第8話 次から次に

 驚くイリアたちを無視し、アレンはナターシャに「動くな」と静かに言った。

「何しているの?」

 マルギットが怪訝そうに近づいてくるが、ナターシャの足首に付けられた鉄輪を見て察した。深いため息をつき、「ごめんなさい。気づかなかった」と謝罪する。

「お前のせいじゃない。俺の失態だ。すぐに移動をする。他にもついていないか見てくれ」

「あの……」

「君は動くな」

「はい!」

 ナターシャが勢い良く気をつけして直立する。アレンは足枷にそっと剣を近づけ、一息で砕いた。がちゃんと音を立てて足枷が落ちる。

「悪いが、少し体を触るぞ」

 アレンはびっくりして固まるナターシャの身体中を確認した。少女は恥ずかしそうに顔を赤らめる。一通り確認したが、気になる点はなかった。

「他にも、誰かに何か付けられたりしたか?」

「い、いえ。他にはないです」

「よし。マルギット、そっちはどうだ?」

「こっちも見たけど、それっぽいのは無し」

「イリアとマルギットは変身魔法を忘れるなよ。二人が魔族だってことは、なるべく知られたくない」

「わかりました」

 二人は頷くと、再び変身魔法を使って、髪と瞳の色を変える。

「なら、とっとと……」

 先を急ごう。という言葉をアレンは飲み込んだ。

 既に遅かったからだ。

 街道の奥から、蹄と馬のいななきの音がしてきたのだ。

「奴ら、馬で追ってきやがったのか」

 アレンは舌打ちする。

 人通りの少ない街道を選んで進んでいるのだ。こんなタイミングでやってくる連中など分かりきっていた。

「俺の後ろに下がってろ」

 アレンは抜剣したまま、音が聞こえてくる方に立つ。馬で来るなら、走って逃げるなんて選択肢はない。ここで迎え撃つ方が吉だ。奴隷たちは危うい空気を察知して、アレンの後ろに隠れる。

 すぐに街道の向こうから、険しい顔をした男たちが、馬に跨って現れた。こちらの姿を認めるなり、目を見開き、口元を吊り上げた。

「いたぞ!」

「あいつら、今度こそ思い知らせてやる」

 見覚えのある顔がいくつかある。どうやら先ほどの男たちが、さらに仲間を引き連れて来たようだ。懲りない奴らだ。

 男たちは馬に鞭を打つ。さらに加速した馬脚は、あっという間にアレンたちの元までやってくる。

「よおよお、さっきぶりじゃねえか」

「お前ら、さっきは手も足も出なかったのに、相当物分かりが悪いな」

 柄の悪い男は不愉快そうな顔をするが、自分が一人じゃないとわかると、急に威勢を取り戻した。

「そうでもねえぞ。今度は人数も、武器も揃えてきた。さっきのツケを払ってもらうぜ」

 ゴロツキたちはアレンや魔族たちをぐるりと囲むように位置取る。

「命乞いをするなら、少し痛い目見るだけで済ませてやるよ」

「目的が変わってないか? お前らは彼女を取り戻すのが役目なんだろ?」

 アレンがナターシャを顎で示すが、男は鼻で笑った。

「ああ。もちろんそいつは貰っていく。だが、俺たちをコケにした報いは受けてもらわねえとな。こっちにも面子ってものがある」

「盗人が気にする面子なんてものがあるのか?」

 鼻で笑い返すと、男は途端に眉根を吊り上げて凄んでくる。この程度でカッとなる程度の狭量さなら、もともと面子など持ち合わせてはいない。

「おい、口には気をつけろよ。自分の状況をよく理解したほうがいいぜ。物分かりが悪いな」

「そっちも理解しろ。こっちは余裕がなくなって、さっきみたいに無傷で返してはやれないからな」

 アレンはゆったりと構えを取る。剣先を男に向かって向けると、男は息を呑みのけぞる。勝てるということは、無傷で勝てるということではない。仮に数を揃えて勝てたとしても、その時自分が生きているとは限らない。男は今それを理解した。

