再会

「久しぶり、エスト」

 神殿の中にある、椅子とテーブルしかない質素な応接間。

 お茶と焼き菓子を持ってやってきたハルセは、黒い神官服を着た、若い女の人でした。

 肩口で切りそろえた赤茶色の髪。微笑んだ目は髪と同じ赤茶。肌はなめらかな黄白。──大地の民です。

 ハルセは、この神殿で働く神官です。

 エストレアたちと同じ村の生まれで──そして村の生き残りの一人でした。

「それと──ノイエ、だよね?」

「ああ」

「久しぶり。元気にしていた?」

「……ああ」

「そう、よかった」

 にっこりと笑うハルセを見て、ノイエはすうっと目をそらしました。少し俯いて、伸びた黒髪が顔を隠します。

 リンネがこっそり見上げると、気まずそうな顔が見えました。

「相変わらずだね」

 そんな態度を気にすることなく、ハルセはくすくす笑いました。

「でも、驚いたよ。前に来たときはエスト一人だったのに。……まさかノイエだけじゃなく、妻子まで連れてくるとは」

「メーラは妻じゃねえし、リンネは俺の子じゃない」

 エストレアは呆れた顔になりました。

 ちらほらと白髪がまじる黒炭色の髪を、くしゃくしゃとかき回します。

「お前、わかってて言ってるだろ?」

「もちろん、冗談。でも、驚いたのは本当だよ? 前に来たときは、当面は一人でいいって言ってなかった?」

「当面は、だろ」

 煩そうにそう言って、エストレアは焼き菓子を囓りました。

「そのへんのことは後でいくらでも話すから、ちょっと置いといてくれ。それより、手紙は届いてたんだよな?」

「来てたよ。でも、どういうこと? うちの図書館が見たいって……」

「そりゃ、読みたい本があるからだ。図書館に行く用事なんて、それしかないだろ」

「前に来たときに、全部読んでいったじゃん」

「確認したいことがあるんだよ。俺の記憶違いかもしれないから」

「ふーん……?」

「目当ての本をちょっと読ませて貰えれば、すぐに出てくよ」

「簡単に言うなあ」

 ハルセは困った顔で腕組みをしました。

「図書館は本来、部外者は入れられないんだよ」

「知ってる。前回もそれで揉めたし」

「なんでそれを覚えてて、また来るかなあ……」

「そろそろお前も出世して、前より話が通りやすくなるかなって」

「期待しすぎ」

「でも実際、階位は上がったんだろ? 前は白だったのが、今は黒に変わってる」

「白から黒じゃあ出世したとは言わないよ。ある程度の年数、神様に仕えていれば、自動的に貰える色だもん」

 話が見えないリンネに、メーラがこそりと囁きます。

「聖職者の服の色は、階位によって変わるのよ。白は神官。黒一色の場合は準司祭。黒地に刺繍入りなら司祭ね」

 今の話の通りなら、ハルセの階位は準司祭ということになります。

「準司祭というのは、偉いのですか?」

「うーん、偉くはないかなあ。下から二番目だから。神官としての下積みを終えて、司祭となるべく修行をしている、って人ね。まだ、祭儀を行ったりは出来ないわ」

「それは、階位で決まっているのですか?」

「正式に神殿に所属している聖職者は、決まっているわ。民間司祭や巡礼司祭は無所属の聖職者だから、こういう決まりは関係ないわね」

 こそこそと話している間にも、エストレアとハルセの交渉は続いていました。

 折れたのは、ハルセです。

「わかったわかった。司祭様に頼んでみるよ」

「助かるよ」

「言っとくけど、仕事はしてもらうよ。長期滞在になるから」

 エストレアは、訝しげな顔になりました。

「いや、長くとも一週間程度のつもりなんだが……」

「なに言ってるの?」

 ハルセは眉を寄せ、それからああと頷きます。

「そっか、知らないんだ。──あのね、もう何日かもしたら嵐が来て、この辺りは厳寒期に入るんだよ」

「嘘だろ。まだ冬にはだいぶ早いんじゃないか?」

「空読師が予想を出してる。今年は数年に一度の、早駆けの年。──冬の女神様がいつもより早くやってくる年だよ」

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