満月に誓う。(弐)

 綱と貞光は、連れ立って左京にある東市へと足を運んだ。

 東市とは、日用生活品や食料品を買うことのできる市場のことで、物品の売買はここだけで行われている。つまり、多くの人や物が集まるこの場所には、それだけ多くの情報も集まる、ということでもある。


「とりあえず、いつものとこかね」


 貞光の提案に、綱が無言で頷く。

 二人が足を向けたのは、東市の片隅にある茶屋だった。


「いらっしゃ~い……って、なんだ綱か」


 明るい声で店先へ現れた女は、綱の顔を見るや、すぐに声の調子を落として言った。まだ十代後半くらいの化粧っけのない溌溂はつらつとした女だ。


「仕事中にすまぬ。だが、こちらも仕事なのだ」


 綱の困った顔を見て、女は、イタズラが成功したかのように、くすっと笑った。


「わかってるよ。例の神隠しの事件でしょ。ここんとこずっと、その話題で持ち切りだもん」


「何か聞いているか?」


「さぁ、どうだろうねぇ~」


 期待の眼差しを向ける綱に、女は、勿体ぶる口調ではぐらかす。

 それを横から見ていた貞光が口を挟んだ。


「あの~……ツバキちゃん? 俺もいるんだけど~……」


 ツバキ、と呼ばれた女が目を丸くして貞光を見る。


「あら、あんたいたの。小さいから見えなかったわ」


「俺が小さいんじゃねぇよ! 綱がでかいんだ!

 ったく、ひっでぇなぁ……一応、客だぞ、俺たち」


 貞光が抗議の声を上げる。

 しかし、ツバキは、冷え冷えとした視線を返した。


「あらそ。客なら客らしく、何か注文しなさいよね」


 そう言って、ツバキが壁に掛けられたメニュー板を指さした。

 貞光と綱は、それを見て、慌てていつも注文するメニューを口にする。


「え~っと……俺、きび団子と甘酒」


「拙者は、葛湯と……つばき餅を」


 ツバキは、綱の注文を聞くと、持っていたお盆で顔の下半分を隠しながら、くすっと嬉しそうに頬を染めてほほ笑んだ。


「はぁ~い、ご注文承りましたぁ~」


 ここ【あづま屋】は、東市に唯一ある茶屋である。

 そのため、市へ買い物に来た客が休憩に立ち寄ることが多く、大抵の情報は、この店に集まる。

 ツバキは、【あづま屋】の看板娘だ。容姿は十人並みだが、誰からも好かれる明るい性格と人懐っこい笑顔が客たちの心を惹きつける。彼女の手……ではなく、口にかかれば、誰もが心を許して秘密を打ち明けてしまう。

 そんな彼女でも、くだんの神隠しの犯人が鬼であるとされる根拠までは掴んでいないようであった。


「わかった。調べておくから、また日を改めて来てよ」


 と、ツバキが言うので、綱と貞光は、それぞれ注文した菓子と飲み物を平らげると、腰を上げた。

 綱が先に店を出たところで、ツバキが「あ、そうそう」と、貞光に手招きをする。


「いくら甘酒ばかり飲んでも、背は大きくならないわよっ」


「うるっせぇ!」


 そう叫んだ貞光の顔は、真っ赤であった。



  〆  〆  〆



 それから三日と経たず、ツバキは、ある重要な情報を手に、源頼光の屋敷へ現れた。その日は、ちょうど頼光四天王が顔を合わせる日であったため、皆が集まるのを待って、ツバキに事情を聞くこととなった。


 源頼光と四天王が一同に座して見守る中、全てを話し終えたツバキは、深刻な面持ちで言った。


「私がおとりになる」

「駄目だ! 危険すぎるっ!」


 ツバキが言い終える前に、綱が言葉を被せた。まるで綱には、ツバキが何を言うか初めから分かっていたかのようであった。


 互いに一歩も退かず睨み合う綱とツバキを見て、頼光が息をく。


「お嬢さんの気持ちは、わかる。友のためだという、その心意気は買おう。

 だが、これは遊びではないんだ」


「もちろんです! 私、ふざけてなんか……っ」


「命を賭す戦であっても、か」

 

 頼光の鋭い眼光に気圧されて、さすがのツバキも肩を震わせて押し黙ってしまった。

 普段は、公家を気取って飄々としてはいるが、四天王を従えている上、いみなに〝雷光らいこう〟とも呼ばれる武人である。

 それでも逃げ出さないところを見ると、ツバキの意志は固いようだ。

 頼光も、さすがに可哀想だと思ったのか、すぐにいつもの柔和な顔つきに戻ると、ツバキの前で手つかずにされていた茶菓子を薦めた。


 ツバキが持ってきた情報は、こうだ。

 

 何人かの客から聞き集めたところによれば、神隠しに遭った人物たちは皆、姿を消す前まで、誰かと文のやり取りをしていた、というのだ。遺族らが消えた息子娘たちの私物を整理していて見つけたらしい。最初は、ただの恋文かと思われたのだが、文に書かれた名が、他の神隠しに遭った者たちのそれと一致したため、急にここへ来て、その名が浮上した。それは、相手が女の場合と男の場合で多少違いはあるようであったが、共通して記されていた文字は、一つ。


 ――〝いばら〟と。


 ツバキは、薦められた茶菓子には目もくれず、目の前に置いていた一通の文を手に取ると、中を開いた。そこには、ツバキの親友であるモモカに宛てた恋文が達筆な字で書かれている。


 〝次の満月の夜、丑の刻に、堀川に掛かる一条戻り橋の上で、

  愛しいあなたを待つ。

                        ――茨鬼〟


 ……という意味の内容を表す短歌と、桃の花が一枝、添えられていた。


 この手紙は、今日、モモカが【あづま屋】へ持って来たものだ。モモカは、ツバキにこの手紙を見せるなり、瞳を潤ませて聞き迫った。


「どうしよう~、行った方がいいかな? 

 それとも、やっぱり行かない方がいいと思う?

 ねぇ、どうしよう~……ツバキぃ~!」


 口では迷っているように聞こえるが、モモカの熱を帯びた表情を見たツバキは、一目で、親友がすっかり謎の文の主に心を奪われていることを知った。

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