かつていた場所
午後になって、リンネはメーラに連れられて街へ出掛けました。
街は、とても人がたくさんいます。
王都ですから、当然、とても栄えている街です。
その上、今は王太子の生誕祭を間近に控えていて、普段以上に街はごった返していました。
雑踏の中を歩きながら、メーラがため息をつきます。
周りの人たちよりも背の高いメーラは、この混雑の中でも目立っていました。深くフードを被っているのもあって、少し怖がられているのかもしれません。
心なしか、周りの人たちはメーラを避けているような雰囲気がありました。
リンネはてっきり、そんな雰囲気に対してため息をついたのだと思いました。
けれど続けてメーラの口から出たのは、まったく別の事でした。
「気乗りしないわねえ、晩餐会なんて」
少し先を歩いていたノイエが足を止めて、こちらを見ました。
「まだ言ってるのか」
「いくらでも言うわよぉ。だって、憂鬱だもの」
「エストの話を聞いて、納得したんだろ」
「そりゃあね。ケインのこと言われたら、納得はするわよ」
ケインというのは、しばらく前に関わった山賊の男です。
本来なら騎士団に討伐される予定だったのを、訳あってエストレアが案内人として雇いました。その後は色々あった後、騎士団に身柄を引き渡されています。今、どうしているのかは、わかりません。
エストレアが指揮官の男に言った、『この前の件』というのは、このケインとその仲間のことでした。
どうやらエストレアは、彼らの減刑を頼んでいたようです。
この国で、山賊行為は重罪です。
場合によっては、死刑になることもあります。
ケインたちへの罰がどうなるかは、まだわかりません。それを決めるのはこれからです。
だからこそ、エストレアはなんとかして、それを少しでも軽く出来ないか、指揮官の男に頼んでいたのでした。
もちろん、それは簡単なことではありません。
罪を犯したものは、法に従って裁かれます。
それを個人の気持ちで変えてしまうことは、許されません。
エストレアもそれはわかっているので、絶対にやれとは言わなかったのでしょう。
「むしろ、貴方が納得したのが驚きよ。よく不満を言わなかったわね?」
「通るような話じゃないからな」
ノイエは切って捨てるようにそう言って、歩みを再開しました。
「国民ですらない一旅人の意見に、仮にも法治国家が耳を貸すわけないだろ」
「ああ……明らかに無理な要求だから、取るに足らないわけね」
メーラは頷きます。
「まあ実際、無茶な話だものねえ」
「アンタはなにが嫌なんだ」
「そりゃ、晩餐会って言ったらお偉い貴族様とかが来るんでしょう? 関わりたくないに決まってるじゃない」
そこまで言ってから、すっと声のボリュームを落とします。
「変な国よね。平等宣言がされて、国民は皆平等になったって言ってるくせに、まだ貴族制と奴隷制は生きているんだもの。これのどこが平等なのかしら」
「平等宣言は、あくまで方針だろ。王がそうしたいと言ってるだけ」
「王様以外は、そうは思ってないってこと?」
「知るか。ただ、これまでの階級制で利を得てきた人間からしたら、堪ったもんじゃないだろ。当然、邪魔をする奴だっている」
「ああ、そうよねえ。偉い人にとっては、甘い汁が吸えなくなるんだものね」
メーラの言葉に、ノイエは呆れたような顔になりました。
「なにも貴族だけじゃない。平民だって、これまで奴隷がやってきた仕事を、これからは自分たちでやれと言われるんだ。素直に受け入れられる奴ばかりじゃないだろ」
ノイエは吐き捨てるように言います。
「貴族は平民から搾取し続けたが、その平民だって奴隷から搾取し続けてきた側だ。奴隷にとっての平民と、平民にとっての貴族は同じだろ」
「そっか……そうよねえ」
メーラは悲しげな声で呟きました。
リンネは話が難しくてよくわからなかったので、半分くらいを聞き流していました。
あまりにも人がたくさんで、メーラたちに置いて行かれないようにするので精一杯だったのもあります。
大きな荷物を背負ったロバとすれ違ったときでした。
ふと、建物と建物の間の狭い路地が目に入ります。
日の当たらない、暗く湿った路地。
そこに少年がいました。
首輪をしています。
奴隷でした。
リンネより一つか二つ年上に見えます。
誰かからのお下がりでしょう、サイズの合わないだぼだぼしたシャツとズボンを身につけています。灰色の髪の毛は、リンネにも負けないくらい伸ばしっぱなしのぼさぼさで、それを雑に一つにくくっていました。
黄味のある頬に一つ、花びらのような赤い痣があります。
少年は、薄茶色の目を眩しそうに目を細めていました。
暗く湿った路地から、こちらを見ています。
リンネは日なたから、それを見ていました。
目が合いました。
「リンネちゃん」
名前を呼ばれます。
声のした方を見ると、メーラが慌てて引き返してくるところでした。
「ああ、よかった。はぐれちゃったかと思った」
「申し訳ありません」
「ううん、いいのよ。なにかあった?」
リンネはもう一度、路地を見ました。
もう、そこにはなにもいません。
暗い路地があるだけでした。
「なんでもありません」
「そう?」
「はい」
「ならよかった。──向こうにね、焼き菓子のお店があったの。せっかくだし、おやつになにか買って帰りましょ」
「はい」
リンネは路地から離れました。
メーラの後をついて、雑踏の中を進みます。
暗い場所にたたずむ少年の姿が、しばらく頭に残って離れませんでした。
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