下っ端サポーターの僕が勇者を泣かせた話~外道勇者にはめられた僕は、培ってきたサポーターの能力をフルに使ってダンジョンを駆け上がる。その頃、勇者は僕に身を預けて泣いて謝った~
みずがめ
本編
とあるダンジョンの中。勇者パーティーが一塊になって逃走していた。
「オリバ! テメーなんでトラップに気づかなかったんだ? この役立たずめっ!!」
「クソがっ! サポーターは仕事もまともにできないのか!」
「無能のくせに勇者デューク様のパーティーに入っていること自体が間違いだったのよ!」
先頭を走る勇者のデュークさんが僕をなじる。それに呼応して他のパーティーメンバーからも罵倒を浴びせられた。
「僕はフロアにトラップがないか調べ終わるまでは迂闊に触れないでくださいと言いました! それを破ってトラップの宝箱に触れたのはデュークさんたちじゃないですかっ!」
「うるせえ! 口答えすんな!!」
走りながら大声で言い返すと、デュークさんはもっと大きな声で僕を威圧した。
僕は口を閉ざす。デュークさんと口論する暇が惜しい。
背後からはおぞましいモンスターの声が追ってきていた。宝箱のトラップから湧いて出てきたモンスターは、これまでダンジョン内で遭遇したものとは存在そのものが違っていた。
今の勇者パーティーのレベルでは万が一にも勝てやしない。パーティー全員がそれを理解できるくらいには、トラップモンスターのレベルが違っていた。
「くっ、俺が足止めをする! みんなは先に行け!」
誰よりも速く先頭を走っていたデュークさんが、いきなり反転する。剣を抜き、自らを囮にする構えだ。
さすがは勇者だ。さっきは腹の立つ言葉に思うところがなかったわけじゃないけど、土壇場ではやはり勇者らしい行動ができる人だったのだ。
「ありがとうデューク!」
「気をつけてくださいデューク様!」
「絶対に生きて帰ってこいよ!」
パーティーメンバーが次々とデュークさんの横を走り抜けていく。
「デュ、デュークさん……本当に大丈夫なんですか?」
最後尾の僕がようやく追いつき、デュークさんはニヤリと笑った。
その笑みは、モンスターを足止めする自信があるという意味じゃなかった。
「あ? オリバ、お前はここまでなんだよ。この役立たずのザコが!」
「え?」
デュークさんは突然壁を殴りつけた。その瞬間、カチリと不穏な音が聞こえた。
その壁は見覚えがあった。ついさっきここを通る時に、僕が危険だから触らないようにと注意したトラップだった。
そのトラップは、落とし穴だ。
ふっと、足場がなくなった。
「パーティーの危機を救った俺は称えられ! 役立たずでノロマのオリバはここで死ぬ! 大した労力もなくお前を消せるんだからラッキーだったぜ! 正当な理由があろうが、追放するのは勇者として外聞が悪いからよ!」
スローモーションで落下していく僕に向かって、デュークさんは高笑いを上げていた。
なんて人だ。いや、人と思うことすら嫌悪感が湧いてくる。
自分でピンチに陥ったくせに、それを僕のせいにした。それだけじゃなく僕をはめるためにダンジョンのトラップを利用するだなんて……っ。
僕は初めて、殺したいほど人を憎んだ。
「……あ?」
高笑いしていたはずのデュークが、表情を凍りつかせた。
追ってきていたモンスターから伸ばされた触手が、デュークの足を絡めとったのだ。僕と同じように、モンスター共も落とし穴へと真っ逆さま。触手に引っ張られ、デュークも暗闇の底へと落ちた。
「う、嘘だろ……っ。うわあああああぁぁぁぁぁぁーーっ!!」
断末魔のように叫ぶデューク。その顔は恐怖で歪んでいた。
「……ざまぁ」
僕自身も命がないだろうに、最後にデュークの絶望に染まった顔を見ることができて満足してしまった。
こうして、僕たちは真っ暗などん底へと落ちていったのであった。
※ ※ ※
「う……ここは……?」
意識を取り戻す。反射的に自分の身体の状態と周囲を確認した。
少し痛むけど、特に大きなケガをしたわけじゃなさそうだ。周囲は真っ暗でどこなのかは確認できない。
「僕は、生きてるのか……」
