猫系美少女とのトロピカルな出会い
グラサンアロハシャツ装備の若者に連行された先は、意外にも小綺麗な場所だった。田舎らしく広々とした一軒家なのだけど、西洋風でややエキゾチックな雰囲気を漂わせる建物である。生活臭がぷんぷんするような家ではなく、いっそ南国のコテージや小規模な民宿のようでさえあった。
少し前まで古めかしい神社に参拝していたからであろう、トロピカルな外装の建物は俺の目にはちと眩しく映り、あろうことか若干のめまいさえ感じてしまった。と言っても、この地域は県内と言えども南海道に分類されるエリアには違いない。実際港町よりも温暖な場所もある訳だし、花卉を特産にしているエリアもあるのだから、トロピカルな建物があってもおかしくないというのに。むしろいっそ若者の気を惹くためにもっと増やしても良いのではなかろうか。
「お兄さん大丈夫ぅ?」
「はは……大丈夫だよ俺は」
若者に問いかけられ、俺は即座に作り笑いを浮かべた。南国のチャラ男らしく口調もフワフワしたものだが、それでも心配されている、気遣われている事は俺も十分解っていた。解っていたからこそ、照れ隠しの要素も十二分にあったのだ。
「いやその……ねこがみ様って案外オシャンティーな所にお住まいなんだなって思っただけさ」
「そりゃあねこがみ様はねこがみ様ですもん。オシャンティーでセレブでトロピカルな所に居を構えますってば。実は僕、ねこがみ様にご奉仕……じゃなくてお仕えし始めて間がないんですけどね。なので、本当はずぅっとねこがみ様にお仕えしているヒトたちが羨ましくてならないんですよぅ」
一瞬だが、グラサンの奥にある若者の瞳がきらりと光ったように見えた。彼の瞳孔が、グラサンをかけているにもかかわらず縦長にすぼまって見えたのはきっと気のせいだ。
「あ、でもでも~ヒトって言いましたけどねこがみ様にお仕えしているのは人間だけでもないんですよ。まとめ役のオバハンは人間なんですけど、それ以外のヒトも……いや妖怪もいるんすよ。
お兄さん、妖怪とか大丈夫っすか? 怖かったりしないっすかぁ?」
「それも大丈夫。職業柄慣れちまったからさ」
妖怪に会うかもしれないと若者に言われたが、多少うんざりするだけで特に驚いたり怖いと思ったりする事はついぞなかった。オカルトライターと言う職業の為か、妖怪と言う不思議な生物共ともちょくちょく交流を図っている身分なのだ。島崎主任自身が九尾の女狐の子孫と言う事もあり、彼女の末弟が度々呼び出される事があった。しかも大体ツレとして雷獣の少年を連れてきていたかな。まぁ、ライオン丸とかいう雷獣の坊やは、茶目っ気もユーモアもふんだんにあるから話していても面白いんだけど。
※
「初めまして。私のお城にようこそ」
人間っぽいオッサンとか何となく獣妖怪っぽさが滲み出ている人型の連中に傅かれながら、果たしてねこがみ様は俺の前に姿を現した。まるっきり少女そのものの姿だった。淡い水色と白色を基調としたセーラー服がさも涼しげな雰囲気を醸し出している。癖のない黒髪はボブカットに切り揃えられており、その肌は浅黒くて健康的そうだった。
それでもきちんとねこがみ様が猫と呼ばれる所以は――妖怪としての特徴は露わになっていた。要するに彼女の背後で猫そのものの尻尾が生えており、独立した生物のように揺れていたのだ。その数は何と六本である。
島崎主任や賀茂には劣るものの、俺も妖怪の知識は蓄えつつある。妖狐や猫又などは力を蓄えるたびに尻尾の数を増やす事、その上限が九尾である事も知っていた。六尾と言えば相当強いのではないか。でも可愛い女の子だし……島崎主任の末弟でさえ四尾だったし、ライオン丸に至っては三尾だったよな。そんな事を俺は思っていた。
「ふふっ、今日はお客さんが結構来てくれて嬉しいわ」
「……ねこがみ様。言うて二人だけですけどね」
アライグマっぽい面相の従者が冷静にツッコミを入れている。俺はそこで先客がいた事に気付いた。ねこがみ様といい勝負の、或いはそれよりも若く幼い少年が、所在なさそうな感じで部屋にいるのを俺は発見した。たぬき顔のその子こそがねこがみ様の言うお客様なのだろう。
「まぁでも、いつもは全然来ないじゃない。私もお腹が空くとイライラしちゃうから食べ物探しには手を抜かないし、あなたたちだって結構手を尽くしてくれるけれど……」
そこまで言うと、ねこがみ様は俺に向けてにっこりと微笑んだ。
「ねぇお兄さん。今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「いえいえねこがみ様。ねこがみ様にお会いできて僕も嬉しいです」
半ば照れながら僕が言うと、ねこがみ様は拗ねたように頬を膨らませた。
「ねこがみ様なんて他人行儀な呼び方はいや。これでもね、私は六尾の弥生って呼ばれているのよ。ほらね、尻尾が六本あるでしょう。
だからねお兄さん。お兄さんも私の事は弥生って呼んで? うふふふふっ。その方がもっと親しみやすくって、なんか恋人同士って感じがするでしょ?」
恋人同士、か……ねこがみ様もとい弥生ちゃんの言葉に、俺は思わずクラっとなってしまった。自分にそもそも恋人がいたかどうか、或いは弥生ちゃんが本当に女の子なのかどうかなどを忘れ、俺はうっとりと彼女を見つめ返していた。
何かとませた子供が多いと世間では言われているが、出会ってすぐの男を恋人呼ばわりするとは何とも刺激的だ。これもまた、南国の夏の甘美な夢らしいではないか。まだゴールデンウィーク中だから夏にすらなっていないけれど。
そんな事を思っていると、弥生ちゃんは微笑んだ。
「うんうん。お兄さん、とっても魅力的なお兄さんだね。私の事を見てもそんなに驚かなくて度胸があるんだもの。ああ本当に、食べちゃいたいほど魅力的ね」
「あはははは、そんな事言われたら照れるなぁ……」
いつの間にやら弥生ちゃんは俺の傍にしなだれかかって来てもいた。いやはや、島育ちは開放的とは言うものの、これはいささか開放的すぎやしないだろうか。とはいえ彼女はねこがみ様なのだ。人間様では想像もつかぬお考えがあるのかもしれない。俺はそう思っていた。
――先客の男の子は、射抜くような眼差しで俺たちの様子を窺っていた。ああ、中坊と言えども男は男だもんな。きっと弥生ちゃんが俺に色目を使っているのを見て、いっちょ前に嫉妬でもしているのだろう。俺はぼんやりとそう思っていた。
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