争乱の夜 2

 廊下を瞬く間に駆け抜け、突き当たりに組まれていたバリケードを飛び越えます。人並み外れた運動能力も、遺物の恩恵です。

 バリケードの向こうは、晩餐会の開かれていた広間のすぐ前です。

 三方にある廊下が交差する、少し広い場所。天井の高いホールです。

 各方面にバリケードが組まれ、あるいは重装兵が盾を構えて、廊下を塞いでいます。

 時々、兵士たちがバリケードや盾の隙間から槍を突き出して、その向こうにいる何者かたちを攻撃していました。

 姿は見えませんが、バリケードや盾の向こうのからは口々にこちらを罵る声が聞こえてきます。時々、向こう側から押されてバリケードが揺れていました。

 その様子を一歩引いた場所で見守る、見覚えのある黒いローブと白いマントの二人組がいました。

「エスト! メーラ!」

 ノイエの声に、二人組──エストレアとメーラが振り返ります。

「おう。無事か?」

「怪我してない?」

「問題ない」

 ノイエはリンネを床に下ろしました。

 ずっと抱えられて、揺さぶられていたので、足元が少しふらふらします。

 駆け寄ったメーラが、その身体を支えました。

「リンネちゃんは? 大丈夫?」

「はい」

「よかった……心配してたのよ。なかなか戻ってこないから」

「申し訳ありません」

「いいの。無事ならそれで」

 メーラはぎゅっとリンネを抱きしめました。

「なにが起きてる?」

「わからん。武装した集団が押しかけてきてる」

「それは、俺たちも見た。というか、こいつが襲われた」

 ノイエがリンネを指さします。

 エストレアが、片眉をあげました。

「お前がそばにいたのにか?」

「…………」

「おい」

「ちゃんと助けたんだから、いいだろ」

「お前な……」ため息をつきます。「まあいい。説教はあとだ」

 また、爆発音がしました。

 すぐそこです。

 バリケードが崩れそうになって、慌てて兵士たちが支えています。

 エストレアが杖を構えました。指の先ほどの青い光の球が、杖の先に生まれます。杖を振ると、光の球はぽーんと弧を描いて、バリケードの向こうへ飛んでいきました。

 先ほどとは比べものにならない爆発と衝撃。そして青い閃光が走ります。

 霊素魔法。

 万物に宿る霊素と呼ばれるものを操作する、青き魔法。

 エストレアが得意とする魔法です。

 バリケードの向こうで悲鳴が上がり──そしてすぐに、少しばかり静かになりました。

 兵士たちが、恐れるような顔でエストレアを見ています。

 指揮官の男が、慌てた顔でこちらに駆けてきました。

「エストレア殿」

「よお。敵はここ以外にもいるらしいぜ」

「えっ!? そ、それは……」

「王族の警護は?」

「近衛隊が」

「万全か?」

「もちろん。……と、言いたいところだが、このざまでは説得力がないな。王宮に入りこまれている時点で、守りは崩されている」

「そうだな。ここで万全だなんて寝言言ったら、こいつで殴ってるところだった」

 そう言って、杖をその場でくるりと回します。

 先端の装飾が、きらきらきらめきました。

 殴られたら痛そうです。

 ──痛い思いをするのは嫌だろう?

 どこかから、そんな声がした気がしました。

 もちろん、リンネの気のせいです。

「しかし、いったいどこから入りこんだのか……」

「それを調べるのは後だ。今は──」

「あの、エストレア様」

 リンネは恐る恐る口を開きました。

 エストレアが、こちらを見下ろします。

「どうした?」

「先ほど見た中に、知っている顔がありました」

 リンネは、赤痣の少年のことを話しました。

 ここへ来る途中、荷物検査の列で見かけたこと。

 それよりも前、街の中でも見た覚えがあること。

 前は首輪をしていたのに、今はしていないこと。

 彼らが話していた『姫神子』という存在のこと。

 奴隷はみんな助ける、という話をしていたこと。

 覚えていることを、一つ残らず話しました。

 つたない説明を、エストレアは真剣な顔で聞いていました。

 一つだって聞き流すことなく、最後まで聞いていました。

「なるほどなあ。──ありがとな、リンネ。おかげでいろんな事がわかった」

 くしゃくしゃとリンネの頭を撫でて、エストレアは指揮官の男に向き直ります。

「どうにも嫌な感じだ。王族の安否が気になる」

「ああ。叶うなら、今すぐ陛下の元へ向かいたいのだが」

 エストレアはぐるりと三方の廊下を見比べました。

 リンネたちが来た方向の廊下に目を止めます。

「向こうの廊下経由で王族の居場所まで行くことは?」

「可能だ」

「道案内を一人、貸してくれ。俺たちが行ってくる」

「それは……いや、そうだな。私はここで指揮を執る必要がある」

「せっかくなら若い連中使え」

 エストレアはそう言って、後方で所在なさげにしていた若い魔法使いたちを呼び寄せました。

「俺がさっきやったの見てたな? 同じ事をやれ。バリケードの上を通す。軌道計算の方法は覚えてるな? 自信がないなら、触媒を向こう側に投げ込んで起点にする方法でもいい。どちらにせよ、威力を大きくしすぎるな。バリケードが崩れたら元も子もない。あと、火災には気を付けろ。屋内だからな。タイミングは指揮官殿の指示に従えよ。自分のペースで使うな。集団戦の基本だ。いいな?」

 はい、と返事をするのに頷き返して、エストレアはこちらへ向き直りました。

「そういうことになった。質問は?」

「王族を守る、という方針で良いのね?」

「現時点では、そうだ。武装して襲撃してくるような連中に肩入れする理由はない」

「了解したわ」

 メーラはにっこり笑って頷きました。

「せっかくだし、うんと恩を売ってやりましょう」

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