半ば死を覚悟していただけに、ここが神様の元なのかもと考えた。でも一向に神様は現れないし、ごつごつした床の感触はダンジョンの慣れた感触と一致していた。
落とし穴のトラップにかかったということは、さっきいた場所よりも下の階層のはずだ。……まずいな。
ダンジョンは下の階層であればあるほどモンスターが強力になる。だから、自分のレベル以上の階層にいるのはそれだけでピンチだった。
僕たちを追っていたモンスターもいくつかは落とし穴に落ちていたのを見たが、どうやら近くにはいないらしい。落下したダメージで消滅してくれたのならラッキーなんだけどな。
「う、うぅ……。痛ぇ……」
僕ではない呻き声。ラッキーばかりでもなかったようだ。
「──ライト」
近くにモンスターの気配がないのを確認して、魔法で明かりを灯した。
明かりに照らされたのはデュークの姿だった。僕を切り捨てた外道だ。
「ま、眩しいっ。こ、ここはどこだ?」
デュークは慌てて辺りを見渡した。それからすぐに僕を見つけてぎょっとする。
「オリバ!? お前なんでこんなところにっ!?」
「忘れてんの? デュークのせいで僕は落とし穴のトラップに落とされたんだ。間抜けな君も一緒に落ちたみたいだけれどね」
「あ……」
記憶が戻ったようで、デュークの顔が絶望へと染まる。その顔を見ると思わずニヤニヤしてしまうから今はやめてほしい。
これからダンジョンを脱出しなければならない。笑っている暇はないのだ。
もちろん、デュークに復讐する時間も体力も惜しい。こんな場所でなかったら僕自ら復讐してやるところだが、生き残る可能性があるならこんな外道に構ってる場合じゃない。
パチンッと指を鳴らして明かりを消す。
「ななな、なんで明かりを消すんだよ! 真っ暗だと危ねえじゃねえか!」
「うるさい」
デュークが黙った。パーティーで一番うるさくて内心でうんざりしていたものだったけど、一言で黙ってくれるならもっと早く言えばよかった。
「ダンジョンから脱出するのに、どれくらいの時間がかかるかわからないんだ。少しでも魔力を節約するに決まってるだろ。それに、暗くて見えなくてもモンスターの気配くらいはわかる」
「こ、ここから脱出できるのか?」
「できるできないじゃない。やるしかないんだよ。僕は黙ってモンスターの餌になるのはごめんだからね」
そんなわけで、早速行動開始だ。
「ちょっ、待てよ! 暗いんだからゆっくり歩けよ」
「は?」
上へ続く道を探そうと歩き出すと、なぜかデュークが僕の後をついて来ようとする。
「何ついて来ようとしてるの? 僕を殺そうとしたくせに、一緒に行動するだなんてあり得ないだろ」
「な、何言ってやがんだよオリバ」
暗くてよく見えないのに、デュークがへらへら笑っているのがはっきりわかった。
「勇者の俺が、んなことするわけねえだろ? あれはギリギリの戦いの末に起こった不幸な事故だ。俺がトラップを発動させなきゃ仲間が危険な目に遭ってた。そうだろ?」
僕はその「仲間」に入ってなかったんだろうね。
デュークの魂胆はわかる。戦うことができても、彼は僕のようにトラップを発見したり、明かりを灯すなどの日常魔法を使えたり、モンスターの気配を察知したり、ダンジョンマップを作ったりなどはできない。
このダンジョンを無事に脱出するため、僕の力がどうしても必要ってことだ。だから役立たずの僕に媚びている。
「……そうか。あくまで不幸な事故、だったんだね?」
「あ、ああ……。わざとじゃなかったんだ。本当だぜ、信じてくれよ」
「わかった。それなら仕方がないね」
気配でデュークが安堵したのが感じ取れた。
別に、僕はデュークを許したわけじゃない。
デュークと行動を共にすることは、僕にとっても都合がいい話というだけだ。僕はサポーターで、補助はできても戦闘に向いてはいないのだ。
できるだけモンスターに見つからないように行動するつもりではいたけれど、もしもの時はデュークに戦わせればいい。僕の身代わりになってくれるなら利用してやろうじゃないか。
そして、もしチャンスがあれば今度は僕がデュークをトラップにかけてやる!
