第2話

 四月の朝、教室、二人きり。ここは本当にこれまで私が過ごしてきたのと同じ世界だろうか。


高瀬たかせさんは、部活とか入るの?」

「あんまり考えてないかな。小山こやまさんは?」


 十分ほど話していると心臓も落ち着いてきて、天使ボイスで「高瀬さん」と呼ばれても動揺しなくなってきた。


「わたしも。部活紹介見て、よさそうなのあったら入るかも」


 初対面の人との何気ない会話はもともと苦手だった。その上一年間ろくに人と関わらず過ごしたせいで、一つ一つのやりとりに精神をすり減らすことになっている。

 しかし、彼女の声と笑顔によって、すり減った分のエネルギーはすぐに入ってくるのだ。


「小山さんは、中学の時は何かやってたの?」

「ううん、何も。だから何かやってみたいな〜とも思ってるんだけどね」


 もし何かやるなら私も同じところに入ろうかな、なんて、とても会って十数分じゅうすうふんの相手に抱く感情ではない。ので、口に出すのは自重した。


「高瀬さんは? 中学の時部活入ってたの?」


 中学時代、というか過去の話は正直あまりしたくないけど、先に聞いたのは私だった。


「一応陸上部にいたよ」

「へー、運動部だったんだ。ちょっと意外かも」


 小山さんは私の細くペラペラな体つきを見てそう言った。私もそう思います。


「ここ陸上部あるよね。入らないの?」

「うーん、入るなら文化部の方がいいかな。運動、あんまり向いてなかったし」


 仮にも二年間真面目に取り組んだのにろくに成長しなかった。体質的に筋肉が付きにくいのだ。脂肪も付かないので羨ましがられることも多かったけど。


「そうなんだ。わたしも文化系がいいかな〜」


 小山さんと一緒なら運動部もやぶさかではないと思っていたけど、これは嬉しい。

 いつの間にか私の中では小山さんと同じところに入るということで確定してしまっていた。いいのか。


 でも入学式の日にできた友達と一緒に部活を選ぶなんて、なかなか青春っぽくていい感じじゃない? 柄じゃないとは思うけど、少しは憧れる。


 確かこの学校にある文化部は、音楽部、手芸部、料理部……あと何があったっけ……

 いま思いついた三つは、正直どれも出来そうになかった。

 そもそも手先が不器用なので、楽器も裁縫も料理も人並み以下だ。


 でも。


 楽器を奏でる小山さん。編み物をする小山さん。料理をする小山さん。

 一つ一つ想像する。どれも様になって、可愛くて、素晴らしい。

 自分ができないとか、そんなことは些細な問題かもしれなかった。

 

 部活の話にしばし興じ、八時二十分を過ぎた頃、示し合わせたように続々と人が教室に入ってきた。

 想定よりも早く二人の時間が終わってしまって、少し寂しい。


 周囲には既にいくつかグループができているのが見える。内部進学の人同士は既に人間関係が出来上がっているのだ。


 見渡した感じ、大半は内部組に見える。

 私の前の席の人も、隣の人と「また一緒になれたね」と笑い合っていた。


「結構グループできてるみたいだね。入れてもらえるかなぁ」


 なんて言うけど、小山さんは間違いなくひっぱりだこだろう。さっきから小山さんの髪をちらちら見てる人がたくさんいる。気持ちはわかるけど、小山さんのお友達第一号はこの私だ。来る時間まちがえてよかった。


「ねえねえ!」


 ほんのり優越感のようなものに浸っていると、前の席から声をかけられた。さっきまで隣の人と談笑していた子で、ぱっちりとした目とポニーテールが印象的だ。その隣の人はいま席を外しているようだった。


「二人って外部からの子だよね? 同じ中学なの?」


 私と小山さんを交互に見てそう問いかけてきた。


「ううん、今日初めて会ったよ」


 私がえっと……とか言ってる間に小山さんがそう答える。コミュ力の差が窺えますね。


「そうなんだ! すっかり仲良しみたいだから元々知り合いだったのかと思っちゃった」


 仲良しに見えますかそうですかえへへ。


「高瀬さんが一番乗りで、私が二番目だったんだ。それで二人で二十分ぐらい?喋ってたかなぁ」

「へ~! あ、いきなり話しかけてごめんね。わたしは園山光そのやまひかり。中等部からいるんだ」

「わたしは小山春」

「高瀬風花、です」


 正直、苦手なタイプかもしれない。陰属性の私にとって光属性は私の弱点だ。かわいい子だけど、話してると疲れてしまいそうだと思った。

 いやでも小山さんも属性で言うと光っぽいな……その場合「弱点」の意味が変わってくるか……


「小山さんの髪すっごく綺麗だね! ハーフとか?」


 変な思考に向かっていた頭が園山さんの言葉によって引き戻される。


 確かに、春の精霊とかだと思い込んでいたから気にしてなかったけど、小山さんが人間だとしたらその髪色は日本人離れしている。過度な染髪は校則で禁止されているし、違反するようなやんちゃガールには見えない。


