第2章
第9話
5月2日、水曜日の朝。明日から花の五連休が始まるわけだけど、私の心にはどんより雲がかかりかけていた。
そんな思いを抱え、でも自分から誘うのが苦手な私は潰れそうになっていた。
『え〜ゴルウィは彼ピと遊ぶからムリぽ〜』
誰だよ。
春ちゃんはこんなこと言わないけど、それでも断られたらメンタルを保てる気がしない。やむを得ない用事があったとしてもだ。
向こうから誘ってくれたらいいのにな……と思いつつ、まだ来ていない春ちゃんの机を見やる。
あの日、保健室での出来事以来、私たちはお互いを下の名前で呼ぶようになった。それが原因なのか、春ちゃんは以前よりも私によく話しかけてくれるようになったのだ。お昼も毎日一緒だし、文芸部でも少し口数が増えた。
それなのに、私はお誘いの一言も言い出せずにいて、本当に情けない。春ちゃんは仲良くしようとしてくれている(と思う)のに、それに応えられていない自分が嫌になる。
自分の気持ちを自覚したせいで、前よりも臆病になっているのかもしれない。
「
「あ、
私の思い悩む表情は、客観的に見ると眠そうに映るらしい。
「いや、明日からゴールデンウィークだなーと思って」
「そうだねー。わたしは日曜日以外部活あるけど、文芸部は活動しないの?」
「うん、部室使いたいって言えば使えると思うけど、行く予定はないよ」
「いいなー自由活動」
この学校、文化部は基本自由活動で、対して運動部はきちんとスケジュールが立てられているらしい。
ていうか、園山さんは
私は春ちゃんと過ごす文芸部が大好きだけど……あ、そうだ。
いっそ一緒に部活ってことにして誘っちゃえばいいのでは? ずっと読書ばっかりで執筆について全然考えられてなかったし、そういう話をしよう、みたいな感じで。
よし、これでいこう。活動場所が部室である必要はないし、一緒にゆっくり話せる場所に行くのもいい。
「そうだ。高瀬さん、あさっての木曜日って暇?」
春ちゃんお誘い計画を脳内で練っていると、園山さんからのお誘いが。
「うん、暇だけど」
春ちゃんを誘えていないので、今のところ予定は空っぽだ。
「その日の部活午前中だけなんだけど、よかったら午後から遊ばない?」
「いいけど、ゲームするの?」
「ゲームはゲームでも、たまにはオフでやりたいなーと思って。よかったらわたしの家来ない?」
「家……行っていいの?」
園山さんとは週末によく通話しながらオンラインゲームで遊んでいるけど、思えば休みの日に会って遊んだりしたことはなかった。
「うん! せりも来るよ」
「
「せりはゲーム持ってないから、わたしの家に来たときだけね。でも結構上手いよ」
「へー……」
東さんがゲームしてるの、あんまり想像つかないな。古風なお嬢様って感じがするし。
左前の東さんの席を見ると、東さんは机に向かって何かしていた。委員長のお仕事かな。
「どんなゲームするの?」
いつもやってるシューティングゲームはオフラインではできないから、 違うゲームをすることになる。三人だとパーティーゲームとかかな?
「いつもせりとやるのはスマスタとかだけど……今回はみんなで遊べるゲームいくつか用意するよ」
「え、園山さんスマスタ持ってるの?」
いくつか用意する、という言葉も気になったけど、知ってるタイトルが出てきて驚く。
スマスタこと
「持ってるけど……え、もしかして高瀬さんも……?」
「うん、持ってるよ」
「えー! 言ってくれればよかったのに!」
「最近はあんまりやってなかったから……」
発売から結構経ってるし、シューティングゲームの方ばっかりやっちゃってたからなぁ。園山さんと一緒にシューティングゲームをするのは楽しくて、他のゲームをするという発想もなかった。
「じゃあスマスタもやろう! えー、楽しみ」
園山さんは楽しそうだけど、こういう対戦ゲームって実力差があるとあんまり楽しめなかったりするからちょっと不安だ。ぶっちゃけ私そこそこ自信あるんだけど、園山さんの実力がどれくらいかはわからない。シューティングゲームの方は私と同じぐらいだから、こっちも同じぐらいだといいな。
「そうだ、
「えっ、うーんどうだろ」
急に春ちゃんの名前が出るとびっくりする。
春ちゃんはゲームとか全然しないらしいけど、パーティゲームならできるかな? その場合スマスタやるのはあんまりよくなさそうだけど……
でも、春ちゃんと二人で遊びたいなって思ってたけど、四人もそれはそれで楽しそう。二回も遊ぶのは流石に多いかな……?
「あ、小山さん来た」
教室の入口を見ると、入ってきた春ちゃんと目が合った。小さく手を振るとあちらも振り返してくれた。かわいい。
おはよーとゆるく挨拶を交わして、春ちゃんが席に着く。
「ねえねえ小山さん、あさっての木曜日って暇だったりする?」
さっそくお誘いに入る園山さん。これができる度胸が私にもほしい。園山さん本人は度胸とも思ってないだろうけど。
「木曜日?」
「うん。うちでみんなでゲームしたいなーと思ってるんだけどどうかな?」
ドキドキしながら春ちゃんの返答を待つ。
「えっと……その日はもう誘われちゃってて、お出かけすることになってるんだ」
えっ。
「そっかー。残念」
誘われてる? 誰に? いつの間に?
