放課後殺人少女~彼女はなぜ凶行に及んだのか~

神通力

僕とAちゃんの一瞬

1年前。交通事故で両親が死んだ。同乗していた僕も死にかけた。悪質な煽り運転による事故だった。それから僕は親戚のおばさんの家に引き取られた。おばさんはちょうど事故の数カ月前に結婚したばかりで、僕は完全にお荷物になってしまった。


おばさんもおじさんも両親を亡くした僕に気を遣ってくれているけれど、顔に大きな傷跡が残ってしまった上にふさぎ込んでしまった暗い子供の相手をするのは負担が大きいみたいで、僕は申し訳なさでいっぱいだった。


他県にあるおばさんの家に引き取られた僕は、新しい小学校に通うことになった。そこは別段変わったところのない普通の小学校で、普通にイジメとかもあった。イジメられていたのは、名前は伏せるけどAちゃんだ。


Aちゃんはいつも思い詰めたような顔をしている子で、学校に来ない日もちょくちょくあった。というか、学校に来るとイジメられるから来るのが億劫みたいで、来たとしてもすぐに早退してしまうことが多く、たまに保健室前ですれ違うこともあった。


彼女も僕も保健室登校というのをやっていた。僕はあの事故で車の音がトラウマになってしまって、登下校中に車の音を聞くと体調を崩したりたまに学校の外から聞こえてくる車の音で体調を崩したりしていたから、おばさんがかけあってくれたのだ。


Aちゃんは……何故だろう。会話をする勇気がほとんどモ持てなかった。それは彼女が纏っていた近寄り難い雰囲気のせいだったのか、ただでさえ転校してきたばかりなのに、イジメられっ子に関わるのは怖いという僕の臆病さだったのか。


とにかく、僕とAちゃんは互いに互いの存在をなんとなく無視し合う形になってしまった。「その顔の傷、どうしたの」とか尋ねられたら上手く答えられる自信がなかったから、それでよかったと僕は内心思っていた。


ある時、僕は家出をしてしまった。おばさんに強い言葉を吐かれて、ショックを受けたのだ。確かに、おばさんにもおばさんの言い分があると思う。結婚したばかりだというのに僕みたいな邪魔すぎるお荷物を押し付けられて。


そのせいでおじさんは自分たちの子供を作るのを少し待たないか、と言い出しておばさんと口論になっているのを聞いてしまったこともあるし、やりたくもないPTAを押し付けられて苦労してる姿を何度も見聞きしてきた。


だから、少しぐらい僕にやつあたりする権利は、あるんじゃないかと思う。だけど、実際に言われるとやっぱり辛くて、ショックで、僕は必至に追いかけてくるおばさんから逃げて近所の大型ショッピングモールに駆け込むことしかできなかった。


喉が渇いたのでフードコートでジュースを買って。隠れるみたいに隅っこの席に座りながらぼんやり幸せそうな家族連れを羨んで。それから、お父さんとお母さんに会いたいな、と思った。死んだら会えるかな、とも。


思い立った僕は立体駐車場の屋上に行った。沢山車が並んでいる光景は、あの事故のせいで車が怖い僕には恐怖でしかなかったけれど、でも、飛び降りるならそこからが一番いいんじゃないかと思ったのだ。2階や3階からでは死ねずに怪我をするだけで終わるかもと思うと、最上階から飛び降りるのがいいだろうと。


「ねえ、何してるの?」


「わ!?」


立体駐車場の非常階段の手すりから下を除いていると、いきなり声をかけられ驚いた。振り返ると、非常ドアのところにランドセルではなくリュックを背負ったAちゃんがいた。


「君、B君でしょ。何? 飛び降り自殺?」


「え!? いや、そうじゃなくて、その」


「飛び降り自殺するなら別の場所でやった方がいいよ。こういうところでやると、慰謝料請求されるから」


パニックになってしまった僕は、何も言えず黙って俯いてしまった。彼女はそんな僕の隣に並び立ち、ふたりで手すりの隙間から遥か眼下に広がるコンクリートを見下ろす。沢山の小さな車が玩具みたいに動いている。


「私のお父さん、マンションから飛び降りて死んだんだけど、そのせいで大家とか管理会社から清掃費とか慰謝料請求されちゃって大変でさ。そのせいでお母さん、ますます頭おかしくなっちゃった」


