第12話 『真実』の勇者は追ってくる

 ミランダは雑踏や街の喧騒というものが嫌いだった。肌にまとわりつく人の熱気も、耳に届く誰とも知らない者の声も、街に満ちる大抵のものが嫌いだった。自分の空間をありとあらゆるものに侵食されるのが、控えめに言って煩わしく、はっきり言って不快だった。

 ミランダはフードを目深く被り、顔を隠して活気に満ちた通りをするすると通り抜ける。

 マルドレイクへと繋がる街道の始点であり、終点でもあるこの街は、輪にかけて煩い。人魔戦争から復興していることは喜ばしいことだが、文字の上だけで知っておけば良いことだ。

 ギルドで魔王の血縁者の行方を掴み、そこから彼女を追ってきたミランダは、彼らがマルドレイク帝国に入ろうとしていることを確信しつつも、その道順の候補を絞りきれずにいた。

 だから、やりたくもない聞き込みをしながら、彼らの足取りを掴もうとした。

 道さえわかれば、自分の足なら追いつける。向こうは十代前半の少女がいる。どんなに急いだとしても、勇者の足には勝てない。

 露店の商人(調子のいい声がうざい)、巡回している兵士(無駄に高圧的でうざい)、宿屋の主人(要領を得ないからうざい)、酒場の店主(無口なのは良いが今は喋れ)、酒場にいた酔っ払い(論外。殺しかけた)、新聞を配る子供(素直だから良し)、と事務的に聞き込みをこなした。

 これといった収穫がないまま、半日が過ぎようとしていた時、ミランダは街中でふと人だかりを見つけた。遠目に見ると、どうやら演劇をやっているようだ。演目はどうやら勇者と魔王にまつわるものだ。この手の御伽噺は作られすぎて、今やっている演目の原作がどれなのか検討もつかない。

 舞台上では、魔族を模した赤い瞳の化け物と、金色の髪を靡かせ、高々と剣を掲げる女の役者がいた。

「我が名は『真実』の勇者!」

 女優が自分の名を叫び、聴衆から、特に前列にいる子供たちから歓声を浴びている。

 不思議というか、滑稽というか、形容し難い居た堪れなさに襲われる。女優は役に入り込んで、色々と口上を並べているが、自分であればそんなことしていないでとっとと斬りかかっているところだ。

 自分の正当性や意気込みなど、戦いにおいて何ら意味をなさない。そんなものは美醜様々だが誰にでもある。自分の中の真実を、わざわざ引けらかして陳腐なものにする必要はない。よほど相手に知って欲しいのであれば語ることもあるだろうが、戦いの最中にすることではない。

 だが、ミランダの予想に反して、その劇は多分に笑えた。大国の勇者たちは皆登場したのに、『正義』の勇者だけがいなくなっていた。まるで最初からいなかったかのように、存在を消されていた。

 彼女が最終的に戦いから離れたことは事実だ。だが、自分も含め、お世辞にも外交的とは言えない勇者たちの中で、彼女が最も人々に親身に接し、彼らのために必死に戦ってきたことも同じように事実だ。

 終わり良ければすべて良しという言葉があるが、終わり悪ければすべてが悪になることをこれほど愉快に学べる機会も少ない。あの女のことは好きじゃなかったが、こうなっては多少の憐れみも禁じ得ない。