「これは……」


 ほんの一瞬、言いよどんで


「お父さんがハーフで、だからクォーターなんだ」


 言いたくない何かがあったのだろうか。小山さんは先ほどと変わらない笑顔を見せているけど、言いよどんだ時に少し悲しい表情を見せた、気がした。


 私は特別表情を読むのが得意なわけではないけど、園山さんも私と同じことを思ったのか、「そうなんだ」と軽く反応してすぐに「そういえば部活ってどこに入るか決めてる?」と話題を変えた。どことのハーフなのかとか気になることはあるけど、深掘りするのははばかられた。


 それにしても部活の話とは。さっき二人である程度話したし、ちょっとは会話に混ざれるだろうか。見ての通り園山さんが入ってきてから私はほとんど発言していない。


「さっき二人でも話してたんだけど、二人ともまだ決めてないんだ」


 と小山さん。頷く私。


「そうなんだ。わたしは中等部の時と同じ陸上部に入るよ! 興味ない?」

「陸上部!」


 そう反応して小山さんはこちらに視線を向ける。ドキっとするからやめてほしい。いややっぱり嬉しいからやめないでほしい。


「私も中学では一応陸上部だったんだけど、入るなら文化部にしようかなって」


 ついに喋りました。


「えーそうなの? かっこいい先輩もいるよ?」

「かっこいい先輩?」


 思わず聞き返すと、園山さんの目がキラキラ輝き出した。なんかまずい予感がする。


「興味ある? 矢吹梨央やぶきりお先輩っていうんだけどね!」


 正直あんまり興味ないけど、とても止められそうな様子ではないので大人しく聞き流すことにしよう。


 園山さんの話を要約すると、その先輩は中等部の頃に陸上部の副部長兼生徒会長だった人で、中性的な顔立ちと長身で下級生にモテモテだったらしい。そして今は陸上部部長で、生徒会では副会長だそうだ。


「副部長から部長になって、会長から副会長になったの?」


 気になったことを小山さんが聞いてくれる。


「部長と会長は兼任できないんだって。中等部の頃は副部長って言っても名前だけで、部長みたいな立ち位置だったけどね」


 園山さんのマシンガントークが止まったのは十時前になって先生が入ってきた時だった。まだまだ話足りないと言った様子だったけど、もういいです。悪い子じゃなさそうだけど、要注意人物かもしれない。




 入学式は滞りなく進んであっという間に終わり、その後そのまま部活紹介が始まった。小山さんと話しながら見られたらよかったんだけど、生憎小山さんとはお互い話せる位置にいない。園山さんなら隣にいるけど。


 陸上部の紹介の番になり、代表の二人が壇上に上がってくるとさっきまで大人しかった園山さんが興奮気味に肩をつついてきた。


「ほら! あれが梨央先輩だよ!」


 小声でそう告げる間もキラキラとした視線をその梨央先輩に向けていて、その横顔は、正直可愛いなと思ったりした。


 梨央先輩は、確かに長身で中性的な人だったけど、想像よりも爽やかで、明るい印象の人だった。もっとクールというか、自分のことを「僕」って言ったりする、王子様系の人を思い浮かべていたので少し意外だ。いや、私の想像が特殊だっただけかもしれない。


 その後は料理部の紹介でさっき会った会長さんが出てきた。自己紹介で「副部長の幸村です」と言っていて、会長と部長が兼任できないという話を思い出す。一体なんでなんだろう。


 見どころは矢吹先輩と会長さんの登場ぐらいで、特別興味を引かれる部活もなく、部活紹介は終わった。


「高瀬さんは気になる部活あった?」


 教室に戻ってしばしの休み時間、小山さんからそう話しかけてくれた。うれしい。

 部活紹介で見た意外にも同好会や研究会がたくさんあるらしく、それらがまとめられた小冊子もさっき配られた。


「あんまりなかったかも。小山さんは?」

「一個だけ、ちょっと気になるかも」

「ほんと? どこ?」


 気になるということは、この後見学に行くのだろう。もちろん私もついて行く。そして小山さんが入るなら、私も入る。


 自分でも活動できそうな部活であることを願いながら、先に続く言葉に耳を傾けた。

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