最終話 ここでは俺の言うことをよく聞けよ

俺が思いついた方法を話すとビッグ・ジーは怒り狂った。

「テメェ、そんなイチかバチかの博打に島の人間全員を巻き込むつもりか!?」

「そう……なってしまうんだよな……」

「ふざけんな! やっぱお前はろくでなしアスホーだ」

「勝算はあるんだ。この島が観光地化して、世界中から人が訪れている今だからこそできる……かもしれない方法なんだ」

「ああ、そうだな。そんでもって、島中どころか、世界中が巻き込まれるイカレた方法だ!」


こうして改めて言葉にされると、自分がやろうとしていることの恐ろしさがよく分かる。本当にこんなことをして良いのか? いや、良い訳がないのだが、因習を終わらせる方法はこれしか思いつかない。

「そう……だよな……ダメだったら世界中大変なことになるかも知れないし、俺とお前は確実に真っ先に死ぬ」

「……自分の命は惜しくねぇ。でも関係ない人間や家族は巻き込みたくねぇよ」

「大丈夫なはずなんだ」

「“はず”ってなんだよ」

「“はず”は……“はず”としか……でも、上手くいけばこの島の因習は消えるんだ」


ビッグ・ジーは頭を抱えてうずくまった。俺がどう声をかけて良いか分からずオロオロしていると、突然ビッグ・ジーが叫んだ。

クソ野郎ファッキュー!! 分かった、やってやるよ!」

「え? いいのか?」

「お前、強気なのか弱気なのかどっちかにしろよ! トンデモナイこと言い出したと思ったらナヨナヨしやがって!」

「うるさいな。普通ビビるだろ!」


大声に気が付いてビッグ・ジーの両親が覗きに来た。

またビッグ・ジーと両親が言い合いを始めそうになったが、誰より先に声を発したのは俺だった。


「お祭りをしましょう! 島中のみんなで!」



島神様には名前がない。よそ者神様名前がない。

名前を知れば殺される。名を知る人は皆、死んだ。

誰も名前を知らない神は、誰にも呼ばれぬ神様は、寂しくなって人に憑く。

人を見つけて憑きまとう。

もしも、あなたの名前を知れば、寂しい神様、あなたを呼ぶよ。

きっと返事をくれるまで、ずっとあなたの名前を呼ぶよ。



俺はビッグ・ジーに教えられた洞窟に来ていた。

夕暮れを背にして見る洞窟は、真っ暗で飲み込まれそうな気がしてくる。

恐怖心を抑え込み、中に歩を進める。


洞窟の中の空気は、目一杯の湿気を含み背筋が凍るように冷たい。

懐中電灯の灯りだけの視界で、慎重に進んでいく。


この洞窟で俺がすることは2つ。

1つは、神の名を聞き出すこと。

そしてもう1つは、封印を解くこと。


俺がやろうとしていることは因習の破壊だ。

ビッグ・ジーはホテルに話を通して、島を上げてのお祭りというイベントを仕立て上げる。そして俺がその場で神様の名を広め「この祭りは島の神様と一緒に楽しむパーティーなんですよ」と新たな風習を作り出して因習を上書きする。


人を殺す荒ぶる神を、人間と共に祭りを楽しむ陽気な神に変えて祀り直す。祟りを起こした人間を、神様として祀り鎮めるのと同じ要領だ。


そして観光地化した現代のこの島にいる観光客、出稼ぎ労働者、島民……合わせれば1万人を超えるであろう人々を巻き込み、神様との綱引きに勝つ。

俺が思いついた「ダンプカーに綱引きで勝つ方法」とは「人海戦術」だった。

百人で勝てないなら、千人、万人で引きずり返す。


無茶苦茶な作戦だ。失敗すれば祭りの参加者が全員ことになる。


「大丈夫なはずだ……」


しかし俺には、不思議な確信があった。それは、神様がに来たがっている、と言う確信だ。人間をに引きずり込みたいのではない。暗くて寒い洞窟から出たくて、神の方が人にすがっている。強い側が弱い側にすがって、そのせいで破綻したのだ。


