第四十九話 老猫の独り暮らし②
ネコチ・チヨ―――この「人の意識を奪う空き家」の主たる白いふわふわ猫幼女は、莫大な魔力を持ちながらボケてしまったネコマタおばあちゃんだった。
自分が発動させている魔法を認識しておらず、また「魔法」という言葉すら忘れてしまっているようで、それら魔法は解除不可の「呪い」になってしまっていた。
―――諦めよう!
宿も金も本当に欲しい。
ここがダメなら野宿になる。
でも、こうなっちゃったらどうしようも無い。
魔法の解除方法は①術者が解除する、②術者が死亡する、③攻撃して破壊する、の三つあるが、①はもう本人が理解してないから当然無理。
②③は俺じゃ全く歯が立たない。ネコチは魔力量だけで言えば魔王、そしてチ〇ポを凌駕している可能性すらあり、彼らでも破壊出来るかは分からないほどだ。
もう無理。絶対に無理だ。
門兵に頭でも下げて、泊まらせてくれる可能性に懸けよう。
「ネコチさん。今日はありがとうございました。それではこの辺で失礼します」
俺は立ち上がって頭を下げ、ネコチに背を向ける。
「こちらこそぉ、今日はありがとうございましたぁ。どなたか存じませんが、久々に楽しい夜を過ごせましたぁ」
「―――!」
どなたか存じませんが………?
それに喋り方も!
もしかして記憶が………!
俺は希望が瞬くのを感じて振り返る。
すると、ネコチはその小さい頭を床に伏せ、頭の前で指を揃えていた。
「よろしければまた来てください。大したもてなしは出来ません。こんな老いぼれしかおりませんが、どうかまた。お願いします」
見たことの無い姿勢―――だがその姿からはとても卑屈な気を感じ、強い忌避感を覚える。
その声は落ち着いているようで少し震えていて、どこか物悲しい音。
彼女をこのままにしてはいけない。
そんな思いが頭の中をいっぱいにし、身体中の毛がざわつくのを感じながら衝動的に彼女に駆け寄る。
「顔を上げてくださ―――!?」
彼女の肩に触れようとした刹那、俺を守る魔障結界が強く反発する。
俺は後ろに倒れ、尻もちをつく。
何故だ?
魔障結界は術者に害を及ぼす魔力の侵入を防ぐもの。
人や物には反応しないはず―――まさか!?
俺は目を凝らし、魔力を確認する。
この「空き家」に入ってからというもの、空気中の魔力が濃すぎるあまりに全く意味を為さなかったが、ネコチの至近まで寄り、ようやく手がかりをかすめ取る。
ネコチの全身から全方位に向けた魔力の流れ。
ほんの少しの、気のせいと言われればそれまでと捨て置くようなほどの、ごくわずかな魔力の動き。
水中で水の流れを目だけで読み解くような、混沌の中の些細な揺らぎ。
これは……そうか!分かったぞ!
この家に充満する致死量の魔力は―――魔法じゃない!
「魔力が漏れてるだけなんだ!」
「! ふえぇ………?」
ネコチは俺がいきなり大声を出したことに怯えてしまったようだ。
でもそんなことはもはやどうでもいい!
「ネコチさん! 俺と一緒に暮らしませんか!?」
「んえ………?」
困惑して言葉も出ない、と言った様子で目をまあるくして固まるネコチ。
「まあ断られても勝手に住みつくんですけどね!」
俺は返事も聞かぬまま立ち上がり、
「何かネコチさんの魔力に馴染んだ………これでいいか」
近くの棚に置いてあった小さな鈴を手に取る。
「一体、なにをするつもりなんだい………?」
不安そうに尋ねるネコチ。
俺が何をしようとしているのか?
