トリセツ

 “トリセツ”とは、

 “取り扱い説明書”の略である。



「……ん?」


 部屋にやって来たアステルは、ひらりと足元に落ちた紙を拾いあげる。目に入ったのは、『アステルの取り扱い説明書』の文字。


「……俺?」

「あっ、まだ未公開だったのに」


 その声に顔を上げれば、机で何やら作業していたリアムと目が合う。机に近づき、はいと拾った紙を返す。


「ありがとー」

「えっとそれで……なにをしてるんだ?」


 気にならない訳がない。困惑気味に訊ねると、リアムは一度ペンを置いて。


「あのね。今皆の取り扱い説明書を書いてるの」

「へ、へえ〜……」


 相槌を打つので精一杯だった。最早言葉も出ない。


「ついさっき思い付いてね。真っ先に浮かんだのがアステルだったんだよ〜」

「そうなのか? ちょっと照れるな」


 遠回しに単純だと言われているのだが、素直な彼が気付くことは無く(恐らく書いた張本人さえも)。


「今はルーの書いてるんだ。まだ途中だけど聞く?」

「ルシャントの? それは……」


 口籠るアステル。いくら仲がいいと言えど、聞くのは憚れるのだろうか。


「すごく気になるな」


 そんなことは無かった。


「じゃあ読むね。『ルシャントの取り扱い説明書』」


 リアムは書きかけの紙を両手で持ち、文字を読み上げていく。


「『ルシャントは見た目と裏腹に怒りっぽくプライドが高いです。容赦なく腹に蹴りを入れてくるので、煽る際は気をつけましょう』」

「それは自業自得だろ……」

「『ルシャントはシチューが好物ですが、道端にシチュートラップを仕掛ける際は気をつけましょう。見事にシチューだけを掻っ攫い、草むらに隠れていた僕に蹴りを入れて来ました』」

「そんなことしてたのかよ……」

「『ルシャントが苦手なのは火や水です。中でも水が嫌いですが、湖に突き落とそうとするのはやめましょう。反撃を喰らいます』」

「……たしかにな」


 その光景だけはアステルも目撃したことがある。背後から突き落とそうとしたリアムを避け、よろけたところを蹴り飛ばして湖に落としていた。


「というかこれ、『ルシャントの取り扱い説明書』っていうよりリアムの話だろ」

「言われてみればそうかも。あ、でも次は違うよ」


 まだあるのかと呟くアステルを他所に、再び『ルシャントの取り扱い説明書』に視線を落とす。


「『ルシャントに頼み事をしたい時はアステルを頼るのが一番です。また、ミトスをダシにしても◎』」

「お、おいリアム」

「『ルシャントのデレを引き出すに、はっ⁉︎」


 あーあ、とアステルは苦笑を浮かべつつ見つめる。

 リアムの背後にはルシャントが立っており、頭を鷲掴み。ギリギリと力を入れていく。


「いだだだだだだだぁ‼︎」

「何してんのかなあんたは」

「ま、待って、頭もげる……‼︎ これあげるから‼︎」


 頭を固定されたまま、手探りで机の上にある一枚の紙を取って渡す。ルシャントは怪訝そうに見つめていたが、リアムの頭を解放すると紙を手に取り凝視。


 そっと懐にしまった。


「た、助かっ……あ!」

「こっちは要らない」

「せっかく書いたのにー」


 『ルシャントの取り扱い説明書』はルシャントの手によってビリビリに破かれ、ゴミ箱の中へin。


(俺の取り扱い説明書……どこに行った?)


 『アステルの取り扱い説明書』が机の上から消えていることに気付き、首を傾げる。


「なあ、リアム。さっき書いてた俺の説明書って……」

「あー! もうこんな時間! ご飯何食べるか決めよ!」

「いいぜ!」


 そのままご飯トークに移る二人を前に、ルシャントは密かに懐からあの紙を取り出して広げる。



『アステルは純粋で、素直で、単純な性格の持ち主です。食べ物などの話をするとすぐにのってくれるので、話題を変えたい時は実践してみましょう』



「……当たってる」


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ミリアッドカラーズ ゆりもす @ulysses_azul

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