キャットファイトは唐突に
「良かったねお兄さん。そこの男の子と一緒に、ねこがみ様に気に入られたんだよ」
「ねこがみ様は若い衆が大好物な、それはそれは懐っこくて人も妖怪も大好きな神様なんやで」
「時折やって来るまれびとのお陰で、ここら辺は潤ってるんや。建物も公園も道も綺麗やったやろう」
「――だから、わしらを抜きにして、ねこがみ様と僕ら二人でもっと打ち解けてみぃひんか」
とまぁそんなこんなで俺と中坊はそのままねこがみ様の部屋に招かれる事に相成った。その間に俺たちにはジュースとかちょっとしたお菓子を振舞われた。中坊はそんなに飲み食いしなかったから、俺がちょっと多めに頂く事になった。しぼりたて作り立てと言っていたらしく、結構味もしっかりしていて濃厚だった。
甘くて美味しいでしょ? 私もこの甘さが好きなのよ。ねこがみ様である弥生ちゃんはそう言って俺たちに微笑んでいたのだ。
「それじゃあ倉持君にそこの子も……そろそろ私のお部屋においで。うふふふふ、忘れられないひと時をプレゼントしてあげる。一つになれるんですからね」
「一つになれるって、そんな……」
弥生ちゃんの言葉に俺はへらりと笑ってデレデレしてしまうのがやっとだった。ねこがみ様と言う人ならざる存在の為なのか、彼女の言葉は何処を取っても大胆な節がある。可愛い美少女の姿をしているから、尚更そう思えるのかもしれないし。
「ぼ、僕も……早くねこがみ様のお部屋に行きたいです」
「あらあら、こっちの子もちょっとせっかちみたいねぇ。焦らなくても連れて逝ってあげるから。それにしても楽しみね」
※
ねこがみ様の私室、或いは寝室になる場所は狭すぎず広すぎず、丁度良い広さのように思えた。古めかしい調度品の合間には、女の子らしさを演出するような可愛い小物や動物のぬいぐるみが添えられている。床の一角には深い艶のある、褐色のじゅうたんが敷かれていた。
それでも目を惹いたのはベッドだった。天蓋付きのベッドと言う訳ではないが、天蓋の無い天蓋付きベッドと言う風情である。日本語めちゃくちゃだな。でもねこがみ様の、弥生ちゃんの寝室には変わりない。寝るという意味ではここを使うのだろうから。
「さぁどうぞ……来て」
そう言いながら、弥生ちゃんはゆっくりと支度を始めた。セーラー服のリボンをほどき、襟から外していく姿がコマ送りのようにひどくゆっくりと見えていった。
脱ぐつもりなんだ。そう思った時、俺の全身に熱い血が巡るのを感じた。オスとしての本能が呼び覚まされるのを感じてしまった。そのトリガーはもちろん目の前にいる。ねこがみ様が……弥生ちゃんが俺を誘ったのだ。彼女の姿は単なる猫娘に、もはや人をかたどったメス猫にしか見えなかった。彼女はリボンだけ取り去っただけで満足はしないだろう。あの動きはどうだ。身をくねらせ交尾を求めるメス猫のそれと同じではないか。
「弥生ちゃん……ああ、俺の弥生。俺のねこがみ様、そして、俺のメス猫よ……!」
いてもたってもいられず、俺は弥生に躍りかかろうとした。彼女を抱えてベッドに向かうのさえ億劫だ。もうここで初めても良いだろうに。
「待ってよお兄さん!」
「ぶぼふっ!」
しかし俺の腕は弥生には届かなかった。躍りかかる寸前に突き飛ばされたからだ。弥生の客人として招かれていた中坊に。チビで華奢な少年とは思えないほどの力を不意打ち的に受けた俺は、よろめいて調度品の一角にぶつかってしまった。ぶつかった拍子に、俺の足許にぬいぐるみが一つ転がり落ちてきた。幼子が可愛がるようなクマのぬいぐるみ、テディベアだった。
その間に、俺を突き飛ばした中坊は弥生に向かって歩を進めていた。小生意気にも大股気味に、だ。
「ねこがみ様ぁ……僕はねこがみ様に会いたくて、わざわざ遠路はるばるやって来たんですよ。それなのに、急に後からやって来たあの泥棒猫にばっかり色目を使うなんて……ひどいですよねこがみ様」
泥棒猫とか久しぶりに聞いたぜ。それにしても男に対しても使えるんだな。そんな事を思っていると、弥生は服を脱ぐ動きを止め、中坊を見据えて笑った。
「あらあら坊や。あなたはまだ子供ちゃんだと思っていたら、ちゃーんと大人のオスの仲間入りを果たそうとしているのね。うふふ、オスたるものそうしてライバルのオスと相争わないとね。強いオスを欲するのは、メスの本能なんですから」
弥生の関心は、もう完全にあの中坊のみに向けられていた。ねこがみ様は猫だから、やっぱり移り気で集中力が持続しないのだろうか。
弥生の腕が中坊に伸びる。ライバルのオスと相争うという意欲が蘇ってこないままに、俺はぼんやりとそれを眺めていた。何というか、身体と心が気だるくて動かない。
メス猫の顔で弥生が中坊の肩に手を添える。中坊の顔に、得体のしれない笑みが浮かんだのが見えた。
「ギッ、ギニャアアアアァッ……!」
瞬間、熱湯をぶっかけられたような猫の絶叫がほとばしった。何が起きたのか解らない。中坊と弥生の間で青白い物がまばゆく輝いたのが見えた気がした。光が強すぎて、視界が一瞬白一色で塗りつぶされてしまう。
