第2話 シュー・ザ・シャイボーイ

俺の家、四伝手よつて家はこの国で神事を司る一族の分家の1つだ。分家にはそれぞれ役割とそれに合わせた名が与えられている。いくつもある分家の中でも“四伝手”は荒ぶる神を封じるための家。四方に手を伸ばし、くさびを打ち込むための“生贄”の家系だった。


四伝手家では末に生まれた男が家を継ぐ。理由は最も価値が低いから。通例では家督を継ぐはずの長男、子を産める女、働き手になる男の順に生贄としての価値が高く、彼らはに優先的に回される。そして残った一番価値の低い者が家を維持する役回りになって四伝手を残す。

価値の高い子供たちは大切に育てられ、家のお勤めの重大さと人々の生活の尊さを学び、沢山の愛情を注がれて育ち、そしてされる。


俺は四伝手の家に次男として生まれた。物心が付く頃には弟と妹が合わせて3人いて、俺の運命は決まっていた。


それでも、この家に生まれてたことを不幸だと思ったことはない。誰でも大なり小なり、生きる意味を考えてセンチメンタルになる時期がある。そんな時、俺には生きる意味があった。それが嬉しかった。


意味を持って死ねる。

自分の命は尊いのだと信じて死ねる。

未来で待ち受ける“意味のある死”は、俺の命に意味を与えてくれた。


生きる意味を知っているなんて、望んでもなかなか手に入らない幸福だ。誰に話しても理解されないだろうけれど、それでも俺は、自分は得難い幸福を約束されて生まれたのだと信じている。


そして、俺にもお勤めの順番が回ってきた。イヌシューという島に封じられている神の贄となり、封印を維持すること。俺の最初で最期の、だ。



ビッグ・ジーと別れた俺は洞窟の場所を知るために、観光地から離れた場所で聞き込みを始めた。古い伝承を知っている地元の人間を見つけるには、出稼ぎ労働者が多い観光地は向かない。

路地に踏み入り柄の悪そうな店を何件か周り、それでも目ぼしい情報が得られず歩き回っていると唐突に後ろから声をかけられた。


「ヘイユー」

俺が振り向くより先に頭に衝撃が走る。何かで殴られた、と理解する前に俺は路上に転がっていた。


激痛で視界が歪む。動けなくなった俺に数人の男が群がり、ポケットを漁る。

強盗に襲われた、と分かってようやく状況が飲み込めた。

呑気な観光客がわざわざ人目のない所に1人でやってきたのだから、さぞ良いカモに見えたことだろう。


そんなことを考えているうちに、意識が消えていく。


嫌だ。死にたくない。

こんなところで死にたくない。

俺の意味を消さないでくれ。



「シュー。お前やっぱり俺様の話聞いてなかっただろ」

「ビッグ・ジー……? 何が起きた」


目が覚めたとき、俺は路地の壁にもたれて座らされていた。


「助けてくれたのか?」

「……お前クソヤロウに言われた通り、お前バカを見捨てて家に帰ってる所だったんだよ。偶然だ、偶然。やられてんのがお前だと分かってたらほっといたぜ」


どうやら、ビッグ・ジーの家はこの辺りにあるらしい。


「言っただろ。俺様の地元はビーチよりひでぇ所だってよ。聞いてなかったんだろうけどな」

「……それでも、ビッグ・ジーあんたの顔を見て悪さする奴はいない、だったか?」

「イェア。そういうことだ。あとついでに、財布もビザも荷物は全部取り返しといたぜ。中身がかも知れねぇがな」

「増えた分はガイド代に上乗せするよ」


ビッグ・ジーは大口を開けて笑った。

「シュー、頭を殴られてシャイが治ったな」

「うるさいな」


俺もつられて笑っていた。



俺は頭の傷の手当のためにビッグ・ジーの生家にお邪魔することになった。ビッグ・ジーの両親は共に健在なようで、事情を説明しているビッグ・ジーと大声で何か言い合っている。たぶん、ケガの原因がビッグ・ジーにあると誤解されたのだろう。


中々話が進まないようだったので、俺が

「彼に助けられたんだ」

とカタコトの英語で説明したら、何とか通じたらしく、すんなり家に招き入れてもらえた。


手当を受けながら、俺はビッグ・ジーに四伝手家の話をした。俺が抱えた事情の話。

家のことを話したのは、何人目だっただろうか。


……たぶん、3人目だ。


最初に話した中学時代の親友には「中二病だ」と、からかわれたっけ。「面白い設定だろ?」なんて咄嗟に誤魔化したが、その後の会話は何も覚えていない。

次に話したのは兄の様に信頼していた大学の先輩だったか。話したら、心配してくれて、同情してくれて、そんなのは幸せじゃないって言ってくれて……それで、もう誰にも話すまいと心に決めたのだったっけ。


「覚悟は認めるが、諦めてるところが気に入らねぇ」

3人目―――南の島のビッグ・ジーには説教された。


「意味のある死に様ってのは分かるぜ。ブラザー。爺さんもそうだった」

「酷い最期だったんだろ?」

「ああ、ひでぇよ。神様との綱引きに負けて引きずり込まれたんだからな。でも、最期まで戦ったんだぜ。誰にも神の名を漏らさず、誰も巻き込まないように、名を知る最後の生き残りとして戦い続けた。これぞ“意味のある死”って奴だろ」