「うん、ごめんね」
春ちゃんが誰かに誘われて遊びに行く。何もおかしいことじゃないのに、心が強く揺さぶられる。
私以外の誰かと、私の知らないところで、休日を過ごす。
もしかして今までも何度か誰かとお出かけしたりしてたのかな……春ちゃんは人気者で私より交友関係が広いから、私が知らなくてもおかしくない。
下の名前で呼びあって、同じ部活で同じ時間を過ごして、私が一番春ちゃんの近くにいるってなんとなく思ってた。
でも全然そうとは限らなくて、私の知らない春ちゃんはたくさんいるのだ。
そう思ったら、いてもたってもいられなくなる。
遊びのお誘いを躊躇ってる暇なんかない。もっと春ちゃんの近くに行くには、自分から動くしかない。
「あの、春ちゃん」
綺麗な目をまっすぐ見て、悪い想像を放り捨てる。
「木曜日以外だと、空いてる日ある?」
緊張を表に出さないように、できるだけ声音を軽くする。
春ちゃんが答えるまでのわずか数秒に、自分の鼓動の音が何度も聞こえた。
「うん、木曜日以外ならいつでも空いてるよ」
その明るい返答に、救われたような心持ちになる。
「よかったら一緒に遊びにいかない……?」
ついつい前のめり気味に聞いてしまう。変な感じに見えているかもしれないけど、そんなこと気にしていられない。
「うん、行きたい!」
春ちゃんはふんわりと笑って、そう答えた。
ああ、好き……春ちゃんが笑うだけで全部がどうでもよくなるみたい。
お誕生日にお買い物に誘ったときも喜んでくれたし、もっと積極的になってもいいのかな。たくさん誘ってたくさん遊んだら、もっとこの笑顔が見られるかな。
そうは思っても行動にはなかなか移せないんだけど……
「んふふー」
「!?」
横からとろとろの笑い声が聞こえて振り向くと、園山さんがふにゃっとした笑顔でこっちを見ていた。
園山さんがいるの、気にしないようにしすぎて頭から抜けてた……
「なんか二人見てると癒されるねー」
「癒される……?」
「なんかやりとりがかわいくて」
「えー……」
春ちゃんがかわいいだけじゃないの?
当の春ちゃんを見ると恥ずかしそうに目を伏せていた。ほらかわいい。
と、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。いつの間にか先生も教室に入ってきていた。
遊びに行く日とか場所とかは放課後決めることにして、朝の時間は終わり。
わくわくという音が全身から漏れていそうなぐらい胸を高鳴らせながら、私は一日授業を受けた。
放課後、文芸部室。私と春ちゃんは部長さんが来るまでの二人の時間に、遊びの予定を決めていた。とりあえず日付は土曜日ということで決まったけど、問題は場所だった。
「春ちゃんはどこか行きたいところある?」
「行きたいところ……」
私は一緒ならどこでもいいので、春ちゃんの希望があれば優先したい。なければこの前みたいにショッピングでもいいし。
春ちゃんは少しの間考えてから、口を開いた。
「映画、見に行きたいかも」
「映画……」
「……いいかな?」
「うん、もちろん! 見たいのあるの?」
「好きな小説が映画化されてね、今やってるんだ」
聞くと最近ツイッターの広告でもよく見る、そこそこ話題になっているタイトルだった。小説原作だったんだ。
「じゃあ……
双美駅は私と春ちゃんの定期範囲内にある大きめの駅で、すぐそばにシネコンがある。私の家の近くにも映画館はあるけど、それだと春ちゃんに交通費が発生しちゃうから双美の方が都合がいい。
「うん、大丈夫」
双美にはショッピングモールとかもあるし、映画を見たあとも行くところには困らなさそう。
上映時間を調べて、待ち合わせの時間を決める。
「待ち合わせ場所は……双美にする?」
「あ、もしよかったらなんだけど……
「うん! いいよ」
藤ノ宮駅は春ちゃんがいつも降りる駅だ。長く一緒にいられるから、私はもちろん構わない。
これでお出かけの決めごとはだいたい終わり、のはず。
私は滅多に使わないスマホのカレンダーアプリに予定を書き入れた。こっそりタイトルを「デート」にしちゃう。誰かに見せたりしないし!
「じゃあ、土曜日の10時半に藤ノ宮ね」
「うん、楽しみにしてるね」
明日からのゴールデンウィークに、楽しみな予定が二つ。順風満帆な高校生活に、自然と笑みがこぼれそうになる。
ほんとは春ちゃんへの気持ちをちゃんと整理しなきゃいけないんだけど、それはもうちょっと先でいいかな。
今は楽しい時間が続けばそれでいい。
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