現代は、神様の時代より圧倒的に人間が増えた。だから、神様を引き上げることもできるかも知れない。


しかし一方で、文明が発展して因習は消え、ただのミームになりネットのおもちゃになった。神話はコンテンツになり、畏れの対象ではなくなった。生贄と言う言葉は軽くなった。孤独でも生きて行けるようになり繋がりも、繋がりを絶つことも軽くなった。人の命の重さですらも、平等という建前と好き嫌いで殺したい本音の隙間で軽くなっていく。


生贄は人にとって重たいものでなければならない。現代で、多くの人が共有できる“尊い犠牲アイコン”は少ない。生贄という存在を、コミュニティに殺された哀れな犠牲者と解釈する者、自ら死を選んだ迷信深い愚者と解釈する者、誇り高い自己犠牲の体現と解釈する者、バカ騒ぎのメインイベントと解釈する者。多くの解釈があり、それぞれがそれぞれを見下して否定している。


信仰が消え、因習が消え、共有された価値観は多様性ただしさの対義語になった。

神への思いは因習では伝わらない。人間の気持ちがバラバラでは儀式の意味がない。そこには祈りがないのだから。


それでも


「心が誰かに届くなら、神様だって救えるはずだ」


どのくらい歩いたか、洞窟の最奥にたどり着くとそこには南の島には似つかわしくない木製の社があった。俺にとっては見慣れた、和風のデザインだ。

島に来たばかりの四伝手の人間―――ヨルデン家の始祖たちが作った祈りの場所なのだろう。


俺は社の前で手を合わせる。


わたくしの名前は四伝手 修。四伝手の次男でございます」


深く礼をしながら続ける。


「名を失った島神よ、これから楽しい祭りを開きます。貴方をお呼びするために、どうか、どうか、その名を教えていただけますか」



俺が洞窟から出るとビッグ・ジーが島民を何人も引き連れて出迎えてくれた。

「シュー! 上手く行ったんだな!?」


俺は黙って頷く。


ビッグ・ジーに連れられてビーチに行くと、いくつも屋台が並びホテルの宿泊客たちも集まっていた。すでに祭りが始まっていた。


俺は急いでビッグ・ジーにメモを渡す。多少の作戦変更が必要になったからだ。

ビッグ・ジーはメモを読み、そして俺のために泣いてくれた。



トロピカル・イヌシュー・アイランドの新名物『イヌシュー 島神祭り』の日から3日後。俺は本家の大広間の中央で正座させられていた。周りには四伝手家親族と、本家のお歴々。俺が親戚一同からお説教を受けている理由は3つあった。


1つ目は「生贄という務めを果たさず生きて帰ったこと」

2つ目は「因習を絶つために極めて危険な方法を実行したこと」

3つ目は「呪いを受けて持ち帰ってしまったこと」


俺はあの日、神の名前を知った。そして、声を失った。

医学的には何の異常もない。だが、声の出し方を忘れてしまった。喋ろうとしても、喉を息が抜けていくだけで言葉と言えるような音が出ないのだ。


幸いにも、呪いを受けたのは俺だけだった。俺のメモで神の名前を知ったビッグ・ジーも、その名を聞いてテンションぶち上がっていた祭りの参加者も誰も被害を受けていない。


つまり、俺の作戦は概ね成功したと言って良い。だから、四伝手家から追放処分を言い渡されても、声を失ってもそれほど気にならなかった。


俺だけに呪いが降りかかったのは、最初に接触したからだろうか。それとも、俺だけが自分の名前を教えたからだろうか。


「お前がその神様に気に入られたからだよ」


俺の心を読んだとしか思えない声が飛んだ。声の主は本家の前当主だった。よわい90を超えた妖怪に片足を突っ込んでいるような老爺だ。周りの人間も説教を遮っての突然の言葉に驚いているが、相手が本家前当主ともなると誰も何も言えない。