相手が国王に選ばれた勇者だろうが関係ない。どうせ僕を殺そうとした危険人物だ。ダンジョンから脱出できたらパーティーを抜けるつもりだが、できることなら僕自身の手で復讐してやりたかった。
命を落としかねなかったのだ。僕にはそれくらいの権利はあるはずだ。
それに、勇者は唯一無二の存在というわけでもない。デューク一人が死んでしまおうが、世界に影響なんてないのだ。また王様が勇者を選び直せばいいだけの話だからね。それは何度もやってきたことだ。
「この階層のモンスターは強力なはずだ。できるだけ避けていこう。音を立てないように気をつけて、僕について来てくれ」
「わ、わかった」
デュークは素直に返事をした。いつもこうして文句を言わずにいてくれたら、僕のストレスも少しは緩和されていたのにね。
※ ※ ※
パーティーのレベル以上の階層を進むことは、想像を絶する緊張感が伴った。
普通の状態でも危ういのに、今は僕とデュークの二人だけだ。それにモンスターから逃げていた時に大切なアイテムをいくつか落としてしまっていた。
そのアイテムの中には食料や水も含まれていた。なので時間をかけすぎるとダンジョンを脱出する体力がなくなってしまうだろう。
モンスターを避けながら慎重に進む。できるだけ時間を短縮してダンジョンから脱出する。その二つを同時に行わなければならなかった。
「おいオリバ。喉が渇いたぞ。水をくれ」
だというのに、デュークは尊大な口調で僕に命令をした。
今がどういう状況なのか、もう忘れてしまったらしい。脳みそ入ってんのか?
「水はないよ。さっきの落とし穴のせいで失くしたんだ」
「はぁ? テメェ無能かよ」
コイツ……。今すぐ復讐してやろうか?
「あったとしてもほとんど残っていなかったけどね。僕が帰りのことを考えて飲んでくださいって言ったのに、話を聞かないデュークがたらふく飲んでいたからね」
「うっ……うるせえ! 俺に文句言ってんじゃねえぞ!」
僕は足を止める。後をついて来ていたデュークが僕にぶつかり、ドスンッと尻もちをついた。
「いてて……。オイ! 何急に止まってんだよ!」
「僕はいつでも君を置いて行ってもいいんだよ?」
冷たい口調で言い放つ。デュークが喉を詰まらせたのがわかった。
「何を勘違いしているのかは知らないけど、僕はデュークの力がなくてもダンジョンを脱出するだけならできるんだ。いつもの態度でいるつもりなら、これ以上付き合ってられないよ」
必ずしも一人で脱出できる保証はない。でも、まともに明かりを灯すことすらできないデュークを信じさせるには充分な言葉だったようだ。
「わ、悪い……。ダンジョンから出られるまでは、オリバの指示に従うぜ……」
「その代わりダンジョンから脱出できたら覚えてろよ」と、心の声が聞こえた気がした。
まあデュークがイライラするのもわからなくはない。
ほんの数時間程度だが、暗闇の中で、いつ遭遇するかもわからないモンスターから身を隠しながら先のわからない道を進んでいるのだ。
僕だって喉がカラカラだし、明かりをつけて腰を下ろしたい気持ちもある。
そのことを意識すると、急激なストレスに襲われた。
少しだけストレスを発散するために、僕はデュークの頭を叩いた。
「痛ってぇっ! 何すんだテメェッ!」
「大声を出すな。さっきからうるさいんだよ。モンスターが集まってきたらどうするんだ? 今のは暴力じゃなくて戒めだよ」
「ぐぬぬ……」
悔しがるデューク。僕の心が少しだけすっとした。
「っ!? まずい! モンスターだ!」
「何っ!?」
モンスターが急接近していることを察知した。それも複数だ!
「デュークが大声を出すからだ!」
「オリバが俺を殴ったからだろ!」
言い合いをしている暇はなかった。モンスターの気配がすぐそこまで来ている。
暗闇に目が慣れてきていたが、明かりもない状況では戦えないだろう。僕は「ライト」と唱えて明かりを灯した。
「おいおい、マジかよ……」
デュークが絶望の声を漏らした。
遭遇したモンスターはバジリスクだった。高ランクパーティーでも戦闘を避けるレベルのモンスターだ。
しかも数は五、六、七……八体。倒すどころか逃げるのも難しい数だった。
「に、逃げようぜ……バジリスクなんかに勝てっこねえ……」
「見つかった時点で逃げられるわけがないだろう。逃げて死ぬか、戦って死ぬかの二択だよ」
「どっちも死んでんじゃねえかっ!」
叫ぶデューク。でも、生存が難しいのも確かだった。
デュークを盾にして僕だけでも逃げたいところだけど、そう上手くはいかないだろう。一体だけならそれもありだったかもしれないのに、運悪く八体ものバジリスクに見つかった。どうやったって逃げられやしない。
諦めそうになった時だった。デュークが剣を引き抜きながら叫ぶ。
