チャラ男による投資講座。国道沿いのマックにて

「なんつーか、サーセン。なんか嫌な思いさせちゃったみたいで」


チャラ男が頭を下げるが、ミカは「いいえ」と言う。

慰めてくれたまゆに対してもお礼を言う。


「むしろ感謝してます。チャラオさんのおかげで決心がつきました」


「決心?」


「株を売る決心です。

 私の持ってるホンダやブリジストンは今日で売ってしまいます」


「え? なんで売るんすか?」


「だって、こんないつまで持っても上がらない銘柄なんて、持つだけ

 時間の無駄じゃないですか。早く損切りしてちゃんと上がる銘柄、

 日本電産やソニーを買った方がいいと思ったんです」


「売る必要ないと思いますよ」


「え?」


「はい? いやだから、売る必要ないっす」


「……本気で言ってます?」


「はい。本気っす」


新田ミカは沈黙し、長考する。

意を決して自分のスマホの証券口座の資産状況を彼に見せることにした。


「これ見てくださいよ。これを見た後でも同じことが言えますか?

 含み損がトータルで30万もあるんです。30万ですよ?

 それに配当金も減額されて従来の6割しかもらえないんですよ。

 こんなの持ってたって、みじめになるだけじゃないですか」


「少ないっすね」


「何がですか? もしかして投資金額が少ないからバカにしてます?」


ミカの目つきが鋭くなる。


「違うっすw 含み損の事っすよ。

 投資金額なんてそんなの人によって違うんだから気にしても意味ないっす。

 ……なーるほど。おねーさんは含み損が多いと勘違してるんですか。

 こんなの含み損でも何でもないっすよ」


「どこがよ。含み損が30万を超えてるのよ?

 あなた……やっぱり私を馬鹿にしてるのね!!」


「ミカちゃん、声が大きいよ、落ち着いて」まゆ


「サーセン。俺は決して馬鹿にしてるわけじゃねえっす。信じてください。

 ちょっと今から説明するんで、いったん静かにしてもらっていいすか?」


チャラの講義が始まった。


含み損の度合いとは、その金額ではなく、投資元本に対する割合で測るものだ。

ミカの元本は約300万。それに対する含み損を30万として、

年初(20年度)からの下落率は10%となった。

一方、当時のTOPIXの下落率は15%。

ミカは市場平均をなんと5%も上回ってる。これは素晴らしい成績である。


しかもミカは高配当株を買っているので、

その配当分を換算すればさらに市場平均を超える可能性が高い。


なお当時の日経平均と比べるのは意味がない。

別名ユニクロ・ソフバン平均株価と揶揄されたように、

コロナバブルが生み出した極めて不正確な指数となっていたからだ。


(機関が日経ETF中心で買い付けるために指数に対する加重平均の

 高い銘柄が上がりやすいため。結果的に多くのソフバンG高値掴みを

 発生させ、22年度の大暴落で破産者を出した)


