多襄丸の白状
あの男を殺したのはわたしです。しかし女は殺しはしません。ではどこへ行ったのか? それはわたしにもわからないのです。まあ、お待ちなさい。いくら拷問にかけられても、知らないことは申されますまい。その上わたしもこうなれば、
わたしは昨日の
なに、男を殺すなぞは、あなたがたの思っているように、たいしたことではありません。どうせ女を奪うとなれば、必ず、男は殺されるのです。ただわたしは殺す時に、腰の太刀を使うのですが、あなたがたは太刀は使わない、ただ権力で殺す、金で殺す、どうかするとおためごかしの言葉だけでも殺すでしょう。なるほど血は流れない、男はりっぱに生きている、──しかしそれでも殺したのです。罪の深さを考えてみれば、あなたがたが悪いか、わたしが悪いか、どちらが悪いかわかりません。(皮肉なる微笑)
しかし男を殺さずとも、女を奪うことができれば、別に不足はないわけです。いや、その時の心もちでは、できるだけ男を殺さずに、女を奪おうと決心したのです。が、あの山科の駅路では、とてもそんなことはできません。そこでわたしは山の中へ、あの夫婦をつれこむくふうをしました。
これもぞうさはありません。わたしはあの夫婦と
わたしは藪の前へ来ると、宝はこの中にうずめてある、見に来てくれと言いました。男は慾に
藪はしばらくの間は竹ばかりです。が、半町ほど行った処に、やや開いた杉むらがある、──わたしの仕事をしとげるのには、これほど都合のいい場所はありません。わたしは藪を押し分けながら、宝は杉の下に埋めてあると、もっともらしいうそをつきました。男はわたしにそう言われると、もうやせ杉が透いて見える方へ、一生懸命に進んで行きます。そのうちに竹がまばらになると、何本も杉が並んでいる、──わたしはそこへ来るが早いか、いきなり相手を組み伏せました。男も太刀を
わたしは男をかたづけてしまうと、今度はまた女の所へ、男が急病を起こしたらしいから、見に来てくれと言いに行きました。これも図星に当たったのは、申し上げるまでもありますまい。女は
男の命は取らずとも、──そうです。わたしはその上にも、男を殺すつもりはなかったのです。ところが泣き伏した女をあとに、藪の外へ逃げようとすると、女は突然わたしの腕へ、気違いのようすにすがりつきました。しかも切れ切れに叫ぶのを聞けば、あなたが死ぬか夫が死ぬか、どちらか一人死んでくれ、二人の男に恥を見せるのは、死ぬよりもつらいと言うのです。いや、そのうちどちらにしろ、生き残った男につれ添いたい、──そうもあえぎあえぎ言うのです。わたしはその時猛然と、男を殺したい気になりました。(
こんなことを申し上げると、きっとわたしはあなたがたより残酷な人間に見えるでしょう。しかしそれはあなたがたが、あの女の顔を見ないからです。ことにその一瞬間の、燃えるような
しかし男を殺すにしても、卑怯な殺し方はしたくありません。わたしは男の縄を解いた上、太刀打ちをしろと言いました。(杉の根がたに落ちていたのは、その時捨て忘れた縄なのです)音は血相を変えたまま、太い太刀を引き抜きました。と思うと口もきかずに、憤然とわたしへ飛びかかりました。──その太刀打ちがどうなったかは、申し上げるまでもありますまい。わたしの太刀は二十三合目に、相手の胸を貫きました。二十三合目に、──どうかそれを忘れずに下さい。わたしは今でもこのことだけは、感心だと思っているのです。わたしと二十合斬り結んだものは、天下にあの男一人だけですから。(快活なる微笑)
わたしは男が倒れると同時に、血に染まった刀を下げたなり、女の方をふり返りました。すると、──どうです、あの女はどこにもいないではありませんか? わたしは女がどちらへ逃げたか、杉むらの間を探してみました。が、竹の落ち葉の上には、それらしい跡も残っていません。また耳を澄ませてみても、聞こえるのはただ男の
ことによるとあの女は、わたしが太刀打ちを始めるが早いか、人の助けでも呼ぶために、藪をくぐって逃げたのかも知れない。──わたしはそう考えると、今度はわたしの命ですから、太刀や弓矢を奪ったなり、すぐにまたもとの山路へ出ました。そこにはまだ女の馬が、静かに草を食っています。その後のことは申し上げるだけ、無用の口数に過ぎますまい。ただ、都へはいる前に、太刀だけはもう手放していました。──わたしの白状はこれだけです。どうせ一度は
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