「畜生! こうなったらやってやんよ! どうせ死ぬなら、勇者らしく戦って死んでやらあっ!!」
デュークが前に出た。バジリスクが警戒するようににじり寄る。
……本気で戦う気か? いや、やけっぱちだろう。
だとしても、外道のデュークが戦うってのに、僕が何もしないなんてあり得なかった。
どうせデュークがやられたら次は僕が襲われるんだろうしね。だから、僕に何かやれることがあったとしても、そのタイミングは今しかない。
瞬時に地形を把握する。視界に入った瞬間、トラップの有無が情報として頭に入ってくる。
このフロアにもいくつかトラップを見つけられた。
どんなトラップなのか。大まかなところまですぐに把握できる。それが僕の経験による力だ。
やるしかない。バジリスクがデュークに気を取られている今、僕が動けるチャンスはここしかなかった。
「伏せろデューク!」
大きな歩幅で右斜め前四歩。僕は思いっきり地面を踏み抜いた。ガシャコと何かスイッチのようなものを押した感触が靴底を通して伝わる。
その勢いのまま倒れ込む。その瞬間、壁の方から怪しい音がした。
ギギギ、ゴゴゴ……。音が止むのを待たずに、トラップは発動していた。
頭の上を通過するのは鋭い風切り音。ヒュンヒュンヒュンッ! と音が僕の上を通る度に体中の血液が冷えていくような気がした。
「グギャアアアアアアーーッ!!」
バジリスクのものらしき叫び声が地面を揺らす。
風切り音が止んで、しっかり間を置いてから顔を上げた。
「おお……や、やったのか?」
声を漏らしたのはデュークだった。僕と同じように伏せていたようで、顔を上げた先の光景に驚いていた。
あれだけいたバジリスクは、起動したトラップで放たれた矢に全身穴だらけにされていた。
ただの矢じゃない。人の身では扱えないほどの大きさで、硬度もかなりのものだった。実際に並みの攻撃では傷一つつけられないと言われているバジリスクの体を貫通している。もし人間だったら、ただの一発で体がバラバラになっていたかもしれない。なんて凶悪なトラップなんだ……。
とにかく、これでバジリスクの群れは全滅だ。
「は、ははは……やったのか?」
「見ての通りみたいだよ」
「お、おおーーっ! すげえっ! 俺たち生き残ったんだ!!」
デュークは飛び上がって喜びを表す。
「ありがとな! オリバのおかげで助かったぜ!」
笑顔でデュークに感謝された。あのデュークに……っ!?
「あ、ああ……」
動揺したからか、デュークの笑顔をマネするように表情筋が動いた。今、ものすごく変な顔になっている気がする……。
そんな緩んだ空気を、不穏な音がぶち壊しにした。
ズンッ! と、重量感のある音がした。
音の方に顔を向ければ、僕たちに影が差す。
「そ、そんなバカなっ!?」
バジリスクが、僕たちを見下ろしていた。
横からの矢の雨で全滅したかと思われたバジリスクは、一体だけ生き残っていた。おそらく他の個体が盾になったのだろう。
一斉に倒れたものだから全滅したと早とちりしてしまった。ちゃんと確認しなかった僕の失態だっ。
「ぼーっとしてんじゃねえっ!」
横から衝撃を受けて吹っ飛ばされる。
デュークに吹っ飛ばされたのだと気づいたのは、壁に激突して起き上がった時だった。
「く、くそが……」
僕が顔を上げた時には、デュークは血みどろになっていた。真っ赤に染まった体を見て、立っているのが不思議なほどの傷を負ったのだと知る。
デュークは僕を庇って、バジリスクの攻撃をまともに受けたのだろう。
「デューク!!」
「う、うるせえよザコが……。早くどっか行きやがれ……」
弱々しい憎まれ口だ。腹を立てるほどの迫力はない。
バジリスクがとどめを刺そうと次の攻撃モーションに入った。
「こ、このバカ野郎っ!!」
僕は動いていた。考える間もなく、勝手に体が動いていた。
僕は戦闘ができない。僕ができるようになったのは、みんなのサポートだけだった。
魔力を振り絞る。攻撃魔法は一つも覚えられず、覚えたのは日常魔法だけだった。
「──ライト!」
明かりを灯す魔法。今まで使ってきた、なんてことのない魔法だ。
しかし、僕の魔力をありったけ凝縮した光源は、今までの比じゃなかった。
ダンジョンが、白く染まる。
「グギャアアアアアアァァァァーーッ!!」
まさに目が眩むほどの光だ。それをバジリスクの目の前に生み出したのだ。完全に視界を潰した。
「お、おお……」
「逃げるぞデューク! じっとしてろ!」
デュークの意識はもうろうとしていた。ほとんど目が開いていなかったようで、強烈な光の餌食にはならなかった。あまりに切羽詰まっていたから注意を口にできなかったことだけは申し訳ないと思った。
フラフラになっている彼を抱えてこの場を離脱する。僕は目をつむったまま、頭に描いた地図通りに安全地帯へと急いだ。
