01-03. スキル:鑑定Lv.01


 エルザが時々屋敷から居なくなるのは安息日だと思っていたのだが、遠くの郊外にまで買い物に行かされている、と初めて知った。

 雑草を丁寧に抜いてくれてありがとう、と食堂から家令達のおやつを多めにクスねて分けてくれながら(少なくなった野菜は大目に見てもらう)、ここ数日の話をしてくれる。


 買い物の言いつけは結構タイヘンだ。

 街の中ならドウにでもなるが、壁外は色々苦労する。物理的な距離も、時間がかかるから野営の準備をしなければならない。外の獣達は焚火をすれば寄ってこないが、火の番が出来ないし、それほど潤沢に薪が集まらないし、なにより子供1人で野営など襲われる目印にしかならない。そんな時は、あれば木の上に登って、獣や魔物除けの呪いのかかった布にくるまり過ごすそう。その布でも蛇は防げず、安眠には程遠い。

 こんな話を、エルザは一方的に話す。エルザはフェリマが喋れないと思っている。小さな幼子がイジメに泣かず声も出さず、いつも何処を見ているか分からない瞳を彷徨わせて静かにしている。能動的に動くことは滅多になく、身綺麗に整えられていることもない。当然礼儀作法など教えておらず、家庭教師はおろか常時傍にいるべき侍女もない。

 貴族の令嬢なのに、貧村の孤児のようだ、と思っていた。


 そんな子供から、奉公に上がって数年、初めて声を聴いた。

「ぬの」

 え? と、慌てて振り返る。相変わらず焦点の合わない、しかし視線はしっかりとエルザに向けている赤い瞳。

「さわりたい」

 幼く白く細い腕はこちらへ伸び、手のひらは開いて上を向いている。

 ぬの。あ、布。獣除けの呪いのかけられた野営用の布。触りたい、って今?

 つか喋った!

 エルザは突発的にフェリマの頬を両手で挟んだ。勢い良すぎて子爵令嬢を変顔にさせてしまったが、白い頬は使用人より冷たい。

「もう1度、もう1度しゃべって」

「なにを」

「えっと、えっと」

 意図せず簡単に返答があったが、喋らせたい内容まで考えてなかった。調理師見習いは焦ったが、幼女は家令の手の甲へ指を添わせ、ゆっくりと言う。

「エルザ」

「……はい」

「エルザ・オライン」

「はい」

 無表情な子供だった。何処を見ているか分からなかった。でも手の中の子供は緩やかに微笑み、瞳はまっすくに向いている。

「いつも、ありがと」

 反射的に抱きしめた。貧村の孤児のようだと、まともに育てない可哀想な子供だと思っていた。産まれを両親から厭われ、兄姉にも愛されず、周囲から無視された子供が何かを学べるはずもない。

 でも違う。幼子にはちゃんと感情があって、嘆いても無駄だと理解し、泣けなかっただけ。自分はなんて惨い仕打ちをしたのだろう、と怒りさえわく。


 でもエルザは間違っている。

 いまのフェリマが「産まれた」のは誕生日からで、いわば知識と思考力だけ増量されているような状態。知識と言っても前世の記憶はアヤフヤで、この世界については無知であり、思考も空回りしかしていない。

 エルザという拠り所がなければ、たったの5歳児には生きることさえ難しい。

 だから抱きしめられて苦しくても我慢しよう、と思ったが。

「どうしたの?」

 エルザは、幼子が腕をさするのに気付き、慌てて抱きしめる力を弱める。痛かったかと反省したが、フェリマはまだ腕をさすり、というか探っている。

「けが?」

 袖の下で巻かれた布に気付いたらしい。お遣いの時に腕を枝で切ってしまった。手当はしたが、まだジクジクと傷む。

「はっぱ?」

 匂いか感触か、フェリマが言い当てる。薬なんて高価だから、消毒効果のある草葉を貼ってある。

 フェリマは難しい、というか5歳児には妙な顔をして、まだ腕をさすり、言う。

「じゃり」

「え?」

 関連が分からない単語が出た。じゃり。砂利?

「きず じゃり あらう」

 やや考え、傷口にまだ砂利が残っているからきれいに洗え、という意味だと思う。怪我した時、止血はしたが手当までに何度も転んだりして泥をかぶった。洗い流す水も充分に無かったので、傷口奥に砂利がまだ残っているのかも。だから痛いのか、と妙に納得。

「ありがとう。すぐ洗ってくるね」

 自分のお菓子もフェリマに渡すと、エルザは立ち上がって水場へ向かう。実際に傷がいつまでも痛み熱まで持ってきたので、自分でもヤバイと思っていた。傷を悪化させては仕事に支障が出る。熱が出て動けなくなっても手助けしてくれそうな先輩はいないし。


 エルザの背中を見送って、フェリマはぼんやり空中を見る。

 もちろん「見ている」のはステータス画面。

 鑑定Lv.01 手当てLv.00

 レベル0って、と思いつつ、鑑定は面白いスキルが生えた。試しにお菓子へ「鑑定」をかけるも「菓子」としか。畑は、と見れば作物に「キャロ」と出た。これ植え付けの時に1つ1つエルザが教えてくれたからか。つまり前提の知識がないと鑑定できない。

 使えるような、無駄のような。


 エルザの腕に触った時、服の下に布が巻かれているのに気づいた。これが呪いのかかった布かと思ったが、「見て」もただの布で、妙なふくらみがあった。「見る」を凝らすとふくらみ下にやや潰された?葉が広げて並んでおり、下には傷。長さは10cmほどで深そうで痛そう、と思ったら「傷Lv.02」と出た。なんだ、とさらに「見て」、傷の中に砂利が残り化膿しかけているのが分かった。

 前世なら傷の洗浄と消毒だが、今はそんな便利な薬はない(少なくとも知らない)。なら最低限は傷口の洗浄と、と潰された葉を見ると「薬草」で、消毒的な何かをするのだろう、たぶん。種類わからんけど。


 フェリマは膝上に置かれた菓子を丁寧に脇の篭へ移すと、周囲を見回す。

「草」や「木」の表示に眩暈を起こしかけるも、注意深く見ていると「薬草」と表示されている処があった。行って摘むと、やわらかい葉が広がりかけた新芽だった。見上げると表示ラッシュが消えて、遠くに「薬草」と出ているのが数ヶ所。取捨選択できるのは有難い。

 幾つか摘んで、思いついて摘んだ葉を畑の隅に植えてみる。確かハーブとかこの方法で増えたりしたような。根付いてくれればラッキー。

 エルザの手助けになるのか分からないけど、と溜息。

 最近溜息ばっかり。5歳児なのに禿げそうだ、と溜息をつく。


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悪役令嬢はお呼びでない 千早丸 @nazo-c01

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