【弐怪】(弐)

 公園は、休日の午前中だと言うのに、何故か閑散としていた。いつもなら、幼い子供たちを連れた母親たちで賑わっている筈だ。

 不気味な違和感を覚えながらも、徹は、綱と四季の姿を目で追った。


(……げっ、何してんだ、あいつら……!)


 綱と四季が背中をこちらへ向けて立っている。その足元には、転がった金網のゴミ箱と、そこから散らばったであろうゴミが辺りに転がっている。

 一瞬、徹は、綱か四季のどちらかがゴミ箱をひっくり返したのかと思った。

 けれど、次に聞こえてきた怒声で、すぐに違うことが分かる。


「ぁあ゛?! なんだ、てめぇ……なんか文句あんのか、こら」

「ふざけた格好しやがって、舐めてんじゃねぇぞ」

「とっとと失せろっ。この、クソがっ」


 三人の人相の悪い若い男たちが綱に向かって、ガンを飛ばしている。髪を真っ赤に染めている男は、鼻と耳にシルバーのピアスが光り、真ん中にいる金髪頭の男は、首に何重にも巻かれたシルバーアクセサリがじゃらじゃらと音を立て、三人目の緑色に染めた髪をした男は、血色の悪い顔で口に煙草を咥えている。三人ともガラの悪いTシャツを着ており、見るからに不良といった出で立ちだ。明らかに薬か何かをやっていそうな淀んだ目で、綱を睨んでいる。

 どうやら公園に人気ひとけがないのは、彼らが居る所為のようだ。


(何かに似てるな……なんだっけ)


 徹は、男たちの様相に何故か既視感を覚えた。その全く見覚えのない顔に首を捻っていると、唐突に視界の片隅で綱が動くのが見えた。

 綱は、腰から刀を抜いて、男たちに向かって構えている。


「ちょっ、お前、何やって……!」


 綱を止めようと、徹が声を挙げたが、間に合わない。

 綱は、地面を蹴って宙に跳び、持っていた刀を横一文字に振り払った。

 途端、刀が切り裂いた箇所から風の塊ような何かが解き放たれるのを徹は肌で感じた。


(まじかっ……やっちまった……!)


 真っ青な顔でそれを見ていた徹は、男たちの顔つきが変わるのを見て、あれ、と思った。

 男たちの顔は、自分たちの身に一体何が起こったのか分からず、ぽかんとしている。その体には傷一つなく、痛がる様子も一切ない。

 どことなく空気が軽くなった気がして、その時初めて徹は、公園の空気が今まで淀んでいたことを知った。


「……もう一度聞く。このゴミを散らかしたのは、お主らか?」


 かしゃん、と音を立てて刀を鞘にしまうと、綱は、茫然としている男たちに向かって尋ねた。


「……は、はい。俺たちが、やりました……」


「うむ。では、どうすれば良いか、わかるな?

 早々に片付けるべしっ」


「「「は、はいっ!」」」


 綱に諭されるように言われ、三人の男たちが揃って返事をする。先ほどまでの威勢はどこへやら、申し訳なさそうに腰をかがめると、辺りに散らばったゴミを拾い始めた。三人とも、なぜ自分たちがこんなことをしたのか分からず、首を傾げている。


 まるで人が変わったような三人を見て、徹は、先ほど自分が感じた既視感の正体に気付いた。


(……あ、そうだ。信号機)


 男たちの髪の色が、赤、黄、青、と並んでいるのを見て、よく見知った信号機の色が徹の頭に浮かぶ。

 しかし、それを悠長に眺めている時間はなかった。背後から、様子を伺いに来た親子連れが、遠巻きにこちらの様子を伺っていることに気づく。

 刀を持った侍に、いそいそとゴミ拾いをさせられている三人の男たち――――はたから見れば、それがいかに異様な光景か、ということに思い当たり、徹は、はっと我に返った。警察を呼んだ方が……という声がするのを聞き、慌てて、ゴミを拾う男たちを満足そうに眺めている綱の首根っこを掴むと、逃げるように公園を出て行った。



  〆  〆  〆



 二人と一匹は、公園を出ると、足早に駅へと向かった。途中で背後を振り返ってみたが、誰かが追い掛けてくる様子はない。

 徹がほっとしたのも束の間、ちょうど商店街に差し掛かった時のことだった。

 突然、誰かの悲鳴が聞こえた。声のした方を見ると、包丁を手に興奮した様子の男が何か喚いている。


「……みんな、俺のことをバカにしやがって……!

 こ、殺してやるっ!! みんな、ぶっ殺してやるからなぁっ!!!」


 男の目は血走り、叫ぶ度、口から白い泡のような唾が散った。


 通行人たちが叫びながら逃げていくのを見て、徹も、男から距離を置こうと振り返った……が、そこにさっきまで居た筈の綱の姿がいない。

 どこへ、と探す暇もなく、走っていく綱の後ろ姿が視界に入った。あろうことか、刃物を持っている男の方へと駆けて行く。


「ばっ、ばか野郎! 何してんだ、早く戻れっ!」


 危ないだろう、と言いかけて、ふと、綱の持っている刀の方が危険では、という思考に行き着き、口をつぐむ。

 その間にも、綱は、刃物男へと距離を詰め、刀を抜くと、喚き散らしている男目掛けて一閃を翻す。


 周囲の空気が震え、重たい風が辺りを吹き抜ける。


 茫然と佇んでいた刃物男は、突然、持っていた刀を取り落とすと、膝から崩れ落ちるように泣き始めた。


「お、おおお、俺は一体、何てことをしているんだ……っ!」


 我に返ったように、己の言動を悔いて泣く男に、誰かが呼んだのか、二人の警官が近づいていくのが見えた。

 警官の一人が男の手に手錠をかけるのを、半ば感慨深げに見ていた徹だったが、もう一人の警官が綱の持つ刀を指さすのを見て、さっと顔色を変える。


「ちょっと、君。その刀は……」


「れ、模造品レプリカです~~~っ!!!」


 徹は、凄まじい速さで、綱の腕をつかむと、一目散に駅の構内へと駆け込んで行った。

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