第五十話 老猫の独り暮らし(終)/オシリアナ城の混乱


「………お! 出てきたぞ!」


「ブレイン! おかえりー! 」


「おかえりピヨ―!」


「あぱー」


人の意識を奪う「謎の空き家」から出た俺を、外で待っていた四人が出迎える。

時間で言えば三十分も経っていないだろうが、豪胆でもなければアホでもないクセナゴスはかなり心配だったようで、


「お前が入ってから何度紹介したことを後悔したか……。ホント無事で良かったぜ全くよぉ! ―――ところでその子は?」


クセナゴスは俺が左手に抱える猫幼女:ネコチを見て怪訝な顔。

そんな彼にネコチは会釈して、


「こんばんはぁ。外国の方かねえ? はろー?で伝わるかねえ」


「は、はろー? ………よくわかんねえが俺は外国人じゃねえぞ? 正真正銘ケツタニア出身のクセナゴス・モウローだ。宜しく?」


クセナゴスは言葉尻を上げながら俺に視線を移す。

それに頷いてから、


「彼女はネコチ・チヨさん。この『空き家』………いやこの家の住民です」


「ネコチですぅ。はじめましてぇ外国の方ぁ」


「だから外国の方じゃねえよ!? ………それにしても人が、それもこんな小さな子が住んでたとはなぁ。それで? 何がどうなったんだ?」


ここはどう話すのがいいだろうか?

正直に話すとネコチの無限とさえいえる魔力量と、異世界に干渉する魔法がバレてしまうが………。

うん。実に厄介なことになりそうだし、適当に誤魔化しとこう。


「前にいた住人の魔法がかけられていたみたいだが、人が中まで入ると解除される仕組みだったようでな。 この子は魔法が掛けられていない部屋に住んでて、どうやら謎の人物が食糧を定期的に届けてくれていたそうだ」


「ほー。にわかには信じ難えが、まあお前が言うならそういうことなんだろう。………しかし言っちゃなんだが、フタを開けてみりゃ意外とってヤツだな」


クセナゴスはもっと過激な何かを期待していたらしく、落胆を隠しきれない様子。

まあ実際ネコチはボケてるものの、持ってる能力は過激も過激。


当の本人は何も分かっていないようで、ただニコニコと俺達の顔を見ている。


事後処理はこんなところで良いとして、そろそろ本題に入ろう。

俺は三人の名前を呼びつけて、


「この人はネコチ・チヨさん。この家の家主さんで、今日からみんなでここに住まわせてくれることになったぞ!」


「………? ネコチ・チヨと申しますぅ」


「私はベルベル! ブレインの、お、およめさん………!」


ベルベルは俺の右手を握りながら元気な自己紹介をするが、その言葉が尻すぼみになるにつれて顔が赤くなる。


「ベルベルちゃんねえ。可愛いねえ」


「え……! ふふっ!ふふふっ! ネコチョも可愛いぞー!」


「あれまあ嬉しいねえ。良いお嫁さんでよかったねえ?」


「………まぁ、はい」


「「ふふふ!」」


どうやら二人は仲良くなれそうだ。

お嫁さんと自己紹介されるとサキュバスが飛んできそうでおっかないから止めてほしいが。


「ボクはピヨコー! フェニックスピヨ!」


「………? おや太った鶏だねえ」


「鳥じゃないピヨー! ふぇにっくす! フェニックスピヨー!」


「………よろしくねえ」


ネコチはピヨコを不可解そうに見つめていたが、考えることをやめたようだ。


「あぱー」


「………あれまあ野良犬だぁ。しっし」


「あぱあッ!?」


「ネコチさん。野良犬じゃないです。一緒に暮らす犬のフェンリルです」


「あぱー」


「………? しっし」


「あぱあっ!?」


フェンリルのことは犬と認識してはいるようだが、何故かしきりに追い払おうと手を振る。


まあめんどくせえし今はいいや!明日ちゃんと教えてあげよう。


「じゃあ俺はここいらで帰らせてもらうぜ! 今度暇な時に酒でも持ってきてやるよ!」


「クセナゴスさん、本当にありがとうございました! 楽しみにしてます!」


「呼び捨てで良いよ! また仕事見つけたら飯も食いに来いよ! じゃあな! 」


本当に今日はクセナゴス様様だった。

まだ若いし、これからも色々と力になってくれそうな気がする。

この関係はなるべく続けていきたいところだな。


クセナゴスの背中が見えなくなったので、新しい我が家―――俺が夢にまで見た安寧の拠点に振り返る。


「よーし!自己紹介も終わったところで、我が家に帰るぞー!」


「はーい!」


「ピヨー!」


「あぱあぱ」


俺達はこれから始まる新生活に胸を躍らせながら、一歩一歩家に向かう。


「賑やかで、いい家族だねぇ」


そう呟いたネコチだが、その横顔は何かを隠すようなぎこちない笑みで、少し寂しげだ。



「ネコチさんも今日から家族ですよ?」


俺がそう言うと、彼女は「そうかい」と何度も、何度も繰り返した。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


―――オシリアナ城別館:近衛騎士団 団長室



「ワシのア〇ルプラグをッ!! どこに隠したああああああ!!!!」


「オケッツァ様! どうか気をお鎮めください! ………早くお連れしろ」


「黙れ黙れぇ!!! 極刑じゃ! 誰かぁ! こいつの! ファリオンの頭を切り落とせぇ!!! そしてワシの肛門に………ってなんじゃ貴様らぁ!? ワシは第二十四代国王じゃぞお!? 離せ無礼者がああ!!!」


「………」


はあ………。ギルドであの変な犬の相手をしてもうぐったりなのに、何やらここでも一波乱ありそうだな。


冒険者ギルド「ビッグホール」のギルドマスターである私、ギルマス・クローニンは、昨晩起こった王城襲撃の件で近衛騎士団長:ファリオンから呼び出しを受け、こうして顔を出しているのだが。


―――国王どうしちゃったのお!?


