小島に向かうをヴァカンスと呼ぶ男
幸か不幸か、俺は今の職場での仕事が二年以上続いている。幸運と言うのはまぁアレだ。最近は大卒の若者が職を転々とするっていう事を問題視している連中が多いからな。そうした連中に目を付けられず、或いは彼らに心配をかけなかったという点で良い事なのだろう。
ただ残念な事に、その仕事と言うのがオカルトライターなのだ。全くもって辛気臭い職業だと我ながら思うぜ。せめてもの救いは……微妙に女性社員が多い事くらいかな。島崎主任とかアラフォーなのにビックリするくらい美人だし。でも彼女も色々と曲者だからなぁ。陰陽師の末裔だとかいう賀茂の方を何かと贔屓しているし、玉藻御前の曾孫だって名乗る彼女の末弟は事あるごとに女装するような変な奴なんだよな。島崎主任はそんな連中の中で、女王のように君臨しているんだ。まぁ、だからこそ主任と言う地位に辿り着いて発言権を得ているんだろうけれど。
いや……これ以上あれこれ考えるのは良そう。ウミネコがミャーコラ啼きながらえびせんでも求めて飛んでいるのを眺めながら、俺はささやかなヴァカンスの事を考えていた。と言っても、本州と南海道の四国の間に鎮座する島に遊びに行くだけなんだけど。玉ねぎとか釣り堀で有名なあの島である。島と言ってもまぁそこそこの大きさがあるから、秘境とか前人未到の場所がある訳ではない。秘宝館はあるけれど(笑)
近場だからヴァカンスも糞も無いだろうって言う意見は申し訳ないがNGだ。出来るだけ金をかけずに趣味に興じる。その上で普段とは異なる体験を味わう。それこそがデキる男のたしなみなんだからな!
「ふぅーっ……」
船に揺られる事十五分弱。俺はとうとう目的地に到着した。船から降りた後は陸地がふらふらする感覚に襲われると父親がよく言っていたけれど、もちろんそんな事は無い。何せ短時間の船旅だったんだから。
さてこれからどこへ向かおうか。そう思っていた俺の視界に飛び込んできたのは五、六個ほどの毛玉の塊だった。毛玉では無くて猫たちだ。猫連中がアスファルトの上にたむろして、丸い尻をこちらに見せていたのである。フェリーの発着場のすぐ傍で、尚且つ風力発電用の風車――CMとかでよく見かけるアレだけど、よく見れば所々メッキが剥げて割と残念な感じになっている――が一基だけと言えどもすぐ傍に佇立するような環境下なのに。まさに傍若無人。お猫様とはよく言ったものである。
「にゃーっ」
「うにゃ、うにゃあん」
いかにもかわいい猫ですよって言う啼き声が上がった後、俺の気配に気づいた猫たちが一斉に顔を上げる。猫の顔を見た俺は一瞬ぎょっとしてしまった。口許が紅く湿った物で濡れている事に気付いたからである。別にライオンと対面している訳じゃあないんだからそんなにビビらなくてもいいだろう。理性で言い聞かせつつも、ドキドキと暴れ出した心臓はすぐには落ち着いてくれそうにもない。
猫ちゃんだから何かを食べているだけだろう。誰かが魚とかを放り投げて、それに貪っていただけだろう。俺もオカルトライターなんだ。女狐の子孫とか陰陽師の末裔とかそんな仰々しい者ではないけれど。
そんな事を思っている間に、猫たちが動き猫の輪が僅かに崩れた。そのために、可愛くも野生的な猫ちゃんが何を取り囲んでいたのか明らかになったのだ。
「うわ……きっしょ。と言うかグロ」
露わになった物を見た俺は思わず呟いていた。猫たちが取り囲んでいたのは大きな鳥の残骸だったのだ。鳶なのか鴉なのかはたまた海鳥の一種だったのか、俺にはとんと解らない。ただただ猫共に喰い散らかされるほどの大きさがある事と、既に喰い散らかされて羽毛が赤黒く汚れている事しか解らなかった。
あと――その鳥の骸は二つに分断されていた。翼の付け根から胴体の辺りをスパッと袈裟懸けされているかのように。
そんな俺たちの頭上では、トロピカルと言うにはいささか温いものの、それでもなお瀬戸内の温暖な日差しが降り注いでいる。大きな、鈍く回転する風車の影を下界に反映させながら。
バードストライク、か。俺は唐突にそう思ったのだった。いずれにしても島に上陸するなりこんなのを目の当たりにするなんて。口直しに何か面白い物でも見つけ出さないとどうにもならないな。
そう思いながら、俺はふらふらとその場を後にしたのだった。
※
国造りに関わったという二柱の神を祀る神社にお参りをすると、若干気分が楽になるのを俺は感じていた。やっぱり神様パワーはすごいんだな。なんせ日本最古の神社かもしれないってところだし……そこまで考えた俺は、自身が職業病に憑かれている事に気付いてしまい、微妙な気持ちになってしまった。畜生、オカルトライターなんて因果な職業、別に好きでなった訳じゃないのに。それなのに、オフの時も仕事の事を考えてしまうなんて……やっぱりあれか。ミーム汚染が俺の中で発生しているって事なのか。
ポテポテと能天気そうに歩く鳩たち、そして何処か様子をうかがうようなキジトラの猫を尻目に、俺は神社の境内をそっと立ち去った。
グラサンをかけた若者――言うて俺も若者なんだろうけれど――に声をかけられたのは、ちょうどその時だったのだ。
「お兄さぁん。もしかして旅人ぉ?」
「ぷくっ……旅人なんて御大層な物じゃないよ。本州から来た観光客さ」
グラサンにアロハシャツめいた派手な柄のワイシャツ姿の若者の問いに、俺は特に気負う事なく応じていた。同僚の賀茂だったら若干警戒するのかもしれないが、それはやっぱり男と女の違いに起因するものかもしれない。またしても仕事がらみの考えが脳裏をちらついていた。
観光客なんだ。しかも本州からのお客さんだなんて……妙にいかつい風貌とは裏腹に、若者の言葉は子供っぽく無邪気な物だった。もしかしたら随分若いのかもしれない。下手したら高校生くらいだったりして。
「お兄さんも若くて元気そうだし……ねこがみ様もお会いしたら喜ぶかなぁ」
「ねこがみ様……何だいそりゃ」
「ねこがみ様は昔からこの島にいらっしゃる神様だよ。富や繁栄を司っているんだ」
聞きなれぬ神の名に俺が首をひねっていると、若者はすぐに返答してくれた。グラサンのために表情はうかがえないが、口調と身体の動きからしてきっとドヤ顔をこちらに見せているのだろう。それ位は解った。
「あのねお兄さん。お兄さんはとっても運が良いんだよ。ねこがみ様、今はこの辺りにいらっしゃるから、僕が案内してあげるよ。ねこがみ様は男の人に会うのが大好きだからね……僕もまぁそのオキニになれれば良いんだけど」
「お、おぅ……」
若者はまくしたてるようにそう言うと、俺の手を取ってぐいと引っ張ってきた。妙な流れになった気もするが、とりあえず若者について行く事にしてみた。妙な事を言う物だと思いつつも、刺激の少ない島民ならではの習性だろうと踏んでいたためだ。
それはそうと、俺の手首を掴む若者の手指の感触が気になって仕方がなかった。力強いものの手の平全体はひんやりとしていて、そして少し湿っぽかったのだ。
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