TOPIXは約1,900銘柄の平均なので、こちらを平均とするのが適当だ。


「おねーさんの現在の投資リターンは市場平均を超えてます」


「うそ……私のダメダメな銘柄が?」


「逆にどこがダメ銘柄なのか聞きたいくらいっすねw 

 どこもコロナのせいで売られまくっただけで、超一流企業ばっかじゃないすかw」


本田技研工業。2輪車の売上、世界首位。耕運機、除雪機、芝刈り機も

それぞれ国内か海外で世界首位。エンジンと名のつくものなら小型ジェットも

生産。執筆時点で大阪での「空飛ぶタクシー」の運用をまもなく開始する。

ソニーとの提携で最新のAIセンサーやメディア再生機能を搭載した

自動車を開発中。世界初のエンターテイメント系自動車となる予定。


ブジリストン。タイヤの売上、世界首位。

乗用車だけでなく業務用の小型バン、トラック、採掘に使う重機にもタイヤは

使われる。当社が生産するプレミアムタイヤの耐久性、安全性、信頼性が売り。

価格は高いが、その分交換頻度も少なく済み、結果的にランニングコストが良い。


三菱UFJ銀行。取扱残高500兆円を超える。

海外事業はタイ、インドネシア、米国などに拠点多数あり。

長らく日銀が低金利政策を続けてきたが、海外での収益力の高さにより

増益、増配を維持、安定した銘柄。資産規模は世界の銀行で10本の指に入る。


その他も優良銘柄ばかりだった。金融系コングロマリット大手のオリックス、

脱炭素社会に必要な、極めて薄くて高性能な鉄を生産できる日本製鉄、

複合機や一眼レフで世界首位のキヤノンなど、宝物のような銘柄ばかりだった。


「私の持ってる銘柄って、ダメダメじゃなかったんですか」

「むしろ最高っすよw よくこれを自分で選びましたね」

「私は日経マネーの高配当株特集(付録)に乗ってた銘柄を選んで買ったんです」

「雑誌を参考にしてこんなに優良銘柄ばかり選べるなんて天才的っすよw」

「ありがとうございます……でもまだ株価が上がらないのは」

「それは順番かもしれませんね」

「順番?」

「うっす。これに関しても説明しますね」


チャラ君は、自分の端末でPDF(資料)を開き、

過去のFFレートの推移と、バリュー株とグロース株との株価の推移について

分かりやすく説明してくれた。要は、世界の中銀が利下げすると

グロースが上がり、利上げするとバリュー株が上がりやすくなるのだ。

直近では20年度と22年度相場が分かりやすい例だろう。


「あー、すごいことに気づいちゃった!!」とまゆが声を張り上げる。


「まゆちゃん!? 急にどうしたの?」

「これってミカちゃんは売らずに持ってれば、勝ち組になれるってことじゃん!!」

「え、そうなの?」

「そういうことっすよw 次はホンダのチャートを見て見ましょう」


ミカの買値が3,000円である。含み損が3万。過去の例で一番わかりやすいのが

08年のリーマンショックだ。本田の株は底をついてから2年ほどで回復した。

これは長い時間だ。賢い投資家なら途中でナンピン買いして

取得単価を下げ、回復までの時間を早めることができる。


「でも私はお金がないからナンピンできない……」


「無理にナンピンしなくても放置で大丈夫っすよ ( ´∀`)bグッ!

 コロナでは中銀がおカネをばらまいて史上最大の過剰流動性と

 なってるんですねw その余ったお金がどこに回るか……。

 これは俺のカンですけど、たぶんホンダの株が戻るのに

 そんなに時間はかからないと思います」


「そうなんですか!!」 ミカが椅子から立ち上がってしまう。


「いや、あくまで予想ですよ?

 個人の予想なんて9割はずれるんすから、あくまで聞き流して……」


「いえ、私はあなたの言うことが正しいと思います!!

 あなたの言うことなら真剣に聞きたいと思います!!」


「ちょ、ちょっとミカちゃん。落ち着きなって」


「そうっすよ。おねーさん。名前は新田さんでしたよね?

 ここは店内なんでとりあえず落ち着きましょうw」


やはりというか、店員が警戒する目でこちらを眺めている。


「ご、ごめんなさい」

「いいんすよw」


事実を検証すると、ミカのホンダは21年6月には含み益が最大で5万となり、

配当額も最高を更新した。執筆時点の23年1月までミカの買値を下回ってない。


「次に財務データを確認しますかねw おねーさん達はIR情報ってみますか?」

「ぜんぜん、だって読んでも分からないもん。ねえ?」まゆ

「私は、決算のたびに短信は見るかな。あまり分からないけど一応ね」ミカ


まゆ: まじ? Σ( ̄ロ ̄lll)

ミカ: (´・ω`・)エッ? 投資家なら普通は見るんじゃないの?

チャラはそのやり取りをスルーした (;・∀・)