 なるべく避けたかったが、本気で仕留めに行けばやってやれない数ではない。

「……面白えじゃねえか。その挑発、乗ってやるよ」

 男は額に青筋を浮かばせながら、歯茎を見せる。今にも襲いかかってきそうだ。

 その時、ヒュン、と何かが空を切る音が走り、次いで鈍い音がした。

「……なんだ?」

 ゴロツキの男は不審な音に周囲を見回す。すると、アレンたちから見て一番遠いところ、最後尾にいた男の体がぐらりと揺れ、馬上から転げ落ちた。

 突然の、しかも無言での落馬に、男たちは面食らう。そして男の背中に深々と弓矢が刺さっているのを認めると、顔を青くした。

「おい、なんだこれ!」

 もちろん、アレンの仕組んだものではない。突然の襲撃に、ゴロツキたちは狼狽する。アレンは周囲を警戒し、イリアたちに小さく纏まるように促す。

 矢継ぎ早に二の矢、三の矢が飛来する。しかも一方向からでなく、周囲の雑木林の中、あらゆる方向から射掛けられ、ゴロツキたちは訳もわからないまま、一人、二人と倒れていく。

「マルギット、頼む」

 アレンの掛け声に応じて、マルギットが詠唱を始める。

「『そよそよ、ふわふわ、来るもの何処かに連れて行け。風の悪戯ミスディレクト』」

 アレンたちを包み込むように、そよ風のようなささやかな空気の流れが起こる。風はアレンたちに向かって飛んでくる矢を絡めとると、あらぬ方向に受け流す。マルギットの弓避けの魔法だ。

 魔法を使えないゴロツキたちは、弓矢から身を守る術を持たず混乱状態だ。統制などあるはずもなく、右往左往しながらいたずらに被害が増えていった。

 盾を持っていた何人かは、弓矢を弾きながら安全な場所を必死に探していた。すると、森の中からスッと一筋の光が走る。アレンは反射的に視線がそちらに向いた。それは間違いなく弓矢の形をしていたが、じわりと赤い光を纏っていた。

 光の筋は空を切り、盾を持った体格のいい男に迫る。男は他の矢と同じように、盾で防ごうと試みる。

 しかし、不気味に光る矢は甲高い音とともに盾に衝突すると、まるで紙に穴を開けるように容易く鉄を食い破った。盾を貫通した弓矢は男の胸元に深々と突き刺さり、男はうめき声をあげる間も無く、胸から血を流しながら倒れる。

 ただの弓矢が、鉄の盾を貫くなどあり得ない。

 魔法だ。

「……ッ」

 イリアが目を見開く。目の前で突然始まった一幕に恐怖を顔面に貼り付ける。大の男たちが喚き、呻き、血を流し、そして命を落とす様を見せつけられ、平静を保っていられる訳もない。

 弓矢のほとんどはゴロツキたちに向かって放たれているが、時折アレンを狙ったものが飛んできては、マルギットの魔法で防がれる。どうやら、攻撃は只人を目標にして行われている。

 さながら狩りのような光景だった。狩人は身を隠し、獣は自分が何をされているかわからないまま、命を落とす。

 ゴロツキたちの顔からは威勢が消え、顔面蒼白になって逃げ惑い、結局逃げることは叶わずに地面に突っ伏すことになる。アレンに喧嘩腰だった男も、その例に漏れなかった。生気のない顔で横たわる男は、最後まで状況を理解することはなかっただろう。

 ゴロツキたちはあっという間に掃討され、飛来してきた弓矢も途絶えた。悲鳴も怒号も消え、束の間の静寂が訪れる。

 風が耳元を流れる音を鬱陶しいと思いながら、アレンは周囲の森を睨め付けた。弓矢の出どころから、大体の場所と人数は把握している。このままマルギットに防御を任せ、こちらから出向くべきか。

「『雷光イズチ』」

 呟きとともにアレンの身体が熱くなっていく。体表から湯気が上がり、黒髪が逆立つ。爪先までに血流が巡り、感覚が研ぎ澄まされていく。

 体内で高速で流れる魔力が熱を発して蒸気となっている。体の隅々まで魔力が通ることで、一時的に肉体機能を強化する魔法術式だ。

 だが、臨戦態勢を整えるアレンが出走する前に、周囲の森からガサガサとわざとらしい音を立てながら、向こうが先に姿を現した。

 ある者は剣を手に、ある者は弓矢をいつでも放てるように構えたまま、続々と姿を表す。その数は十人ほどで、武装しているだけでなく、歩き方や武器の構え方から、ほとんどが訓練を受けた軍人だとわかる。

 そして、全員の瞳が赤かった。

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