全裸だったし、急に入ってきたと思ったらずっと肛門やら何やらって………。

兵士に連れていかれちゃったけど、あの善王がまるで頭のおかしな「あの宗教」の連中みたいだった。


あれも昨晩の件と関わりがあるのだろうか?


まあそういう話をこれからするのだが。

頼むから変な問題を押し付けないでくれよ………。


ファリオンは大きな溜息をつきながら執務席に戻り、咳払いをして、


「………今のは見なかったことにしたまえ。口外無用だ」


「わかり、ました………」


ファリオンは言葉にこそしなかったものの、身体から迸る圧力から「もし口外したら殺す」という意図が容易に汲み取れた。

彼はこうやってすぐ言葉を省略し、圧力で済ませたがるもんだからおっかなくて仕方ない。


「それで………今日は何の御用で?」


「貴様も破壊された王城を見ただろう? このようなこと建国以来初めてのことだ………!」


「はあ。 でもあの防御結界を破れる者がいるとは、一体何者の仕業なんでしょう?」


「少なくとも人間の仕業ではないだろう。いにしえよりこの王城を守り続けてきた魔具『鉄川壁児(てつかわぺきじ)』が生み出す大結界が破られたのだ。かつて反逆した召喚者の攻撃でもヒビすら入らなかったのだぞ?」


「では魔族か魔獣の仕業だとお考えで?」


「そう考える他あるまい。それに昨晩『西の空から東へ飛ぶ高速の火球を見た』という証言が数多く寄せられていてな。西からの攻撃となると、魔国領の方角とも一致する」


魔国領―――かつて我々人間を蹂躙した魔人共が住む危険地帯だ。

凶悪な魔物も多く、人間が決して足を踏み入れてはならない場所。


だが、


「ですがいくら魔人と言えど、大陸最西の魔国領から東端のここまで魔法を飛ばすことが出来るとは思えません。それに魔人共は魔国領に撤退して以降、こちらへの興味を無くしていると聞いていますが?」


「ああ。私も含めたほぼ全員がそう認識していたはずだ。 だが先週の『占い』は覚えているか?」


「王直属の占い師『ウェイウェイのアリサ』の占い………ですか」


ウェイウェイのアリサ―――未来を見通す占いの「スキル」を持った異世界召喚者。

彼女は自身の興が乗った時だけその「スキル」を国の為に使ってくれるが、用いる言語や態度が異常過ぎるが故に解読に難航する。


そして先週の占いの結果が余りにも「不穏な内容」だった為に、国王オケッツァ様が早急に対処するよう仰ったほど。


確か内容は……


「『これうちらやばたにえんで草。キャパいからソクサリでオナシャス。てか早よルチピにごめんしな?』でしたか?」


私がそう言うと、ファリオンは机から紙を取り出して頷き、


「解読によると『我々の手に負えないほどの脅威が迫っておりますので、当代勇者:ルーチン・リーを冒険者に迎え入れるよう尽力すべきです』だそうだ」


ルーチン・リー―――世界の脅威に対して絶対的な特効を有していると言われる「勇者」にして、召喚者「半チャーハンのクミコ」の血を継ぐ少女………。


ああ………そうか。

何故私が呼び出されたのか分かったぞ。


「王城は破壊されたが死者は出なかった。つまり占いでいう「脅威」はまだ終わっていないということ。………俺が貴様を呼んだのは、先週から貴様に指示している『勇者:ルーチン・リー』懐柔の件だ」


やっぱりか………。


「え、ええ。勿論進めてますよ? ですがやはり勇者ですから中々……召喚者やチルチラ君も依頼で居なくて、少し……少しだけ! 難航してましてねぇ?」


私はしどろもどろになりながらも言い訳をするが、ファリオンには響いてないようで、


「ギルマス・クローニン………貴様、俺がどれだけ貴様のギルドが起こす厄介事を片づけてやってると思っているのだ?」


うわあ出た。

いつもこれだ。


そもそも厄介事って国が押し付けた召喚者が起こしてることじゃん!?

私悪くないじゃん!?


「い、いやあ………。いつもありがとうございます」


「お礼は要らない。俺が欲しいのは吉報、それだけだ」


「で、ですが―――!?」


私が言い訳をしようと顔を上げた時、ファリオンが机を強く叩き、一つ大きく息を吐いてから、


「貴様、今はどういう状況か分かっているか? この国の、世界の危機だ! 一刻も勇者ルーチンを懐柔してこい! さもないと貴様を………後は分かるな?」


ま、マズイ………!!

マスターを解任させられる!?

いやそれどころか処刑だってあり得るかもしれない………!


これはいけない!

何とかしないとマズイ!!!


どうすれば………ただ主戦級はみんないないし、他の冒険者は嫌がるし、エリカちゃんには怖くて頼めないし………。


誰かいないか?

強くて、それでいてこの依頼を断らないような人材が………!




―――いる。


いるじゃないか一人だけ!


頭がおかしいのが気がかりだが、強くて冒険者になりたがっている「あの男」なら………!


「は、はいッ! このギルマスぅ! 一刻も早く勇者ルーチンを懐柔して参りますぅ!!!」


命の危機に瀕した私は、今朝ギルドに現れた謎の男―――ブレインに助けを求める為、執務室を飛び出した。



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魔王軍参謀の逃非行 ~魔王の股間をタコ殴りしていたら大変なことになったので逃げる~ かにかに @kanikani_116

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