トロピカル因習アイランドでは俺様の言うことをよく聞けよブラザー
Bar:バー
第1話 ズィジー・ザ・ビッグ・ジー
俺、
飛行機を下りると澄んだ空気と眩しい太陽が出迎えてくれる。少し遠くに目をやれば青々とした空と、瑞々しい緑を湛える自然豊かな山々。そして何より、透き通るような美しい海が視界に広がっていた。
こんな場所が実在するなんて。地上の楽園というのは、決して大げさな売り文句ではないみたいだ。
この時の俺は、期待に胸を膨らませていた。しかし、楽しい休暇になるはずだったこの旅行が、まさかあんな結末を迎えてしまうなんて……想像もしていなかったのだ……
◆
「なんてモノローグを付けて旅の思い出を語りたくなけりゃ、俺様、“ビッグ・ジー”の言うことをしっかり頭にぶち込むんだぜ、マザファカ!」
大柄な黒人男性が流暢な日本語でまくし立てる。
冒頭のモノローグは、俺、四伝手 修のモノではない。目の前のこいつ、“ビッグ・ジー”が勝手に言ったことだ。
いや、なんだコイツ。
「俺様はズィジー・ヨルデン。お前の専属ガイドだ。みんなからは“ビッグ・ジー”と呼ばれてる。この島のことなら何でも聞いてくれ! ブラザー」
「よろしく、ズィジー」
「“ビッグ・ジー”で頼むぜ、ブラザー」
「……よろしく、ビッグ・ジー」
なんだ“ビッグ・ジー”って。カッコいいと思って言ってるのか?
「なんでそんなに言いづらそうにするんだ? お前、さてはシャイだな?」
「うるさいな」
「念のために確認だが、アンタの名前は“ヨツテ シュー”で間違いないな?」
「ああ、四伝手と呼んでくれ」
「オウ、やっぱシャイなヤツだぜ! よろしくな、シュー! まずはビーチを案内するぞ」
こいつとはソリが合わなそうだ。
◆
案内されたビーチは、勝手なモノローグで語られたような美しいモノではなかった。人がとにかく多い。そして人の数に比例してゴミやトラブルも増える。良くも悪くも、人気観光地という雰囲気だ。
「シュー、俺様から離れるなよ? ここは楽しいだけの海じゃねぇんだ。スリだの置き引きだの人さらいだの強盗だの……そこそこ出る場所なんだぜ」
「ろくでもないな。よく観光地をやってられるもんだ」
「ま、俺様の地元に比べりゃ全然マシさ。それに、このビッグ・ジー様の顔を見て悪さするバカはこの島に居ねぇ。安心しな!」
「それより、洞窟を案内して欲しい」
俺の言葉に、ビッグ・ジーはキョトンとした顔で返した。
「この島に観光できる洞窟なんてないぜ?」
「神を閉じ込めた場所があるんだろ」
「ワッザ!? お前、
「準備はできてるよ。そのために来たんだ」
ビッグ・ジーは
「シュー、肝試しがしたいなら遊園地の
「洞窟のこと、知っているんだな」
「この島で知らねえことは何もねぇよ。俺様はビッグ・ジーだぜ? いいか、あそこには入るな」
「洞窟について、知っていることを聞かせてくれ」
「いいぜ。聞いたら入ろうなんてバカなことは言えなくなる。だが今はダメだ」
ビッグ・ジーは空を見上げる。そして、しばらく黙り込んだ後、こう言った。
「天気が良すぎる」
「は?」
「雰囲気が出ないだろ? もう少ししたらスコールが降る。そしたら話してやるよ」
◆
島神様には名前がない。よそ者神様名前がない。
名前を知れば殺される。名を知る人は
誰にも名前を知られぬ神は、誰にも呼ばれぬその神は、寂しくなって人を呼ぶ。
人を見つけて憑きまとう。
もしも、あなたの名前を知れば、寂しい神様、あなたを呼ぶよ。
きっと返事をくれるまで、ずっとあなたの名前を呼ぶよ。
◆
小一時間もしないで雨が降り始め、見る間に土砂降りになった。南国のスコールは暖かく、都会のゲリラ豪雨より遥かに心地よい。
