
「ごめんね、びっくりさせちゃって」
白いブラウスに、水色のハイウエストのロングスカートを身にまとった東さんは、お花畑とかで微笑んでてほしいかわいさだ。私みたいなのが並んで歩いて大丈夫だろうか。
私もちょっとぐらいは見た目に気を遣った方がいいのかもしれない。少なくともあさってはもっとちゃんと考えて服を選ぼう。当日までに気づけてよかった。
「じゃあ行こっか」
「うん」
てってっと歩きだす東さん、かわいいなぁ。なんか、撫でたい。
スマスタの話をしながら、二人並んで歩く。あの東さんの口から慣れ親しんだ専門用語が出てくると、なんか変な感じがする。
学校から最寄り駅の反対方向へだいたい二十分ぐらい歩くと、光ちゃんの家に到着した。
結構大きい、綺麗な一軒家だ。真っ白い壁が陽光に照らされて眩しい。
東さんが慣れたふうにインターホンを押す。
「はい」
女性の声だけど、園山さんの声じゃない。お母さんかな。
「東です」
「はいはーい。ちょっと待っててね」
ほどなくして玄関の扉が開いて、園山さんが顔を出した。
「いらっしゃい! どうぞ上がって~」
園山さんの部屋着姿は制服の時とずいぶん雰囲気が違って、活発な少女らしさが全面に出ていて可愛らしい。Tシャツとハーフパンツが世界一似合う女の子なんじゃないかと思うほどだ。
「おじゃまします」
「おじゃまします……」
東さんに続いておそるおそる上がらせてもらう。友達の家に遊びに来るなんていつぶりだろう。
中学一年の頃はしょっちゅう友達の家で遊んでいたけど、だんだんと減って、二年の後半には誰かの家で遊ぶことなんてなくなっていた気がする。
「こんにちは。ごゆっくりしていってくださいね」
中ではエプロンをつけた女性が出迎えてくれた。さっきインターホンで出た人だと声でわかった。
「こんにちは、おじゃまします」
「後ほどお茶菓子をお持ちしますね」
「ありがとー
お母さんじゃなくて、お手伝いさんっぽい。お手伝いさんなんてフィクションでしか見たことなかったから、ちょっぴりテンションが上がる。
するとそのお手伝いさんの後ろから小さなふわふわが顔をのぞかせた。
「あ、ミミちゃん」
東さんが反応して、受け止めるように屈む。
「あ、高瀬さんって猫大丈夫? アレルギーとか」
少し慌てたように園山さんが聞いてきた。
「うん、大丈夫」
「そっか。よかった〜」
アレルギーはひとつも無い。
猫……というか動物は、見るのは好きだけど触れ合うのは苦手だ。何考えてるかわかんなくてちょっとこわい。
だからこのまま東さんとじゃれあってくれているとありがたいんだけど。どっちもかわいいし。
とか思ってたらこっちに来た。鼻先で足をつんつんされる。ひええかわいい。
おそるおそるしゃがんで、触れてみる。抵抗されることなく受け入れられてほっとすると同時に、ふわふわの感触に心がふにゃっとなった。
「ミミっていうの。かわいいでしょ」
「ミミちゃん……」
どきどきしながらしばらく撫でると、ミミちゃんは満足したように廊下の奥に引っ込んでいった。
「自由でいいねぇ」
「かわいかった……」
触れ合い、いいかも……
少し名残惜しさを感じながらも園山さんについて二階の部屋へ。案内されたのは園山さんの部屋というよりはゲーム部屋っぽい。すごい。いいなぁ。
モニターと、その台の下にいくつかの据え置きゲーム機があって、三人分の座布団も用意されていた。
……なんだか懐かしいな。
中学の頃、私のいたグループでゲームが流行ったことがあった。ゲームを持ってる子の家に集まって、みんなで一緒にゲームをする時間が当時は大好きだった。でもみんなはすぐにもっと楽しいことを見つけて、ゲームなんて、と笑われるようになって。