 そして、御伽噺の中にすら居場所を失った勇者の置き土産が、今まさに自分の行く手にいるのだと思うと、これまた滑稽だ。

「全く、あいつらはどうしたんだ」

 劇を鑑賞していると、通りの反対側でぶつくさ言っている小太りの男を見つけた。男はイライラした様子で、落ち着きなく同じところを行ったり来たりしている。

 檻のついた荷馬車、数人の護衛、荷馬車の中には手足に嵌める鎖が見える。一眼で奴隷商だとわかった。

「あの魔族の娘は高く売れるんだ。あのガキどもから奪い返して、また高値で売り捌いてやる」

 独り言にしてはなかなか面白いことを言っている。魔族の奴隷を買う「ガキ」という表現が気になったミランダは男に近づき、平坦な声で尋ねた。

「ちょっと聞いてもいいか?」

「なんだ。今は立て込んでいるんだ。後にしてくれ」

「この辺りで、十代前半の少女と、若い男の連れは見なかったか?」

 男の言葉を全く無視して切り出すと、男は目を丸くして、苛立たしげに言った。

「あんた、あのガキどもの知り合いか?」

「……」

 思いがけず当たりだ。地道な聞き込みも存外大事なようだ。

 ミランダは奴隷商の男に一歩近づいた。

「な、なんだ、あんた」

 奴隷商は自分より頭ひとつ以上背丈が高いミランダを見上げる。威圧的な雰囲気を放つミランダに、奴隷商は気圧される。奴隷商はそこで目を細めてフードの中を覗き、ようやく相手が誰なのかに気づく。

「あんた、まさか『真実』の」

 奴隷商の男の言葉を遮り、ミランダは男の胸ぐらを掴んだ。ミランダは奴隷商を右手一本で軽々と持ち上げ、男の体が宙ぶらりんに浮く。男は怯えて「ひえっ」と弱々しい悲鳴をあげた。

「大きな声を上げるな。知っていることを話せ。わかったか?」

「は、はい。わかりました」

 ミランダは奴隷商から大まかな経緯を聞いた。ここで奴隷を売っていたら、年端もいかない少女がぽんと大金をはたいて奴隷たちを買い上げたこと。

 しかし売った後になって、一番高値で売ったお気に入りの奴隷を回収して、またしばらく手元に置きたくなったこと。

 野盗を雇って回収するように命じたが、連絡が途絶えてしまったこと。

「お前が見た少女というのは、どんな背格好をしていた?」

「肩ぐらいの長さの暗い茶髪で、十代前半くらいの子供」

「一緒にいた男の方はどうだ?」

「髪と目の黒い男で、身長はあんたと同じくらい。帯剣していたから、傭兵かなんかだと思う」

「根暗でねちっこそうな、人相の悪い顔をしていたか?」

「は?」

「根暗でねちっこそうな、人相の悪い顔をしていたかと聞いている」

「いきなり何を言っているんだ」

 ミランダは男の頬を叩いた。「痛いッ」と男はうめき、護衛の傭兵たちに助けろと目配せをする。傭兵たちは主の要請に身構えるが、ミランダが鋭く一瞥すると、その瞬間に勝ち目がないことを悟ったのか、狼に睨まれた羊のように体を縮こませ、視線をするすると外した。

「この役立たずが。とっとと答えろ」

「理不尽だ。なんで殴られているんだ」

 涙声で言うと、より男の情けなさが際立っていた。

「奴隷商風情が騒ぐな。いいから答えろ。その男は、根暗でねちっこそうな、人相の悪い顔をしたシスコン野郎だったかと聞いている」

「なんか増えていないか……」

 また平手打ち。

「わ、わかった。シスコン野郎かはわからないが、目つきは悪くて、気だるそうにしていた。言われてみれば根暗そうと言えるかもな、あれは」

「そうか」

 ミランダは奴隷商の男を放り投げた。男は尻餅を着いて咳き込んだ。

「野盗どもに追わせたということは、おおよその位置はわかっていたのだろう。どっちに向かっていたんだ?」

 大方、その奴隷に位置を知らせる魔法具でもつけていたのだろう。奴隷商の間で使われていると聞いたことがある。

 ミランダは地図を取り出し、男に大まかな位置を示させた。

「協力に感謝する」

 何か言いたそうな奴隷商を目で黙らせ、ミランダは地図に目を落とす。示された場所から、マルドレイクへどうやって入るかの検討がついた。

「アシリパ山脈か」

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