「お前の声を自分のものにしたいんだろうね。もしも、声の出し方を思い出しても、他人の名前は呼ぶんじゃないよ。ソイツに呪いが向くかも知れないからね。さて、もう良いだろう。話は終わりだよ」


その一言で、長いお説教は終わった。俺は深々と頭を下げて、大広間を後にした。


それから一週間もせずに、俺は四伝手家を出ることになった。本家が手配した2つ県を挟んだ地方都市のマンションへ引っ越し、声が出せないので業種は限られたが何とか事務仕事を見つけて働き始めた。


基本的に在宅でのデータ処理業務なので、コミュニケーションはチャットで事足りるということで、仕事にそこまで影響はない。会話が必要な時もスマホで文章を読み上げさせればいいし、そういった文明の利器がなくても筆談も手話もある。


こういうものが無かった時代なら声が出せなくなる呪いは命にかかわったかも知れないが、文明社会でならどうにかなるものだ。それにしても、俺の人生が終わるはずだった旅がこんな結末になるとは、想像もしていなかった。


そんなことを考えて、俺はビッグ・ジーのモノローグを思い出し、苦笑した。

ちょうどその時、スマホが鳴った。画面を見ると実家からの電話だった。



「お前には、裏で仕事してもらう」

こちらが喋れないことを承知で、一方的に話しているのは俺の父親だ。


「お前は表向き追放ということになっている。だから四伝手家の役割に縛られずに動ける。維持が難しくなった因習を破壊する、払いの仕事だ」

今回の“島神祭り”のようなことをまたすることになるのか。そう思うと、軽いめまいがした。


「ここだけの話だが、昔からそういう“表に出ない分家”というのがあったらしい。私も今回の件で初めて知ったんだがな」


そう聞いて、追放されたというヨルデンの始祖たちを思い出した。

彼らが四伝手家から追放され、家系から消された理由は分からない。しかし、なんとなくだが俺と似たことをしでかしたのではないか、と感じた。生贄を出し続けるための家系だから、それに疑問を持って他の方法を探った者は過去にもいたのだろう。


そしてヨルデン家は、裏の分家になった。追放された後に厄介な神がいるあの島に根を下ろして現在まで封印を守り続けたのは、そういったの務めを帯びていたからかもしれない。


「それで、そのことをどうやって知ったのか分からないんだが……お前の友達だって奴が連絡してきてな。手伝わせろってうるさいんだよ。お前の住所を教えたから、そろそろ着く頃だろう。まー、上手くやってくれ」

電話が切れると同時に、チャイムが鳴った。



ドアを開けると大柄な黒人男性が立っていた。

友よマイメーン! 元気にしてたか!」

「……!」

「あー、おしゃべりできないんだったな。シャイボーイに戻っちまった」

「……」

「お前が家を追放されたって聞いてな。どうせ厄介ごとを押し付けられる立場になっちまうんだろうと思って、手伝いに来てやったんだ」

「……?」

「ああ、お前の顔見りゃ何言いたいかなんてすぐ分かるぜ。なんたって俺様はビッグ・ジー様だからな」

「……」

「ああ、そうだ。なぁ、東京を案内してくれよ。しばらくこっちに居るつもりだからよ。島の封印は無くなったしヨルデン家は暇でな」


俺は、スマホを取り出してメモを書き、ビッグ・ジーに見せる。

ビッグ・ジーはジッとそれを読んで、ニヤッと笑って言った。


「……オゥケィ! しっかり言うこと聞いてやるぜ。じゃ、よろしく頼むぜ。相棒ブラザー!」


◆ 終 ◆

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トロピカル因習アイランドでは俺様の言うことをよく聞けよブラザー Bar:バー @BAcaRdi

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