メタ的考察
「…………つまり、どこかのチームに入らないとダンジョンに潜ることはできないってことですか?」
「はい。そうなりますね」
その大きな建物は俺の予想通りダンジョンの管理・運営をしている場所だったようで、俺は相談窓口でダンジョンに関する説明を受けていた。
なんでもこの世界ではダンジョンを厳重に管理しているようで、ダンジョンに入る権利が各地の領主にしか配られていないそうだ。その権利の使い方は領主によってそれぞれだが、一般人がダンジョンで稼ごうと思うと、スポンサーとしてどこかの領主と契約をしているチームに所属するか、その領主が直々に派遣しているダンジョン攻略隊に採用してもらうしかないらしい。
「チームにはどうやって入れるんですかね?」
「直接的に売り込みたいのでしたら、あちらの掲示板でメンバーを募集しているチームに声を掛ける形になります。それから、我々の方でもチームが求めている人材にマッチする探索者を紹介するといったサービスを行っているので、ダンジョン探索者として登録頂ければどこかのチームを紹介する機会が訪れるかもしれませんよ」
「掲示板…………」
メタ的な考察をするなら、ここからどこのチームに売り込むかでルートが分岐するといったところだろうか。
「それに、探索者登録をしていただければご自身が使えるスキルの確認もできます」
「スキルの確認?」
「はい。こちらは数年前にダンジョンで発見されたものなのですが、なんと自分の使えるスキルが確認できるというアイテムなのですよ!これはとても画期的で───」
興奮したように話を始める係員。
俺はむしろ、自分が使えるスキルは確認できるのが当たり前なのかと思っていたが、この人の話ではどうやらそのアイテムを使わないと確認することができないようだ。なので、それが発見される前までは自分の使えるスキルを知る術がなく、自分が使えると認知しているスキルは多くても五つほどが限度だったそうだ。それでいて実際はレベル分のスキルを使えるのだから、たしかに画期的なアイテムだろう。
なんでもそのアイテムのおかげで今ダンジョン探索はかなり勢いづいており、日々新たな階層が踏破されているのだとか。また、新規探索者ほど新たなスキルを習得するのが早いという理由から、新規探索者の募集も活発らしい。
そしてその話から察するに、レベルやクラス、ステータスという概念は理解されていないようだ。これらの情報もまた、それを可視化できるアイテムが見つかれば認知されるようになるのだろうか。
「最近では半亜人の方は優秀なスキルをよく覚えるという噂が流れているので、半亜人の新規探索者となれば引く手あまたですよ!ぜひ登録されてはいかがですか⁉」
「はあ」
俺はそんな係員に勧められるがまま探索者登録をすると、マッチングの方は全力で遠慮しておいて掲示板の方へと足を運んだ。
掲示板の方では、どうやら自分のチームが行使しているダンジョン捜索権の発行元───つまりはバックにいる領主や領地の名前と、最近のチームの成果。後は募集要項といった項目と、採用面接の場所と日時が書かれた紙を掲示するというのがルールなようだ。とはいえ、領主や領地の名前なんかを見ても、MDの事前知識がない俺にはよくわからない。
正直にいうと、ダンジョンなんて好きに入れるものだと思っていたので途方に暮れている。この世界のことを何も知らないので、まだあまり人とは関わりたくないのだ。いうなれば、どこかもわからない海外に一人でいるというイメージだろうか。油断していると、取って食われてしまわないかと心配になる。
「…………げ」
そんな風に考え事をしながら掲示板の文字だけを追っていると、突然後ろからそんな声が聞こえてきた。
反射的に振り返ると、俺の方を見ながら困ったような表情を浮かべている一人の男が。
「なにか?」
「…………いえ、すみません」
その男は小さな声でそう言うと、すぐさまどこかへと去ってしまった。
其の男の態度に少し不快感を覚えるが、今はそれよりも掲示板だ。やはりここでの選択が、ルートの分岐点だと思って間違いないだろう。
掲示されている募集は五つ。デオドラ王国のヒューベンツ領のチームと、ルヴェール領から二つ。名前を見ても誰が誰だかはわからないが、領主争いをしているという彼らだろう。そして、残りはミュンセ帝国とハルベルト王国だ。まあ、そんな地名や国名を言われてもわからないのだが。
「あれ?これって…………」
そんなことを自嘲的に考えていると、ふと視界に一枚の小さな紙が入ってきた。それは掲示板の隅にちんまりと展示されていたもので、先程の五つの募集に使われている正式な募集書類と思われる形式の紙とは異なり、小さな紙にこう書かれているだけだった。
『ニルメル領 ケプローン広場にて十五時』
ニルメル領。当然知る由もないのだが、あからさまに用意されている他の五つの募集に比べてこの募集は異様だ。ゲームのシナリオから外れたものなのか、あるいはDLCといったところだろうか。
「…………」
いや、待てよ?それだと先程の男のことはどうなるんだ?
あれもゲームのシナリオ通りだとすると、あまりにも不快感が強い。何かの伏線というのならわからないでもないが、ゲームのシナリオならわざわざあんな形で不快感を覚えさせるような演出はしないだろう。MDは評判の高いゲームだったはずだ。
すると、あれもまたゲームのシナリオから外れたものなのか…………いや、そもそもレベルやステータスの概念が理解されていないのはどうなんだ?ゲームのシナリオという面だけで見れば、そういうメタ要素が話に入ってこないのはわかる。だが、わざわざその概念を消して、スキルだけを可視化。それも最近のことだなんて、意味が分からなすぎる。
それとも、ここはMDの世界というだけでもはやゲームの話からは逸脱したものなのだろうか?だとすると、この掲示板も何の意味もないただただ日常的に行われているメンバーの募集ということになるが…………ゲームをプレイしてない俺では何の判断もつけられない。
「…………そういえば、時計は普通にあるんだな」
壁に設置されていた時計を見て、気を紛らわすようにそう呟く。その時計は十四時過ぎを指し示しており、この怪しげな募集の時間にも間に合いそうだ。…………いや、間に合うだろうか?知りもしない場所にあと一時間で、まだこの街の広さもまだわかっていない。そもそも日時が書かれていないので、今日なのかも不明だ。
少し気にはなるが、見なかったことにするべきか。俺がそう結論付けようとしたその時、何者かが颯爽と現れ、その小さな紙を掲示板から取り剥がしてしまった。
「あ…………ってうおっ!」
紙を剥がした手元から、つられるようにしてその人の顔を見る。するとその人物は、なぜか全身に西洋風な甲冑を着込んでいた。
「…………なに?」
むしろ怪しんでいるのはこちらだというのに、そのプレートアーマーの人は訝しげな声を向けてくる。意外にもその声は女性のもので、それもまた俺の脳の回転を鈍らせた。
「いや…………普通街中でもそんな着込むものなのか?」
「さあ?私以外に見たことはないけれど」
「じゃあ普通じゃないってことなんじゃ…………」
「…………それだけ?用がないなら私はもう行くけど」
「あー…………」
突っぱねてくるその女に対して、俺はその女の右手に握りしめられている先程剥がされた紙へと視線を送る。
「なに?もしかしてこれに応募するつもりなの?」
「…………悩んでいたところだ」
「ふーん。だったらついてきなさい」
「え?ちょっと…………おい!」
俺の呼びかけも無視して、さっさと歩きだしてしまう甲冑女。
俺は一瞬迷ったが、半ば投げやり内持ちでその女の後を追うのだった。
逆張りオタクと百合オタ天使 @YA07
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