※ ※ ※
ダンジョンにはモンスターが近寄らないフロアがいくつかある。
デュークを抱えながらも、その安全地帯へと逃げ込むことができた。
「おい! 大丈夫かデューク!」
デュークの体を地面に下ろす。攻撃を食らった傷痕が痛々しい。
「あ、ああ……。へへっ……また、助けられちまったな……」
彼らしからぬ弱々しい声。この殊勝な態度こそが傷の深さを表していた。
「くそっ! お前があんなことするなよ……」
理由はわからない。けれど、デュークが僕を庇ってバジリスクの攻撃を受けたのは事実だ。
僕がいないとダンジョンから脱出できないと考えたのか、微かにあった勇者としての勇敢な心が体を勝手に動かしてしまったのか。ただ何も考えていなかっただけなのか……。
とにかく、デュークが僕を助けたのは事実だ。命を張ってもらった以上、僕を罠にはめたことを今更とやかく言えるわけがなかった。
「少し我慢しろよ」
僕は回復魔法が使えない。できるのは応急処置くらいのものだ。
薬草と、毒をもらったかもしれないので毒消しも取り出す。猛毒だろうが治癒してしまう優れものだ。使い方に癖があるので注意が必要だが。
手早く傷を消毒し、出血が広がらないように処置をした。体力までは回復しないので、やはり本職の回復術師には劣ってしまうな。
「デューク、立てるか?」
「ああ……悪いな、オリバ……」
デュークに肩を貸した。出血は止められたが、満身創痍の状態で進まなければならなくなったのは変わらない。
それでも、僕にデュークを見捨てる気持ちはなくなっていた。
「行くぞデューク」
「ああ……。オリバ、俺が動かなくなったら置いていけよ……」
「……」
らしくもなく、弱気になっているデュークの言葉は、聞かないフリをしてやった。
僕は自分の能力をフルに使ってダンジョンを進んだ。
慎重に急いで進む。モンスターを避け、トラップをかわし、デュークの体力の消耗を加味しながら先を急いだ。
余計なことを考えなければ上の階層に行くのは早かった。上へ、上へと確実に出口へと向かっていく。
「はぁ……はぁ……」
僕とデュークが落とし穴にはまった階層へと辿り着く。ここまで来ればモンスターの強さも大したことがない。
でも、それは普段のパーティーならという話。疲労困憊の僕と、満身創痍のデュークでは全滅の危険は変わらなかった。
「オリバ……」
「どうしたんだデューク?」
「身勝手な考えでお前をこ、殺そうとして……本当に、すまなかった……」
デュークはボロボロと泣いていた。
心の底からの謝罪だった。ここまで一緒に来て、その気持ちを疑えるはずがなかった。
「僕も……バジリスクから助けてくれて、ありがとう……。本当に感謝してる」
いつの間にか僕も泣いていた。涙が零れてしょうがなかった。
僕たちは無言で足を動かし続けた。お互いに倒れそうになりながらも、お互いを支え合って歩き続けた。
歩いて、歩いて、歩き続けて……そして、ついに僕たちはダンジョンを脱出できたのだった。
※ ※ ※
ダンジョンから脱出した僕とデュークは、発見されてすぐに入院した。
ダメージや栄養失調で、元通り回復するまで何日もかかった。回復術師がいる病院でそれだけかかったということは、冗談抜きに命の危機だったのだろう。
「オリバ、今まですまなかった! これからはちゃんと待遇を見直すからパーティーを抜けないでくれ!」
デュークは僕に向かって深々と頭を下げた。
僕は勇者を助けた恩人として有名になった。それを広めているのがデューク本人なのだから、パーティーメンバーも信じるしかないようだ。
今までサポーターは冒険者の下働きだと言われていた。だから報酬が少なかった。
でも、デュークの命により、僕への不当な扱いはなくなった。報酬も見直されることになった。
「その壁にトラップがあるから触らないで。向こうの通路からモンスターが来てるよ。スライムだから魔法の準備をして」
「「「了解!!」」」
みんな僕の助言を素直に聞いてくれるようになった。おかげでダンジョン攻略が捗った。
パーティー全員がそれぞれの役割をこなす。その単純なことが円滑にできるだけで、勇者パーティーはとてつもなく強くなる。
──それが正しいということを、僕たちのパーティーが最速で難関ダンジョンを攻略した事実によって、世界中に証明するのであった。
下っ端サポーターの僕が勇者を泣かせた話~外道勇者にはめられた僕は、培ってきたサポーターの能力をフルに使ってダンジョンを駆け上がる。その頃、勇者は僕に身を預けて泣いて謝った~ みずがめ @mizugame218
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