それは―――魔具の作成だ。
まず、俺達がここに住むに当たっての問題は空気中に充満した「致死量の魔力」。
それは、外にある結界のように魔法で創り出したものではなく、ネコチから絶えず漏れ出る魔力が溜まったものだったのだ。
「魔力漏れ」と言って、体内の魔力の弁がバカになり、魔力が意図せず漏れ出してしまう病気がある。
その病気は短期間で魔力を酷使すると発症することもあるのだが、大抵の原因は「加齢」によるものだ。
魔力は歳を重ねるにつれてその総量が増していくが、その一方で一線を退いた老人は魔力を使用する頻度が少なくなる。
その結果久しぶりに大きな魔法を使った拍子に魔力の弁が制御を失い、中身が無くなるまで漏れ出してしまうのだ。
魔力が漏れ出すと大抵の人はその日のうちに魔力切れを起こして昏倒し、目が覚めれば回復するという一般に知られた病気であり、例え密室にいたとしても他人に害を与えるような大事にはならない。
が、ネコチの場合、無限とさえ言える魔力量が魔力切れを許さず、百年近くも漏れ続けており、また家を覆う結界が蓋の役割を果たしたことで、魔力を家中に行き渡らせ、かつ致死量まで濃度を上げてしまうことになったのだろう。
そして、その「魔力漏れ」には治療法が存在する。
一般家庭ならどこでも常備するほど大衆的な魔具「フタちゃん」を身につけることだ。
フタちゃんとは、真ん中に針の付いた小さな蓋のような形をした魔具で、本人の魔力を込めたそれを身体のどこかに針を刺して付けておくことで、魔力の漏出を防いでくれるという代物だ。
しかし、ここにそれがあるのかは分からない上、ボケちゃってるネコチに聞いてもおそらく見つからないだろう。
それに、ネコチはもう百年近く魔力が漏れ出しているらしいことから、彼女の魔力の弁が治癒することは想定しないほうが良く、ずっと身につけていられるような形が好ましい。
つまり、俺がこれから作るのは、「フタちゃん」と同様の効果を持ったピアスだ。
と、ネコチに言っても伝わらないだろうし、適当に何か言おう。
「ネコチさんに贈り物がしたいんです」
「おくりもの………?」
本当は魔力を込めてもらわないといけないのだが、魔力が充満しているお陰でこの家に置いてあるものは十分以上に魔力が込められている為、あとはこの鈴をピアスにする為の針が必要だ。
「ネコチさん、贈り物を作る為に針が必要なんですが、ありますか?」
ネコチは困惑している様子ながらも、しばし考え込んだ後、
「たしかそこの棚に………裁縫道具が入ってるんじゃないかねえ?」
彼女がそう言ってふわふわの指で差し示したのは、ちょうど鈴が置かれていた棚だった。
「ちょっと、中探しますね!」
俺は棚の引き出しを上から開けていく。
そして、一番下の引き出しの中のツヤのある箱に針が入っているのを見つける。
それを一つ取り出して、
火炎魔法―――
「―――『アツイ・オモタワ』」
小さな炎を人差し指に灯して、針を加熱。
針を半円状に曲げ、それを鈴に通し………
「………完成!」
あとはネコチの身体に刺すだけだが、
「ネコチさん見てください! この鈴を身体のどこかに付けてほしいんですが、どこが良いですか?」
ネコチは「う~ん」と悩んだが、
「じゃあこの紐?にお願いしようかねえ?」
彼女は「紐」と言いながらこちらにお尻を向ける。
どうやらしっぽのことのようだが、もしかして自分が猫の亜人であることすら忘れてる?
そんなことある?
………まあいいか。
「じゃあ、チクっとしますけど、我慢してくださいね?」
「………?」
紐だと思ってるし、そらそういう反応だよな。
なるべく痛くないようにしてあげよう。
まず俺は結界を顔だけを覆うように縮め、ネコチに触れられるようにする。
そして、早速針を片方のしっぽに刺し、
火炎魔法―――
「―――『アツイ・オモタワ』」
すぐに針を曲げて輪っかにして、
治癒魔法―――
「―――『ツバツ・ケトケ』」
―――治す!
ネコチは大丈夫かな?
「………?」
大丈夫そうだ。
気付いてすらなさそうな様子。
「はい! これでつきましたよ! 見てください!」
すると、ネコチはその場でゆっくりと周り、鈴のついた自身の「紐」を追いかける。
「ふふふ。ばあばにこんなの似合うかねえ?」
鈴をチリリと鳴らしながら、照れくさそうに笑うネコチだが、
「よく似合ってますよ。可愛いです」
「おべっかが上手だねぇ。ふふふ! ありがとうねぇ」
鈴がついたしっぽを顔の近くまで近づけて、にっこりと笑った。
よし。これで魔力漏れの元は断った。
後は充満する魔力をどう取り除こうか………?
そう考えていた時、
「今日はいい日だから、ちょっと良いお羊羹出そうかねぇ」
と、背を向けたネコチが虚空に手を伸ばす。
すると、正面からは見えていなかったが、ネコチが手を入れているソレは紛れもない「門」―――異世界に繋がる空間の窓だった。
異世界に繋がる窓………ネコチはあちらの世界に干渉できる………処分したい大量の魔力………。
―――これ全部あっちの世界に送っちゃえば良くね?
俺は「門」を開くネコチを左手で抱え、
「わわっ。どうしたのぉ?」
「ちょっと風が吹くので、くっついていてください」
「ふふっ。 ヒロシ君は甘えん坊だねぇ」
「またヒロシ君に戻ってる!? まあいいや! 」
風雷魔法―――
「―――『トンデシモタ』!!!」
俺はネコチを抱えながら家中をくまなく歩き回り、風を操作してネコチの開いた「門」に魔力を送り込んでいった。
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