【参怪】(参)
妖怪の牙が綱の身体に突き刺さる寸前、綱が身を
しかし、毛玉が全身に巻き付いていて両腕を動かすことが出来ないため、バランスを崩し、地に転がる。そこへ、再び向きを変えた妖怪が飛び掛かった。
「綱っ!! ……四季っ、どうにかしろよ!」
徹の叫び声に呼応するように、四季が妖怪に向かって飛びかかる。二匹は、絡み合いながら地面を転がってゆく。四季は、妖怪の身体に牙を剥いて噛み付こうとするのだが、分厚い毛皮に阻まれている所為か、文字通り歯が立たないようだ。
に゛ゃ~ご、と妖怪が苛立ったような鳴き声をあげた。腕を振り上げ、鋭く尖った爪で四季の身体を切り裂く。
勢いに押されて、四季の身体が宙に投げ出された。しかし、四季は、空中でくるりと身を翻すと、妖怪から少し離れた場所で態勢を整えた。その身体には、爪で切り裂かれた四本の赤い筋がくっきりと浮いて見える。
「おいっ! 何やってんだ、しっかりしろよ!」
『黙れっ! 役立たずの臆病者が!!
そこで何もせず、ただ見ているがよいっ』
飛んでくる四季の罵声に、徹は、ぐっと反論したくなるのを抑えて、手摺りを握る手に力を込めた。
(そりゃあ、俺には、何も出来ないさ。でも、しょうがないだろう……)
そう心の中で自分を庇護しつつも、徹は、
四季が再び妖怪に向かって飛び掛かる。二匹が互いに牽制をする傍で、綱は必死に身体に纏わりついている毛玉から抜け出そうともがいていた。
その時、徹は、自分のすぐ傍に、割れた窓の破片が散らばっていることを思い出した。はっと顔色を変えて窓ガラスを見つめる。一瞬の逡巡。そして、ぐっと恐怖を抑え込むような表情になり、落ちていた硝子の破片を一つ拾うと、部屋を飛び出して行った。
徹がアパートの外へ飛び出した時、まだ戦いは続いていた。四季が妖怪の注意を引き付けてくれている間に、綱の傍へと駆け寄る。
それに気付いた綱が驚きの声を上げた。
「徹殿……! 何故ここにっ?!」
「俺にだって、これくらい……」
徹は、持ってきた窓ガラスの破片で、綱の身体に纏わりついている毛玉を切り裂こうとした。しかし、妖怪の毛玉は、しなやかで粘着性があり、ガラス片で上下にこすっても切れそうにない。逆に、ガラス片を握る徹の掌の方が切れ、赤い鮮血がしたたり落ちた。
「危険です。すぐに離れて……」
綱が注意を促した、その時だった。
突然、四季が鋭く吠えた。何かを伝えるようなその響きに、綱と徹は、同時に顔を上げる。と、二人の視線の先には、こちらへと大きな口を開けて今まさに飛び掛かってくる妖怪の姿があった。
(ひっ……!)
叫ぶ暇も逃げる暇もない。二人の頭上を妖怪の陰が覆う。
「徹殿っ!」
どんっ、と徹の身体に鈍い衝撃があった。綱が徹の身体を突き飛ばしたのだ。
一瞬の出来事。
それなのに、やけにスローモーションで目の前の映像が流れていく。
徹は、自分から離れていく綱の姿が妖怪の口にすっぽりと飲み込まれていくのを見届けた。
「あっ……あ……あ…………うそ、だ……………っ」
地に腰をつけたまま、徹は、言葉にならない呻き声をあげた。涙でぼやけていく視界の中、妖怪がこちらに顔を向ける。その大きな黄色い目玉が徹を捉えた。目玉は、上半月状に弓なりに形を変える。
――次は、お前だ。
そう、言われているのが分かった。
逃げなくては、と頭では解っていても、徹は、恐怖で身体が震え、立ち上がることが出来ない。
ゆっくりと近づいてくる大きな黄色い目玉。そして、更に大きな猫の巨体がしなやかに婉曲したかと思うと、徹に向かって跳躍した。
徹の顔に、妖怪の陰が落ちる。
と、その時、突然、妖怪の目玉から一本の角が生えた。
……いや、角ではない。それは、街灯の明かりを反射し、きらりと光った。
そこから一筋の光が妖怪の身体を縦に割るように走った。
驚愕に目を見開く徹の前で、妖怪の身体は真っ二つに別れ、中から刀を手にした一人の侍が現れた。身体に巻き付いていた毛玉は、妖怪の体内で既に断ち切られており、僅かに残る毛が残滓となって辺りに舞う。真っ二つに別れた妖怪の身体は、黒い霧状の何かに変わり、やがて霧散した。
綱、と声を掛けることが徹には出来なかった。直前での妖怪に与えられた恐怖がそうさせていたのもある。だが、それよりも、目の前に立つ侍の禍々しい殺気と異様な空気が、徹に、気軽に声を掛けさせることを
「徹殿、お怪我はないか」
そう言った綱の声が柔らかかったので、徹は、息を吐いた。その時初めて、それまで自分が息を止めていたことに気が付いた。
「……ああ。何だったんだ、今の……」
四季がゆっくりと近づいて来て、それに答える。
『人の悪しき心が妖を生む。
四季の身体には、先程、妖怪に傷つけられた傷の他にも怪我を負っているようだった。見ていて痛々しいが、本人はまるで痛みを感じていないかのように平然としている。ただ表情が分かりにくいだけかもしれない。
「……俺が、生んだ?」
徹が聞き返す。
『前にも言ったであろう。お主には、負の気が漂っていると。その気が妖を生むのじゃ』
四季は、自身の身体についた傷を舌で舐めながら答えた。
「そんな……あんなの、今まで見た事がない……」
『我らと関わる事で、お主にもソレが見えるようになったのであろう』
「……何だよ、それ」
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