降りしきる雨の中、俺たちはパラソルの下でビーチチェアーに座っていた。
「雨のビーチもなかなかオツだろ? シュー」
「もう良いだろ。周りに誰もいなくなったぞ」
「オゥイェア、シューは鋭いな」
なにが“雰囲気が出ない”だ。ビッグ・ジーの様子を見ればわかる。こいつは他の人間に洞窟の話を聞かれたくなかっただけだ。
「あの洞窟には神様が閉じ込められている。この島の神様じゃねぇ。他所から来て、ここにいた神様をぶちのめして居座った。マジモンのバケモンさ」
「その神様の名前は?」
「分からない。誰も知らねぇのさ。つーか、知ったら戻れなくなるんだとよ」
名前には存在を繋ぎとめる力がある。そして互いの名を知るということは、お互いがお互いを繋ぎ合って存在を安定させる行為なのだと、この島では信じられている。とビッグ・ジーは語った。
そして、他所から来た神も存在の安定を図った。多くの島民に自分の名前を教え、島民の名前を聞いて回った。名を知らせて、名を知って、繋がるために。そんな伝説が残っているのだという。
「なぁ、シュー」
「なんだ?」
「今、名前を呼ばれて反応したよな」
「当たり前だろ……ああ、それが“繋がる”ってことか」
「イェア。呼ばれたら反応しちまう。名前ってのは自分の存在を繋ぎとめる紐なのさ。紐が引っ張られりゃ、そっちに顔が向く。だが、ワイヤーみてぇなゴツイ紐を結ばれて、ダンブカーで引っ張られたら人間はどうなる? 引きずり回されてバラバラさ」
「神様はダンブカーか」
「ああ、それも飛び切り寂しがり屋のダンブカーさ。自分の名を知った者の前に現れて、そいつの名前を聞き出す。お互いが名を知ったら、繋がる。繋がったらお終いさ。その神様のせいで村が3つは無くなったって、爺さんがよく話してくれたぜ」
「知れば繋がる、か」
「それで、爺さんがよ。“自分が神の名を知る最後の一人だ”って言ってたんだ。ずっと神様からのちょっかいに耐え続けてたんだろうな。でも歳食って、負けた。そりゃぁ、ひでぇ最期だったぜ……なぁ、シュー。俺はお前が神様に引きずり回されるのを見たくねぇんだ」
心底から心配そうにしているビッグ・ジーの顔を見て、俺は自分の事情をどこまで話すか、しばらく考えた。
知れば繋がる。それは人や神の名だけの話ではない。俺が抱えた事情も、知れば繋がり、巻き込んでしまうかもしれない。
俺も、このハイテンションでソリが合わない気の良い男を引きずり回したくはなかった。
「ありがとう。もういいよ」
「オゥ、分かってもらえて嬉しいぜ」
「俺は1人で行く。もうガイドをやめて帰ってくれ」
「
「聞いてたよ。だから独りで行く。場所を教えてくれ」
「そう言われて教えると思ってんのか? 俺様を舐めんなよ!」
「舐めてるのはお前だ! 人との繋がりを求める神が封じられた島が、こともあろうに観光地になったんだぞ。出入りする人間一人一人が神を刺激する。すぐに封印し直さないと取り返しがつかなくなる」
「ダメだ。お前が行ってどうにかなるもんじゃねぇ」
「お前がその気なら自力で探すさ。伝説が残ってるくらい有名なら、すぐ見つけられるだろ」
「お前は俺の人生でイチバンの
俺はビッグ・ジーと怒鳴り合い、パラソルから出た。スコールは既に上がっていて、また陽気な日の光が降り注いでいる。
スコールで人がいなくなったビーチは、輝く太陽と白い砂浜だけが広がる美しい風景だった。それなのに雨上がりの砂がやけに足にまとわりついて、俺の足取りはいやに重かった。
◆ 続 ◆
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