なんと言っていいか分からなかった。


「あ、ごめん。いきなりこんな話されても困るよね」


「う、うん。困る」


「何それ、正直な奴」


「ごめん」


「別にいいよ。ねえ、君暇ならちょっとだけそこにいてくれない? 嫌なら耳塞いでてもいいからさ。なんなら途中で逃げてもいいし」


そう前置きすると、Aちゃんは死んだお父さんの話をしだした。Aちゃんのお父さんはサラリーマンで、ある日痴漢の冤罪事件に遭って会社をクビになり、奥さんとも離婚することになったらしい。


相手は女子高生、未成年だから相手の親も乗り込んできて、修羅場になってしまったそうだ。テレビのニュースでも顔と実名が報道され、それが原因でAちゃんは「犯罪者の子」とイジメられているという。


「弁護士さんが言うにはそいつ、前にも痴漢で結構な額の賠償金踏んだくってるって話でさ。ムカつくよね。被害者ぶってるくせに本当は加害者なのにさ。どいつもこいつもみーんなそいつの味方で、お父さんは悪者」


裁判は敗訴。痴漢で懲戒免職にされたせいで退職金ももらえず、貯金の半分は離婚した奥さんに持っていかれた。近所からの視線や陰t口は酷いもんだし、引っ越すにしても無職の前科一犯ではそれも難しい。


遂に我慢できなくなって、Aちゃんのお父さんはまだローンが残っているマンションから飛び降り自殺してしまったという。


「お母さんは私がお父さんのとこに残ったくせに今更なんだって恨みがましいし、慰謝料払うの払わないの裁判で揉めてるし、もううちん中グッチャグチャだよ。だから、私もお父さんみたいに死のうと思ってさ」


「え!?」


「君が転校してくる前の話ね。だけど、思ったんだよ。なんで私たちだけがそんな死に方をしなきゃならないんだろうって。腹が立って、頭に来るじゃん?」


「それは、そうだね」


「だから、無駄な犬死にをするのはやめたの」


幸い相手の名前と顔は判っていた。冤罪女子高生の着ていた制服から学校を調べ、待ち伏せして自宅を突き止めた。子供、それも、女の子のストーカーを怪しむ人間はあまりいないから、それほど大変ではなかったという。


お父さんが生前買い与えてくれたというスマホはまだ生きているから、しばらく尾行して得た情報を元にSNSのアカウントを特定。しばらくSNSを通じてアップされる自己顕示欲満載の情報で、彼女の動向を監視していたという。


「あの、なんで僕にそんな話するの?」


「誰でもいいから、聞いてもらいたかったから、かな? 私さ、今日は気合い入れてフードコート来たんだよ。最期の晩餐って奴? そしたら君がお父さんみたいな思い詰めた暗い顔で屋上行ったから、もしかしてと思って」


君とここで会ったことは誰にも言わないから安心していいよ、とAちゃんは笑った。


「とにかく、どうしてもここで飛び降り自殺がしたいとか、もしくは高額な慰謝料で遺族を苦しめてやりたいってわけじゃないなら、川とかに飛び込んだ方がいいと思う。自殺か事故で警察も判断に迷うって話だから」


じゃあね、と手を振って、笑顔のAちゃんが去っていく。夕日が彼女の後ろ姿を照らした。僕は呼び止めるべきか迷った。伸ばした手が宙を切って、結局僕は声をかけられなかった。それが、僕がAちゃんと話した最初で最後の思い出になった。


真っ暗になってから家に帰ると、おばさんに泣きながら酷いこと言っちゃってごめんねと謝られた。正直、Aちゃんのことで頭がいっぱいで、おばさんの存在が頭から抜け落ちていたことにそこでようやく気付いた。


幸いおじさんは残業でまだ帰ってきてなかったから、僕たちは何事もなかったように振る舞い、そして、夜中になっても僕はずっとAちゃんのことを考えていた。


次の日、日本中が大騒ぎになった。女子小学生が女子高生を包丁で刺殺したというニュースが流れたのだ。Aちゃんは犯行に及んだ後、時間差で複数の動画投稿サイトに自分の遺言動画がアップロードされるよう予約投稿していたのである。


