第五章 忘れ物

 家まで送ってもらってから、私はお弁当とピクニックセットを車に忘れたことに気がついた。あっくんに電話をしたら、あっくんは持って行こうかと言ってくれたけれど、忘れたのは私なので、私が取りに行くことになった。


 運転をしながら、あっくんと出会ったときを思い出していた。あのとき、私は趣味も考え方も似ていると感じていた。一緒にいると素直になれる自分。私が私のままでいられる時間。それを受け入れてくれるあっくんの優しさ。私は、それをあたりまえだと思っていた。大学を卒業しても、その時間が普通に続くのだと。


 それは、大学を卒業する前にコロナという魔物に奪い去られた。会うことさえできない。他愛もないおしゃべりも、あっくんから感じる優しい温もりも、卒業式も、卒業旅行も、楽しみにしていたすべてが何の前ぶれもなく消えた。


 仕事で落ち込んでも、話す相手さえいない。仕事帰りに、ゆっくりお茶をする時間もない。おしゃれな雰囲気でいただくおいしい食事、お酒。私達は、たくさんのことを我慢しなければならなかった。


 あれから、二年。私達は、大切なものを失った。大切な人の命、人と人とのつながり、ふれあい。コロナで失くしたものは、大きい。


 だから、今を大切にしたい。あっくんに会えるのは、今日が最後かもしれない。今日こそ伝えよう、私の思いを。


 あっくんの家に着いて、インターホンを押した。すぐに玄関の扉が開いた。

「こんばんは」

 いつもの優しい笑顔に、胸が高鳴った。

「ごめんね、忘れ物しちゃって」

 私は、はやる気持ちを抑えて、やっとの思いで言った。

「グッズをいっぱい抱えてたもんな」

 そう言って、あっくんは思い出し笑いをした。

「また行きたいね」

「そうだね。はい、忘れ物」

 あっくんの温かい手が、忘れ物を受け取る私の手に触れた。

「あ、ありがとう」

 あっくんがくすっと笑った。

「あのね、もうひとつわすれものをしたんだけど」

 私の言葉に、驚いたように目を丸くした。

「あれ? 他にあったっけ」

 今、伝えなければ。ほら、勇気を出して。

 私は、もうひとつのわすれものを告げた。

「あっくんが、ずっと好き」

 やっと言えた。

 私は、頬が熱くなるのを感じた。鼓動が大きくて、あっくんに聞こえるかもしれないと思った。

 あっくんは、私の言葉をかみしめるように目を閉じた。それから静かに目を開けた。

「おれも、みやちゃんがずっと好きだよ」

 その言葉は、耳にこだました。

 あっくんは、私をそっと抱き寄せた。優しい温もりが、私を包み込んでいく。

「ずっとそばにいてくれる?」

 あっくんが耳元で、ささやいた。

「ずっとそばにいる」

 あっくんの胸の鼓動が、私の鼓動に重なっていくのを感じていた。

 それは、音楽のように私の体中に響き渡った。

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わすれもの 蒔田祥子 @mktsachiko

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