その視界が戻ってきた時、俺は文字通りわが目を疑うような心境に陥っていた。セーラー服姿の少女とたぬき顔の少年は目の前にはいなかった。半人半獣の姿の六尾の化け猫と、迷彩柄をあしらった作務衣を身にまとったボブヘアーの女が向き合っているだけだったのだ。
「あ……ああ……」
六尾の化け猫が弥生である事はすぐに解った。しかしその姿には親しみや情欲はもはや感じなかった。禍々しさとおぞましさに圧倒され、そして自分が餌として認識されていた事に打ち震えるだけだ。
「畜生! 折角いい感じのオスの仔がやって来たと思ったら、クッサイクッサイ狸のババアだったなんてね! それにしても狸風情が今更私に楯突くとは、一体どういう了見なのかしら」
化け猫の口から飛び出してくるのは、品のない罵声そのものだった。作務衣姿の女の方は化け狸なのか。言われてみればフワッとした尻尾が露わになっている。言うて三十代くらいだから、ババアなんて呼ぶのは不適切だろうけれど。
「……ねこがみ様として祀られていい気になっているみたいだけど、所詮は島に引きこもってお山の大将になっているだけの小娘でしょ? 肥っては無いけれど、貴女は食べ過ぎなのよ」
「メスとして産まれたんだから子孫を残そうと思う事が何が悪いって言うのよ!」
「子作りは悪じゃないけれど、だったらどうして相手のオスをその都度喰い殺すのかしらね?」
「うるさい! とりあえずそこのオスは私の物だ! でもその前にあんたを喰い殺してあげるから」
そう吼えた時には弥生は既に完全に化け猫の姿になっていた。のみならず、その口や尻尾の先から火焔が吹き上がっていた。狸女を焼き殺そうとしているのだ。
狸女の方にも変化があった。彼女もまた他人の姿をかなぐり捨てて、狸の姿に変貌したのである。普通の狸ではない。虎ほどの大きさもある弥生と対抗するためか、クマほどの大きさもあるのだから。フォルムとか身体全体は普通の狸を特大サイズに引き延ばした感じであるが、それでも迫力があって正直怖い。
渦を巻いた焔が化け狸に向けて放たれる。だがそれは化け狸に着弾する前に全て消えてしまっていた。化け猫の弥生が毛を逆立てて吼える。
「狸を見くびり過ぎよ。あなたは所詮、この島にいる狸を制圧しただけに過ぎないんだから……まぁ、私は本州の狸だからそんな事関係ないんだけど」
「関係ないなら首を突っ込むな!」
火焔と木の葉が渦巻く中で弥生がまたしても吼え、そして化け狸に躍りかかる。俺が覚えているのはそこまでの事だった。
※
「ふぅーん。連休中にそんな事があったのね。折角の骨休めなのに、全く休めなかったなんて。倉持君も大変だったわね」
「賀茂さんさぁ、大変と言いつつも内心では自分も見てみたかったって思ってるんじゃないのかい」
「そんな事ないわよ。結局警察沙汰にもなったんでしょ? 何かその……遺体とか骨とかも見つかったって話だし」
連休明け。色々あったが無事に出社した俺は、同期の賀茂に連休での出来事を話していた。賀茂はまぁ普通に彼氏とデートしたり、女装癖のある狐とか雷獣のライオン丸と会ったり、実家に戻って家族サービスしたりして過ごしたらしい。全くもって平和な連休の過ごし方ではないか。
ねこがみ様と名乗る化け猫に魅入られ、あわや二重の意味で喰われそうになった――それが俺の連休だった。但しあの場に中坊に化けた狸妖怪の女がいて、彼女やその仲間に助け出されたので俺は一応無事ではあるけれど。
と言うか、化け猫と化け狸がキャットファイトを行っているあたりから記憶が途切れていて、気が付いたら安全な所に護送されていたって感じなんだけどな。元々化け狸は別の案件であの化け猫の調査をしていたみたいだが……彼女の親切心で俺は一命を取り留めたらしい。
まぁ完全に妖怪絡みの案件であるのだが、賀茂の言う通り人間の警察も動いた事件でもあった。何せねこがみ様とかいう化け猫を一部の人間が祀り、彼女に生餌を与えていたんだからな。化け物に生贄だなんてそれこそ因習ではないか。もちろん生餌には人間も含まれていたという寸法だ。犬とか鳥みたいな普通の動物も生餌だったらしいけどな。今回はその生餌に俺がなるかもしれないところだったんだ。
「トロピカルな良い所だって思っていたけれど、術が解ければ全くもって地獄みたいな所だったぜ。ボロボロの廃屋寸前の場所だったし、ぬいぐるみなんかは肉片を継ぎ合わせて作ったブツだったからな」
術が解けた際に目の当たりにした光景を思い出し、俺はぶるっと身を震わせた。人の耳で作られたクマのぬいぐるみ。そんなネットミームもあったような気がする。
「というかさ、ねこがみ様の屋敷に招待された時に、あそこでジュースとかも貰ったりしたんだよな。まぁ特に変な事は無いんだけど、あれも何を喰わされていたか解らんから不気味なんだ」
俺の言葉を聞いた賀茂は、少し考えこんでからこう言ったのだった。
「ねぇ倉持君。猫の舌って糖分の甘みを感じる事が出来ないんですって。ただ……肉の味を甘いと感じるって聞いた事はあるわ」
そうなんだ……賀茂の言葉に頷きつつも、全身が粟立つような感覚を抱かずにはいられなかった。
猫神様の嬉しい楽しいデート日和 斑猫 @hanmyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます