清水寺に来れる女の懺悔
──その紺の
そのうちにやっと気がついてみると、あの紺の水干の男は、もうどこかへ行っていました。跡にはただ杉の根がたに、夫が縛られているだけです。わたしは竹の落ち葉の上に、やっと体を起こしたなり、夫の顔を見守りました。が、夫の眼の色は、少しもさっきと変わりません。やはり冷たいさげすみの底に、憎しみの色を見せているのです。恥ずかしさ、悲しさ、腹だたしさ、──その時のわたしの心のうちは、なんと言えばよいかわかりません。わたしはよろよろ立ち上がりながら、夫の側へ近寄りました。
「あなた。もうこうなった上は、あなたとごいっしょにはおられません。わたしはひと思いに死ぬ覚悟です。しかし、──しかしあなたもお死になすってください。あなたはわたしの恥をご覧になりました。わたしはこのままあなた一人、お残し申すわけには参りません」
わたしは一生懸命に、これだけのことを言いました。それでも夫は忌まわしそうに、わたしを見つめているばかりなのです。わたしは裂けそうな胸を
「ではお命をいただかせてください。わたしもすぐにお供します」
夫はこの言葉を聞いた時、やっと唇を動かしました。もちろん口には笹の落ち葉が、いっぱいにつまっていますから、声は少しも聞こえません。が、わたしはそれを見ると、たちまちその言葉を覚りました。夫はわたしをさげすんだまま、「殺せ」と一言言ったのです。わたしはほとんど、夢うつつのうちに、夫の
わたしはまたこの時も、気を失ってしまったのでしょう。やっとあたりを見まわした時には、夫はもう縛られたまま、とうに息が絶えていました。その
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