03 ライラ

 噴水広場に差し掛かると、沢山の人間が集まっているのが見えた。「王政反対」「民衆による政治を」「打倒王政!」――そんな言葉が書かれたプラカードを持った人々が、デモ活動を行っているようだった。僕とリーシアはそれを横目で見ながら、歩き続ける。彼等の大声が、平穏に見える町の中で響いていた。


「ああいう風に、自分の考えを真っ直ぐに伝えられるのって、素敵だよね」

「リーシアはそう思うんだ。優しいね」

「優しい……?」


 リーシアはきょとんとした顔で、僕の方を見た。その反応が少し可笑しくて、僕はそっと笑った。


 この国は王政によって統治されていて、多くの民衆はそれを快く思っていない。不透明な政治、高額の税金、杜撰ずさんな〈ホシバミ〉対策辺りが、その主な理由だろう。


 特に、〈ホシバミ〉による殺戮さつりくが定期的に起こっているにも関わらず、王族は解決策を見出そうとする様子がなかった。僕とリーシアの住んでいるホムタルア村でも、王族に強い敵意を持っている人間は多かった。


 僕は正直なところ、そういう嫌悪のようなものは余りなかった。敵意を持つには現状に不満を抱くことが重要で、リーシアさえいれば他はどうでもいいと思っている薄情な自分が、確かに存在していた。


「あっミナセ、見えてきたよ!」


 彼女の指差す方を眺めて、僕は頷いた。リーシアは「ほらっ、早く行こう」と笑って、僕の右手を取る。驚く暇もないまま、僕は彼女の柔らかな手の感触をただ感じていた。


『ライラ』は華やかな雑貨店で、僕はリーシアに連れられて何度か訪れたことがあった。木製の棚の上に様々な雑貨が置かれていて、見ていると何だか楽しくなる。僕は視線を彷徨わせながら、髪飾りのスペースに向かっているリーシアの背中についていった。


「あった、これだよ!」


 リーシアは表情を明るくして、僕の肩を叩いた。彼女の視線の先には、花をモチーフにしたヘアピンが幾つか置かれていた。何種類かの色があって、どれも可愛らしかった。


「へえ、いいじゃん。どれにするの?」

「うーん、どうしようかな……迷っちゃうね。ミナセはどれがいいと思う?」

「どれも素敵だと思う」

「それ、微妙な回答だよ?」


 リーシアは口元に手を添えて笑いながら、再びヘアピンの方を向いた。一分ほど悩んだあとで、「これにする」と言って、桜色のヘアピンを一つ手に取った。


「へえ、いいんじゃない?」

「そうでしょう」

「じゃ、これが今年の君への誕生日プレゼントだね。買ってくるよ」

「ありがとう、すっごく嬉しい。今年ってことは、来年も何かくれるの?」

「さあ、どうだろうね」


 僕の返答に、リーシアはぷくっと頬を膨らませる。「冗談だよ」と言うと、彼女は嬉しそうに、少しだけはにかんだ。


 購入の際にラッピングをお願いし、綺麗な袋に包まれたヘアピンを、僕は持っていた鞄の中に仕舞った。店の外で待っていてくれたリーシアと合流して、再び歩き始める。


「ありがとう、ミナセ」

「どういたしまして。誕生日に渡すね」

「わあ、嬉しいな」


 にこにこしているリーシアが可愛くて、思わず目を逸らしてしまう。


 その視線の先で、高身長のすらりとした青年が目に入った。かっこいい人だなと思ったのも束の間、彼がつまずいて転んでしまう。結構派手な転倒だったので、僕は目を見張って思わず駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか?」


 僕の声に、つばの広い帽子を深く被った青年が、ゆっくりと顔を上げた。


 銀雪の髪と、漆黒の瞳――


 美しい色彩と綺麗な顔立ちには誰かの面影があって、その「誰か」がリーシアだと気付くのに、そう長い時間はかからなかった。


「……ええ、大丈夫です。ご心配なさらないでください」


 青年はそう言って、すっと立ち上がる。僕を追い掛けてきたであろうリーシアは、僕の隣で心配そうに彼のことを見つめていた。


 青年の瞳が、リーシアを捉えた。

 彼は少しだけ、息を吸った。青年の表情はどこか驚いているようで、リーシアはそんな彼の姿を見ながら、不思議そうに瞬きを繰り返していた。青年が、口を開いた。


「……すみませんが、貴女のお名前を伺っても宜しいですか?」

「わたしですか? リーシア=ティリーレンです」

「そう、ですか。どこにお住まいか、お聞きしても宜しいですか?」

「大丈夫ですよ。この町の近くにある、ホムタルア村というところです」


 リーシアの返答に青年は頷きながら、彼女の首元の辺りを見た。暫く視線を動かさないで、それからまたゆっくりと、顔を上げた。


「……ティル」

「え?」

「……いや、何でもありません。すみません、ありがとうございます」


 彼は柔らかく微笑んだ。その微笑までもがリーシアに似ていて、それが不思議だった。彼はそっと立ち去って、僕とリーシアはそんな青年の後ろ姿を、会話も交わさずに見つめ続けていた。

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