自分の父親が痴漢の冤罪をかけられ、自殺に追い込まれたこと。自分も死のうと思ったこと。死ぬ前に父親の仇を討とうと思ったこと等を、赤裸々に暴露して。


それらの動画はすぐに削除され、アカウントもBANされたが、一部始終がコピーされネットに出回り、その影響は海外にまで波及した。日本のみならず世界中がこの痛ましい事件に関心を向け、騒ぎは過熱していく一方だった。


当然、学校にもマスコミが押し寄せてきて、街中がとんでもない騒ぎになった。Aちゃんの名前は未成年だから匿名で報道されたが、彼女の母親や彼女が通っている小学校など、その他の情報はモロバレだったのである。


当然学校側は大騒ぎになり、保護者や生徒である僕らもしばらくしっちゃかめっちゃかな状態になって、臨時集会と臨時休校が繰り返された。校門の近くで生徒を捕まえて話を聞き出そうとするマスコミと、子供を迎えに来た保護者が揉めたりもした。


僕は「あの日、君はAちゃんと会ったよね?」と警察の人に問い詰められるんじゃないかと思うと怖くなって、何も言えずにガタガタ震えていることしかできなかった。


幸い「あんな事件があったのだからそりゃ怖いだろう」とおじさんとおばさんは僕を怪しむ様子もなく、また警察がうちに来ることもなかった。


Aちゃんが現行犯逮捕されたから、というのもあるのかもしれない。彼女は件の女子高生を刺殺した後、自分で警察に電話で通報したそうだ。目的を果たしたから自首したのか、それとも他に理由があったのか。


テレビやSNSでは小学生女児が明確に殺意をもって人を殺したという事実の如何と、事件の動機になった痴漢事件の冤罪の真偽が紛糾した。Aちゃんの境遇に同情し擁護する声もあれば、犯罪者の子は犯罪者だと叩く声もあった。


Aちゃんのお父さんが本当に冤罪だったのかは誰にも分からない。Aちゃんは冤罪だ、と言っていたけれど、本当はそうじゃなかった可能性だってある。だけど、それを確認する術はもう永遠にないのだ。彼女のお父さんも、女子高生も、既に死んでしまったのだから。


子供は純粋無垢だ。子供は清廉潔白だ。子供は善良だ。大勢の大人がそんな風に無責任に抱いている幻想をぶっ壊したAちゃんはその後、少女少年院に送られたという。


一連の騒ぎが収まるまでに3ケ月はかかった。最初の1ケ月は街中至るところに報道陣や記者が押し寄せていたが、2ケ月目にはその熱も冷め、もっと別の事件に注目が移っていった。一部団体から圧力がかかったのだ、という陰謀論も飛び交った。


マスコミのカメラの前で半狂乱になっていたAちゃんのお母さんは精神病院に入院したらしく、Aちゃんのクラスメイトだった僕たちにはカウンセリングが義務付けられ、学校にはいつも通りの日常が戻りつつある。


その一方でおめでたいニュースもあった。おばさんの妊娠が発覚したのだ。僕には笑顔で祝福する以外の選択肢がなかったから、そうしておいた。


おばさんは引っ越したいとおじさんに話していた。あの小学校に生まれてくる子供を通わせたくない、と。実際、事件の後に転校していった生徒も何人かいる。有名な私立中学への進学を狙っている子たちからすれば、とんでもない風評被害だろう。


「……」


あの事件から半年。僕は橋の上から川の水面を眺めていた。飛び降りに来たとかそういうのじゃなくて、なんとなくこうして川を眺めに来るのが癖になってしまったのだ。川の水面は濁っており、キラキラと光を反射していたが、綺麗とは言い難い。


おばさんたちとは表面上は上手くやっている。僕を引き取らなければ児童の保護者としてあの小学校と関わり合いになることもなく、ただ他人事として同じ町内で起きた怖い事件、で済んだであろう人たち。


最近は悪阻とマタニティブルーで前にも増して感情的になる機会が増えたおばさんは最近、生まれてくる子供と僕を平等に愛そうと気を遣い出したおじさんに対し風当たりがきつくなってきた。出産後には、更なる波乱が待っているかもしれない。


だけど、この半年間僕の頭の中にずっとあったのはいつだってAちゃんのことだ。殺人小学生。凶悪犯罪者になった犯罪者の子。彼女は今、女子少年院でどうしているのだろう。彼女はこれから、どうするのだろう。


誰も答えてはくれない問いを胸に抱きながら、僕は川の水面をじっと見つめていた。

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