またこんな風に友達とゲームで遊べる日が来るなんて、思わなかったな。
オンラインもいいけど、やっぱりこうやって集まって遊ぶ方が気分が上がる。
「よし! さっそくやろう!」
「うん」
座布団に座った園山さんはコントローラーを私に手渡す。やる気満々だ。
コントローラーは二つしかないらしく、三人一緒にはできない。自分の持って来ればよかったかも。
「最初わたしと高瀬さんでいい?」
「いいよー」
東さんの快い承諾のもと、いきなり園山さんとのタイマンになった。
やばい、緊張してきた。
オフライン対戦なんて初めてだし、対戦相手が真横にいると思うと落ち着かない。
「言っとくけど、わたし結構強いからね?」
にやりと笑って園山さんが言う。
「うん、よろしく」
緊張はしてるけど、友達と並んでゲームをする懐かしさに胸が高鳴る。
GO! と画面に大きく表示されると同時に、園山さんの操作キャラが俊敏な動きを見せた。
想像よりもガチっぽい動きに面食らいつつも、どうにかついて行こうとこちらも動く。
園山さんはコンボとかも練習しているようで、隙あらば押しつけてくる。私みたいに感覚で適当に動かすようなタイプじゃないらしい。
あっという間に一人目のキャラがやられてしまった。
スマスタは三体のキャラを選んで、一体やられたら次のキャラを出していき、先に三体全員やられたら負けというルールだ。相手がほぼ無傷の状態で一体目がやられてしまったので、実質二対三という形だ。
私は二体目のキャラを出して、ギリギリなんとか相手の一体目を倒した。勝てる気がしない。
その後も差を縮めることができず、そのまま負けてしまった。「結構強い」と自分で言うだけはある。
私も久しぶりとはいえそこそこ自信はあったので結構悔しい。でも、実力差の心配はいらなかったみたいだ。
「やった! 風花ちゃん強い!」
「園山さんすごく上手いね。びっくりしちゃった」
「わたしもびっくりした!」
他のゲームの腕前を知っていたとはいえ、想像以上だった。
負けたのは悔しいけど、園山さんが本当に楽しそうでこっちも嬉しくなる。しあわせ。
「じゃあ次はせりりと高瀬さんね!」
「わー、勝てるかなあ」
東さんも園山さんと何度も戦っていると考えると相当強いのでは……
ちっちゃかわいいからって油断したらボコボコにされるかもしれない。気を引き締めていこう。
私はさっきと同じ三体のキャラを順番だけ変えて選択して、試合が始まった。さっき手応えのあったキャラを先頭にして、流れを掴む作戦だ。
試合が始まる。
東さんは園山さんほどではないにしろ、結構それらしい動きをする。さっき歩いてるときに聞いたけど、東さんは好きな時にできないぶんプレイ動画を見て勉強しているらしかった。
今回はさっきよりは冷静に立ち回れて優勢を保てている。けれど、隣からちょくちょく聞こえる「わ!」とか「あー!」というかわいらしい感嘆の声に心が揺さぶられる。キャラの動きのキレと声のかわいさが合ってない。
ある意味苦戦したけど、どうにか勝つことができた。
「負けちゃったー」
悔しそうに笑う東さんにほんのちょっと罪悪感を覚える。勝って喜ぶ東さんも見てみたいな。
園山さんは「おー!」と言って拍手してくれる。ちょっと照れる。
順番的に次は園山さんと東さんだろうと思い、私はコントローラーを園山さんに手渡した。
中学の時もこんな風にコントローラーを回しながら遊んだな、と懐かしさが湧き上がる。
「二人ともすごいね。二人の戦いも見たいな」
友達とゲームをすることはもちろん、友達のプレイを見るのも大好きだった。もう来ないと思っていたあの頃みたいな時間は夢のように感じられた。
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