04 ラミティル

 僕とリーシアが訪れた隣町が〈ホシバミ〉に襲われ、大量の人間が死んだと知らされたのは、リーシアの誕生日の前日だった。


 夜も深まった頃、僕とリーシアは満天の星空を見上げて歩きながら、ぽつぽつと言葉を交わした。


「……わたし、信じられないな」

「そうだね」


 春だけれど、陽が出ていない時間帯はやっぱり、少しだけ寒かった。


「信じられないというより、信じたくないのかもしれない」

「わかるよ」


 僕はふと、隣を見た。街灯に照らされた彼女の雪を想わせる肌に、一筋涙の零れ落ちた痕があって、僕は驚いて見つめてしまう。


「……ねえ、ミナセ」


 僕の視線に気付いたであろうリーシアは立ち止まって、今にも泣き出しそうな微笑みを咲かせた。


「もしもだよ。あの町が〈ホシバミ〉に襲われているときに、わたしがいたら。救えた、かな? もう死んじゃって、いなくなってしまった人たちを、救うことができたかな?」


 涙の痕を辿るようにまた、透明な雫が彼女の頬を、つうと伝った。


「わたし、悲しいな……」


 この夜と同じ色合いの瞳から流れる涙を、彼女は脆そうな手で必死に拭った。僕はそっと、自分の手を彼女の手に伸ばした。握って、引き寄せるようにすると、リーシアは驚いたように目を見開いて、僕のことを見た。


「……君はかつて、僕を救ってくれた。それでいいんだよ。手の届く範囲の人間を幸せにできるだけでいいんだよ。全てを抱え込もうとしなくていい、いいんだよ……」


 彼女はまた、微笑った。

 僕も、それだけでよかった。彼女が幸せでいてくれれば、それだけで、よかった。




 リーシアの十八歳の誕生日は、重たい灰色の空が広がっている日だった。僕はラッピングされたヘアピンを携えながら、彼女の家へと向かっていた。時折村の人に声を掛けられて、リーシアにおめでとうと伝えておいてくれ、と言われた。


 彼女が誰からも愛されているという事実に、微かに胸が痛んでしまう自分がいて、捻くれているなと思った。


「すみません」


 肩を叩かれて、今度は誰だろうと思いながら振り返った。

 結わかれた銀色の長髪が、記憶に新しかった。漆黒の瞳が、僕の姿を捉えていた。


 ――あの日出会った青年が、僕の目の前に立っていた。


「あのときの……」

「覚えていてくださったのですね。ありがとうございます」


 青年は目を細めて微笑った。その表情から目を離せないでいる僕に向けて、彼は一つの質問を口にする。


「リーシアさんに用事があるのですが、彼女の家をご存知ですか?」

「ああ……知ってます。というか、今から向かうところです」

「本当ですか。もしよければ、ご一緒しても宜しいですか?」


 こう言われて、断ることができる人などいるのだろうか。リーシアと二人で過ごせる時間が少し減ったことを残念に思いながら、僕はこくりと頷いた。


「大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 彼は恭しく、頭を下げてみせる。僕は困ったように微笑んでから、彼と並んで歩き出した。




 呼び鈴を鳴らすと、すぐに扉は開いた。出たのは予想通りリーシアで、誕生日だからかいつもより華やかな衣服に身を包んでいた。彼女は僕の方を見て笑ったあとで、隣にいる青年に気付いたようで、若干緊張したような面持ちになる。


「あなたは……」

「こんにちは、リーシアさん。貴女にお話ししたいことがあり、参りました」

「え、わたしに、ですか?」

「ええ。ご両親は今、ご自宅にいらっしゃいますか?」


「いますけれど……」

「それは丁度よかったです。ご両親にもこの話をお聞かせしたくて」

「いいです、けれど」


 不思議そうに頷くリーシアと隣の青年を交互に見つめながら、僕はただ呼吸を繰り返していた。予感でしかなかったけれど楽しい話ではないような気がして、僕もきっとリーシアと同じくらい、不安だった。




 彼女の両親に挟まれるようにしてリーシアが、その向かい側に僕と青年が、テーブルを囲むように座っていた。リーシアの母親が淹れてくれた紅茶に口を付けながら、僕は青年の話が始まるのを待っていた。


「リーシアさんに、お聞きしたいことがあるのです」


 青年は初めに、そう告げた。リーシアは微かに視線を彷徨さまよわせてから、青年を見据えた。


「わたしに聞きたいこと、ですか?」

「はい。……貴女は、〈ホシバミ〉と意思疎通をすることができますか?」


 リーシアは、ほのかに目を見張った。僕も驚いて、思わず青年の方を見つめた。青年はただ真っ直ぐに、リーシアのことを見ていた。


「……はい、できます」


 リーシアは正直に答える。青年は頷いて、微笑んだ。


「やはり、間違いないですね。リーシア……いや、ラミティル」

「ラミティル……?」


 その聞き慣れない響きを、リーシアはただ繰り返した。僕も彼女と同じように、心の中で『ラミティル』という言葉を反芻していた。


 青年は椅子の側に置かれた鞄から、何かを取り出した。それがテーブルの上に置かれて、一枚の写真だということを遅れて理解する。


 銀色の長髪を持つ、幼い少女だった。高貴な赤いドレスに身を包み、僕らに向けて笑っている。漆黒の瞳、首元にある二つのほくろ――写っているのは間違いなく、リーシアだった。


 青年は、言う。


「ラミティル。貴女は僕――ラシリスの妹であり……そして、この国の王族です」

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