お父さん

口羽龍

お父さん

 明日は結婚式だ。そう思うと、晴子(はるこ)は嬉しくてたまらない。新しい生活が明日から始まる。みんなに祝ってもらって、最高の門出を祝ってもらおう。


「いよいよ明日、嫁ぐんだな」


 晴子は振り向いた。そこには孝則(たかのり)がいる。孝則はこれまで自分を育ててきた。ここまで育ててくれてありがとうと言いたいな。


「うん」


 晴子は笑みを浮かべた。今は感謝の気持ちでいっぱいだ。どうやって感謝の気持ちを伝えよう。


「お父さん、今までありがとう」


 と、孝則は何かを話そうとしている。孝則は複雑な表情だ。言おうか戸惑っているようだ。そんなに言いたくない事だろうか? 晴子は首をかしげた。


「なぁ、お父さん、伝えなきゃならない事があるんだ」

「何?」


 言いたい事って、何だろう。それほど重要な事だろうか? どうして今まで言おうとしなかったんだろう。


「俺、本当のお父さんじゃないんだ」

「えっ!?」


 晴子は驚いた。今まで父だと思って過ごしてきたのに。姓は同じなのに。どうしてだろう。


「俺は、本当のお父さんの弟なんだ。お前の本当のお父さんは、晴子が生まれて間もなく死んだんだ」


 実は、孝則は晴子の父ではなく、本当の父、英則(ひでのり)の弟だという。そして、本当の父、英則は晴子が生まれた直後に亡くなったという。それ以来、孝則は英則の生まれ変わりだと思って晴子を育ててきた。


「そうなんだ」

「だから、俺が父のように育てたんだ。今まで、全く言わなくてごめんな」


 孝則は少し泣いている。今まで言わなくてごめんという気持ちと、今まで元気に育ってくれてありがとうという気持ちからだ。


 そして、孝則は晴子が生まれた直後の事を思い出した。




 それは、病院での出来事だ。たった今、英則の初の子供、晴子が生まれた。この時、英則は父になった。それを伝えようと、孝則は携帯電話で英則に電話をかけた。英則は今、仕事中だが、仕事が終わってから病院に来てほしい。そして、我が子の姿を早く見てほしい。


「もしもし」


 出たのは英則だ。英則は仕事中のようで、オフィスの雑音が聞こえる。


「お兄ちゃん、子供が産まれたよ!」

「えっ、子供生まれたのか?」


 英則は驚いた。そろそろ生まれると聞いていたが、まさか今日だとは。早く子供の姿を見たいな。


「うん」


 孝則は笑顔を見せた。弟だけと、やはりうれしい。自分も子供を作って、幸せな家庭を築きたいな。


「よかったな」


 英則は笑みを浮かべた。だが、今は仕事中だ。仕事に集中しないと。喜ぶのはそれからだ。


「これからすぐに行くからな!」

「待ってるよ!」


 電話は切れた。また仕事に戻ったと思われる。孝則は笑みを浮かべて受話器を置いた。仕事が終わったら、病院に来るだろう。子供と再会するのが楽しみだな。


 だが、午後7時になってもなかなか来ない。どうしたんだろう。英則はいつも定時の午後6時で帰るはずだ。病院までは車でも10分もかからない所にある。今日は残業だろうか? めでたい日なのに。早く子供と対面したいはずなのに。


「なかなか来ないね」


 晴子の母、晴恵(はるえ)も不安になってきた。せっかく子供が生まれたのに、どうしたんだろう。


「渋滞に巻き込まれてるんだろう」


 そう思っていたその時、携帯電話が鳴った。英則からだろうか? 残業が入ったので、今から来るという連絡だろうか?


「もしもし」


 英則だと思って電話に出たが、そこに出たのは英則の上司だ。まさか、英則の上司が電話をかけるとは。どうしてだろう。


「孝則さん、英則さんが交通事故に遭ったって。もうすぐ担ぎ込まれてくるけど、命が危ないって」


 孝則は呆然となった。まさか、子供が生まれた日に、英則が交通事故に遭うなんて。こんな事が起こるなんて。嘘だと言ってくれ!


「そんな・・・」


 孝則は携帯電話を切った。孝則はまだ動揺している。まさか、こんな事になるとは。それに、命が危ないとは。どうか、無事でいてくれ。そして、子供を抱いてくれ。


「どうしたの?」


 話しかけたのは晴恵だ。晴恵は不安そうな表情だ。英則に何があったんだろうか?


「お兄さんが、交通事故に逢って、命が危ないって」


 それを聞いて、晴恵も呆然となった。早く子供を抱いてほしいのに。その前に命を落とすなんて、嫌だよ。


「そんな・・・。せっかく子供が生まれたのに」

「抱けないまま死ぬなんて、嫌だよ!」


 と、そこに看護婦がやって来た。看護婦は息を切らしている。英則が運び込まれたんだろうか?


「孝則さん、英則さんが運ばれてきた!」


 それを聞いて、孝則は入口に向かった。英則は大丈夫だろうか? 早く見に行かなければ。


「あっ、運ばれてきた!」


 英則が運ばれてきた。意識がなく、所々から血が出ている。かなりひどいようだ。


「お兄さん! お兄さん!」


 だが、英則は何も言わない。意識不明の重体のようだ。早く意識が戻ってほしい。


「無事を祈ろう」

「うん」


 英則は集中治療室に入れられた。孝則はその前で祈る事しかできない。どうか無事でありますように。そして、元気になったら、我が子を抱いてほしいな。


 孝則は両手を握り、祈っている。どうにか元気になってほしい。これから幸せな日々が始まろうというのに。


 しばらくして、医者や看護婦が出てきた。だが、彼らの表情は暗い。まさか、英則が死んだんだろうか?


「あっ、英則さん、どうですか?」


 孝則は気になった。英則はどうなったのか? 早く教えてほしい。


 だが、医者は首を振っている。それを見て、英則は死んだんだと確信した。我が子を抱けないまま、会えないまま死んでしまうなんて。こんなに悲しい事はあるんだろうか?


「そ、そんな・・・。どうして、子供を残して死んじゃうんだよ。しかも抱けないままに」


 孝則はその場に泣き崩れた。せっかく手に入れた幸せを手に入れる事ができずに、死んでしまうなんて。


 後でわかった事だが、それは80歳代の高齢者ドライバーによる交通事故だそうだ。




 それ以来、孝則は英則の唯一の子供、晴子をまるで自分の娘のように育ててきた。次第に孝則と晴恵は親交を深めていき、結婚した。本当の娘や息子を妹や弟のように見せてきた。だけど明日、晴子は結婚式を迎える。そろそろ秘密を言ってもいいだろう。


「そういう事だったの」


 だが、晴子は悲しまなかった。そこに、父と思ってきた人がいるのだから。全然寂しくない。


「今まで、黙っててごめんな」


 孝則は泣いている。ここまで順調に育ってくれてありがとう。


「いいよ。だって、お父さんのように育ててくれたんだもん」


 それでも晴子は孝則を攻めなかった。まるで孝則は、本当の父のように私を育ててくれた。それだけでも感謝だ。


「今日までありがとう、お父さん」

「よせよ、お父さんじゃないんだから」


 父と言われて、孝則は少し照れた。本当の父じゃないのに。嬉しいな。でも、ここまで育ってくれて、本当にありがとうと言いたい。そして、本当の父と思ってくれて、天国の英則も喜んでいるだろうな。

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お父さん 口羽龍 @ryo_kuchiba

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