「(・∀・)高配当投資をする人に必須なのは、企業の財務データを見ることっす」

https://www.honda.co.jp/investors/stock_bond/returningprofits.html


「上のページの増配の推移、どうすっか?」

「すごーい、リーマンの時と比べると倍になってんじゃん!!」

「正確には倍以上だよ……。しかもほとんど毎年増えてるんだね」


チャラは別のPDFも見せてくれた。

https://www.honda.co.jp/investors/financial_data/pl_bs_cf.html

PDF:連結財政状態計算書・連結損益計算書・連結キャッシュフロー計算書データ


「これ見てください。10年前と比べてホンダの資本はどうなりましたか?」


斎藤まゆは「うげっ。数字が細かいっ」と嫌そうな顔をする。

数字を見るのは嫌いなのだ。それに彼女の場合は元看護士なので職種が違い過ぎる。


真剣に読んでいたのは自動車販売会社で経理事務もやっていた

(というか、人が足りないので無理矢理やらされていた)新田ミカだ。

彼女が注目したのは2点。純資産の比率、すなわち有利子負債の少なさ。

そして純資産の額がどれだけ増えたか。


「す、すごい」とミカは驚愕した。


「リーマンの時より株主資本が3兆円も増えて約9兆円になってる……?」

「そうそう。俺が見て欲しかったのは、まさにそこなんですw」

「チャラさんの言いたいことが理解できました。つまり」


――株主資本(純資産)が増え続ける企業は、増配を続けることができる。


チャラ男は力強く頷いた。


「これは素人に多い意見なんすけど……、あっ、俺も素人ですけどねw

 大企業はどこも売上が横ばいになってて成長しないとか、

 だから株価も大して上がらないって。問題はそこじゃねえっすw」


彼の説明を要約しよう。


高配当株を買う人は、第一に配当によるキャッシュインで手元の現金を

増やしたいと思っている。そして、できれば再投資をして株数を増やしたい。

この場合、優先事項は配当金の確保であり、株の値上がりは二の次である。


高配当投資にとって最も重要なのはPERではなくPBR、

つまり純資産を母数に算出した見た株式の価値であり、PBRが仮に

1を割ってるようなら文句なしで買いの判断をしてもいいくらいだ。


「すごく貴重な情報をありがとうございます。あの、本当にありがとうございます」

「ちょww頭下げないでくださいよw新田さんww」


この話に感動したまゆは、チャラ男のためにコーラを注文しに行った。

「女性におごられるのはちょっと……」と遠慮する彼を無視して買ってあげた。

チャラ男はちょうど喉が渇いていたのでありがたく頂戴する。


「なるほどー。私もようやく話の本質がわかったよ」

と感心するまゆ。あごに手を当てている。


「チャラオ君の理屈だと、今の相場でのバリュー株は、

 みーんな超安いってことになるよね? だってグロースが上がってるんだから。

 今は市場に放置されてるバリューを最安値で買えるチャンスじゃん」


「そっすねw 今現金を大切に持ってる人は、

 もしかしたら貴重なお宝を買い逃してる可能性があるっすw

 言っちゃ悪いけど臆病者ってことになりますかねw」


「実は私がその臆病者なんだよね……」

「えww?」

「まゆちゃん。株買ってなかったの?」

「うん。実は怖くてさー。少しだけETFの積み立てはしてるんだけどねー」


チャラ男が「失礼じゃなければ証券口座を見せてもらってもいいすか?」

と言うと「どうぞどうぞ」とスマホを渡すミカ。


「ふむ」チャラ男が真顔になる。

真剣な顔をしていれば決して男ぶりは悪くない。

背丈は175センチくらいで筋肉質である。


「現金余力が340万。保有はJリートと優待株を少々。

 あとは……これはETFすか?」


「うん。日本円で買える米国株の指数ETF。ナスダックとダウを買ってる」


「いわゆる積み立て投資すかね。買ってる商品は手数料も安いし手堅い印象です。

 ただし、ちっとばかり積極性が足りない気もしますがねw

 今は10年先を見据えるなら間違いなく暴落相場の最中っす。

 ここは一気に100万くらい買っても大丈夫だと思いますよ」


「そうなんだけど、私ねー、今無職だから収入がないのよ。

 だから怖くてあまり多くのお金を投資できないんだ。

 自分の身に何かあった時に卸せる資金がないと不安じゃん?」


「まあ確かにそうっすね」


「でしょう? 本当は私もミカちゃんみたいに高配当の株を

 買いまくって毎年配当金をもらいたいんだけどね~」


「日本株すか?」


「うん」


「安値でも日本株を買う方法、あるっすよ」


「それって日本の高配当株を集めたETFのこと?」


「例えばこれっすね」

https://www.nikkoam.com/api/reports/monthly?fundcode=616982&date=202301

1698 - 上場インデックスファンド日本高配当

※日興アセットは、アジアでの最優秀運用会社に9年連続で選定された。

顧客が超長期で資産運用するのに最適な会社として認定されたのだ。


その商品ラインナップは米国だけでなくアジア太平洋地域にまたがる。

商品説明では手数料を差し引いた実質の分配利回りで表示してくれる。


まゆは「日本株でもこんな便利な商品があるんだー」と感心していた。


「このETFの中に高配当の銘柄が100個も入ってるなんてお得だね」

「しかも10口が売買単位なんで、今なら14,000円で買えますよw」

「分かった。まだ15時前だから買っちゃうよ。私も日本株欲しいもん」

「なっw……?」


なんと、斎藤まゆはその場で30口購入した。

総額4万2千円也。これは、当時の三菱UFJを買うのと同じくらいの価格だ。


「ETFで買っておけば個別の決算は気にしなくていいし気楽でしょ☆」


「本当に買っちゃって良かったんですか?

 なんか俺が買うように誘導しちゃったみたいでサーセンっす」


「ううん違う。これは私が自分の意志で買ったんだよ。

 たとえ明日株価が下がってもあなたのこと悪く言うつもりはないよ」


※なお、このETFをまゆの買値で23年1月末まで持っていたと仮定すると、

含み益が23%増え、しかも配当利回りは5, 5%にまで増える。

しかも分配金は年4回払いのため積み立てがしやすい。

今後も大戦争や災害でも起きない限り彼女の買値に戻ることはないだろう。


「私はチャラオ君の言ってることがもっともだと思うし、正しいと思う。

 私は自分で正しいと思うことはどんどんやる。たとえ失敗しても気にしないよ。

 ねえ、ミカちゃんもそう思うよね?」


ミカは、聞いてなかった。

そのETFの組み入れ上位銘柄を見て感動していたのだ。


それは管理会社のプロが責任をもって組んだ資産配分なのだが、

組み入れ比率の上位にキヤノン、ブリジストン、三菱UFJが入っている。

見間違えではない。これは、ミカがそうとも知らずにプロが

選んだのと同じ銘柄を持っていたことを意味していた。

ミカはコロナ暴落以降、これほど感動した日はなかった。


(だから私の銘柄のリターン(下落率の少なさ)は、市場平均を超えてたんだ)


ミカは直ちにチャラ君と連絡先を交換することにした。それにまゆも続いた。

彼の登録名はチャラオ君(さん)だった。決して名乗ったわけではないのだが。

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投資講座及び小説 @kintyou

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