争乱の夜 3

 廊下を駆け抜け、中庭を過ぎ、階段を上り、また別の廊下を駆け抜けます。

 王宮の中は複雑で、エストレアでなくとも迷子になってしまいそうでした。

 そんな中を迷わず進んでいた近衛隊の兵士が、突然、足を止めました。

 曲がり角の向こうから、なにやら騒ぐような声がします。

「この先は?」

 エストレアが、囁くような声で聞きます。

「殿下の私室です」

「そうか。──メーラ」

 身を低くして角まで進んだメーラが、ちらりとその向こうを覗き込みました。こちらを見て、指で数字を示します。

 十。二。

 十二人いる、という意味でしょうか。

 エストレアはなにも言わず、頷きました。

 それに頷き返して、メーラは角から飛び出していきました。ノイエがそれを追いかけます。ほとんど同時に、廊下の向こうで悲鳴が上がりました。

 メーラは、ツノビトと呼ばれる人です。

 彼らは人間よりも優れた身体を持っていて、足が速く、力は強く、目や耳は非常に鋭いという特徴がありました。

 メーラもその例に漏れず、非常に強い人です。

 遺物の力を持つノイエにも、引けをとりません。

「もう済んだわよ」

 そう声がしたのは、本当にすぐでした。

 飛び出して行ってから、十といくつか数えた程度です。二十は数えていないでしょう。

 そろりと曲がりが角の向こうを見てみると、廊下の突き当たりで、武装した人たちが床に倒れ伏していました。その真ん中にメーラが立っています。

 血の臭いはしません。赤色も見当たりません。

 倒れている人たちは、生きているようでした。

 ただ、意識をなくしてぐったりしています。

 ノイエがその脇にしゃがみ込んで、じっと観察しています。

 案内役の兵士がそれらを飛び越えて、奥のドアをどんどんと拳で叩きました。

「殿下、ご無事ですか!?」

 声をかけると、ドアが細く開きました。一瞬、こちらを覗く顔が見えました。

 ドアは一度閉まりました。

 すぐに、今度は大きく開かれます。

 近衛隊の兵士と、上級の使用人たち。

 そしてアルマ王子が、姿を見せました。

「殿下、お怪我は」

「大丈夫だ。それより──」

 アルマ王子は青ざめた顔で、辺りを見回しました。

「いったい、なにが」

「武装した集団が王宮に入りこんだ」

 エストレアが厳しい声で言いました。

「細かい話はしてる暇がない。俺たちは第一王子と国王の安否確認に行ってくる。王子はここで近衛隊と──」

「いや、私も同行する」

 アルマ王子はきっぱりとそう言いました。

 エストレアが、僅かに眉を寄せました。

「やめとけ。ここで護衛と一緒に籠城してろ」

「そんなことはできないさ」

 そう言って、微笑みます。

 こわばり、引きつった、ぎこちない笑みでした。

「私は将来、王立騎士団を率いる長になるものだ。そのために必要な教育を受けてきた。そういう立場のものが、私室に隠れ臣下に守られるなどという、情けない様を晒すわけにはいかない」

「そうかい」

 エストレアは苛立たしげに髪をかき回しました。

「止めはしない。けどそう言った以上、自分の身は自分で守ってくれよ。俺は責任持たないからな」

「もちろんだ」

 アルマ王子は頷き、腰に佩いた剣を軽く叩きました。

「まとまって行く必要もないだろう」

 一人黙々と倒れた人たちの身体を調べていたノイエが、すっと立ち上がって言いました。

「見たところ、全員非戦闘員だ。装備は貧弱。軽鎧すらつけていないし、武器の質も劣悪。体型も、戦闘慣れした人間には見えない。真っ当な訓練を受けた兵士なら、負けることはないと思うが」

「問題になるとした数だ」

 エストレアが、難しい顔で呟きます。

「ど素人でも劣悪な装備でも、戦う意志のあるやつが百人集まればかなり厄介だ。大広間だって、防戦一方になったのは数の上で不利だったからだしな」

「数えたわけではないけど、百はいたわよね。もっといたかもしれない」

 メーラが周囲を見回します。

「ここにいるのが十二人。同じだけの数が第一王子と国王のところにも行っているとしたら、二十四人。単純に考えて百四十人近く武装した人間が入りこんでることになるわね」

「実際は、もっと多いだろうな。俺たちが把握し切れてない人員がかなりいるだろうし」

「国王は守りも硬いだろうし、もっと人数を割いていそうだ」

「じゃあ、二百人くらいいるかもしれないの?」

 メーラが目を丸くします。

「大きな集団ねえ。どういう集まりなのかしら」

「それはわからん。──王子」

 突然、話を振られて、アルマ王子は肩を揺らしました。

「なんだい?」

「アンタは部下連れて、第一王子のところへ行ってくれ。たぶん、そっちの方が多少は楽だ」

「君たちは?」

「国王のところへ行く。こっちの方がやっかいな気がするからな」

「危険だろう。正規兵でない君たちを、そんな場所へ行かせるのは……」

「そんなこと行ってる場合じゃない」

「そうそう。それに戦力で言うなら、たぶんあなたたちより私たちの方が強いわよ」

 メーラは両手を広げて、にっこり微笑みました。

 辺りに倒れている人たちを見れば、なにも言えません。

「エストもいるしね。魔法使いって、一対多数の戦場でこそ本領発揮するんでしょ? なら、相手が多そうな方にエストを行かせた方が良いわ」

「それは、そうだが……」

「のんびり話してる時間はない。行くぞ」

 なにか言いたげな王子たちを無視して、エストレアは案内役の兵士の背中を押しました。

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