「俺もそうだ」

「お前は違う。ただ死ぬために来てやがる。いいか。よく聞けよ。戦うってのはってことだ。爺さんは俺様に知恵を残した。みんなを守って村を残した」

「俺も同じだ。俺が生贄になれば島が守られる。お前や家族の、今まで通りの生活が残るだろ」

「お前が死ななくても残るんだよ。封印は爺さんが、俺様の家がしてるんだ」


「……ちょっと待て、どういうことだ」

「俺様の名前はズィジー・ヨルデン。ヨルデンは四伝手よつて家がこの島に来てから名乗った名前だ」

「俺の家の、さらに分家……だって言うか?」

「そっちはウチのことを知らねぇだろうがな。大昔に何かやらかして追放されたって聞いてるからよ」

「家系から消された、忘れられた分家か」

「知り合いから四伝手の人間が島に来るって聞いて、もしかしたらと思ってガイドに着いたんだよ。そしたら案の定だ」


「……いやいやいや! なんでウチの家系から陽気なムキムキ黒人が生まれるんだよ!?」

「衝撃の事実に対して最初の疑問がそれか!? 土地柄だよ!!」


あ、……ああ、まぁ、土地柄か。そうだな。と納得した俺は勢いで浮かせた腰を静かに下して、座り直した。


「とにかく、だ。俺様の爺さんは最期まで戦ったんだ。どうしたら封印を維持できるか、生贄を出さずに済むか、犠牲者を出さずに済むか。神様にずーっと呼びかけられながら必死に考えた。だからお前とは違う。お前は、言われた通りに死ねばいいと思ってる」


俺は何も言い返せなかった。


「そして俺様も戦ってる。神様なんてぶっ飛ばしてやる。そんで、もう誰も生贄になんてさせねぇ……と思ってんだけど、よ」

「急に弱気になって、らしくないな」

「お前のせいだよ。お前が全部受け入れたような顔してやがるから、触れちゃいけねぇような気がしちまった。カッとなって、死にたがりの生贄なりたがりなんてほっとけ、って思っちまった」

「でも助けてくれただろ」

「そりゃぁ……まぁな」

「それにお前が弱気になっている原因は、神様のぶっ飛ばし方が見つからなかったからじゃないのか?」


今度はビッグ・ジーが何も言えなくなった。

生贄を出し続ける儀式なんて、どこも続けたくはない。それでも続けるなら、それは得をする人間がいるか、他に方法がなかったか、どちらかだ。


しばらくの沈黙のあと、俺はある思いつきを話した。


「俺は……命の意味をずっと考えてた」

「ヘイ、シュー。また“生贄になって死ぬのが俺の意味だ”なんて言うなよ」

「そうじゃないよ。神様はなんで人間の命なんてものを欲しがるんだろうって話さ」


長男、子を産める女、働ける男の順で価値が高い。子供の頃からそう教わってきた。

しかし、なぜ神が長男の命を重くみるのか? 女の命を重視する意味があるのか? 労働力になると言っても人間ごときの若者の命を有難がるだろうか? 何かの契約をしているのか? 誰が決めた? なぜ他の方法ではいけないのか? なぜ? なぜ? なぜ?


「んなの、神様の勝手だろ? 分かるわきゃねぇよ」

「俺はな、人にとって人の命が重いから……だと思うんだ。自分たちにとって重たい命だから、神にとってもそうであって欲しい、そうあるはずだ。だから生贄には意味が生まれるんだ、って」

「なんだそりゃ。100%人間の都合じゃねぇか」

「そう、なんだよな」


俺が話した思いつきには、神がいない。人間が勝手な思い込みで、思い通りにならない現実や自然に対して生贄という自傷行為をして現実逃避をしているだけ。そんな解釈だ。神が人を殺しているこの島では、こんな考えの方が現実逃避と言って良い。


また沈黙が続いて、それから俺は考えをまとめ直しながら、ぽつぽつと話した。ビッグ・ジーはそれをジッと聞いてくれた。


「俺は……自分が意味のある事をしていると信じながら……家の皆に信じてもらいながら、死にたかったんだ、と思う。神様のためじゃなくて、家族のために死にたがっていたんだ。きっと」

「それが、本当のお前の“意味”か」

「ああ。認められたいと言うか、褒めて欲しかった……だけなのかも知れない」

「お前は、そういう戦いをしてたんだな。自分を、家族の心の中に残すための戦いだぜ」

「そうだな」

「なら、俺様はお前が死んだら綺麗さっぱり忘れることにするぜ。マザファカ」

「うるさいな。死なねぇよ、アホ」


不意に飛び出した自分の言葉に、自分自身驚いて目を丸くする。

「死なない、か」

「ああ、死ぬなよ。ブラザー」


良いように乗せられた気がする。しかし、嫌な気持ちはしなかった。

そんな自分が無性に可笑しくて、つい噴き出して笑ってしまった。

それを見てビッグ・ジーもゲラゲラと笑う。


そうしてひとしきり笑い合ったあと、俺はある方法を思いついた。

「人の気持ちで神様が動いてくれるなら、生贄じゃなくても良いのかも知れない」

「どういうことだ」

「寂しがり屋のダンブカーに、綱引きで勝つ方法を思いついた」


◆ 続 ◆

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