チャラ男の携帯に証券会社から電話があった

「こちらは、茶様の携帯番号で間違いないでしょうか」

「ああ、そーだけど?」

「わたくし、野村証券で営業を担当している野々村と申しますが」


相手は30代くらいの男性の声だ。


(なんで俺の名前が中国人みたいになってんだよ)とチャラ男は憤慨する。


彼は野村証券の顧客名簿にこのように登録されていた。


茶(姓:ちゃ)羅男(名:らお)


そのためお客様対応で「茶様」となる。

営業マン、野々村君はふざけてるわけではなく、

名簿に記載された名前を読み上げたに過ぎない。


それにしても奇怪な氏名である。キラキラネームにしても

常軌を逸しているし、そもそも名字までキラキラにする意味は?

冷静に考えれば分かりそうなことだが、ただカモ(顧客)から

手数料が欲しい営業マンにとっては些細なことにすぎなかった。



「担当の人、変わったの? 前は女の人だったじゃんか」

「前任者の前川の方は、会社の事情で部署移動になりました」


「は? 嘘つくんじゃねーよ。営業ノルマが達成できなかったとかで

 首にされたか、あるいは自分から辞めたんじゃねーの?」


「それは……」


「その反応は図星か? 野村は営業ノルマが厳しくて

 営業所の上司にボロクソに言われるので有名だもんな。

 別名、うつ病患者と廃人製造所。だからどんな手段を使ってでも

 俺ら素人にも高値でゴミ株を買わせるんだろうが」


「し、失礼しました。またのちほど、ご連絡を差し上げ…」

「おい待てよ。今日は俺にどんなクソ銘柄を勧めるつもりだった?」

「……」

「言えよ!! どの銘柄だ!!」

「はっ、申し訳ありません。バンク・オブ・イノベーションでございますが」

「ほう」

「はい……」

「そっか。そうか。そうかそうか。バンクか」

「は、はい……」


営業は、手先が震えた。

電話口の先にいる相手の表情を知る手段はないが、

この重苦しい間の長さと相手の声色から激怒してることが分かる。


「おめーは、俺様にバンクオブを買わせたかったと?」

「いえ」

「買わせようとしたんだろ? あああんっ!?」

「いえ滅相もございませんっ。わたくしは、あくまでお客様にご提案を」

「提案じゃなくて無理やり買わせようとしてるんだろうが!!」

「ひいっ!! お、お客様ぁ!!」


チャラ男君は、真顔だ。

普段のチャラチャラした様子は感じられず、

彼の後姿には彼の父上(埼玉県議会議員)と同等の貫禄さえ感じられる。


彼は19年に投資を始めてから実に1年以上も野村の営業に騙され続け、

また母上の助言もあったことで不当な勧誘に引っかからなくなってきた。


「こんなPERが高くて暴落寸前の銘柄を買わせようとか、

 ふざけんじゃねーぞ!! このクソ野郎がああああああ!!」


電話先ですすり泣く声が聞こえる。

実は担当者は30代ではなく中途採用の24歳の新人だった。


「おめーなんかと話す価値もねえ。俺の舌が腐りそうだぜ。

 ああん? 泣いてんじゃねえよ。このクソ野郎が。

 人を騙して金を分捕って。それで生きてて楽しいか?

 その金は本当は誰のものだったんだ? ああ? 

 最後にこれだけは言っておく。くたばれ。社会のゴミ。ウジ虫野郎が」


くそがっ……。舌打ちしながらチャラ男は椅子ににふんぞり返る。

ここは昼下がりのマックの店内だ。チャラ男がうるさいので店員に注意される

寸前だったが、すでに電話が終わったことをアピールして事なきを得た。


今日は8月の第1週の水曜日。給料日も遠いので社会人の数は少ないが。

夏休み期間中なので暇な親子連れが多い。マックはどの世代にも大人気だ。


マクドナルド日本法人は1970年代に登場して以来、

客足が途絶えることはついに一度もなかったといっていい。

我が国における外食チェーンの帝王である。


当時、マックの日本上陸前は「極東アジアの日本人には米国食が

流行しないのではないか……? 味噌汁を飲む彼らの味覚に合うのだろうか」

との懸念もあり、もし流行しない場合は即時撤退の覚悟もしていた。

それが今では完全な杞憂に終わっている。


日本中の複合店(ショッピングモール)にあるレストラン街を

見回しても、他のテナント(お店)の出入りはあるが、

マクドナルドが撤退する例を筆者は見たことがない。

同じくケンタッキーも強い。そして飲み物はコカ・コーラ。

地球上でコーラが飲めない飲食店はないと言い切ってもいいくらいだ。


ファストフード店は、例えばエジプトのピラミッドの前にも出店している

ほどで今や全世界の共通食となっている。(食べ過ぎると体には悪いが)



少し余談を挟んだが、本編に戻る。


「くそがっ。クソ野郎と話したせいでメシがまずくなった」


チャラ男は食べかけのナゲットを捨ててしまうかとさえ思った。

怒鳴って喉が渇いたのでコーラを一気に飲み干す。

彼は下戸なのは前にも述べた。酒が飲めない人には夏の炭酸ジュースが最高だ。


チャラは下品にもげっぷし、また椅子にふんぞり返る

まだイライラが収まりそうにない。


「あん?」


ちらちらと、こちらを見てるお客さんがいた。

カウンター席に並んで座る二人組の若い女性だ。

年齢はチャラ男より年下だろう。片方は背が高いアナウンサーみたいな美人。

もう片方はチビだが、綺麗な顔立ちをしてる。


チャラは、チビの方に見覚えがあった。


(もしかしてファミマの店員の女の子か?)


そのカンは当たっていた。目が合ってしまう。

小柄な女性、ミカはすぐに目線を明後日に向けた。

決して照れ隠しではない。拒否反応だ。


チャラ男に興味を持っているのは、まゆの方だった。

その日、まゆとミカはマックでランチを食べていた。

前からまゆの優待券を使って食事をしようと約束していたのだ。


そこへ偶然にもチャラ男が居合わせた。

三名の投資家の群像劇を描くこの小説において、

その主要な登場人物である三名の男女が一堂に会したのである。


チャラは席を立つ。


「あのー、おねーさんたちww」


いつもの軽い口調に戻っている。


「さっきは騒いじゃってサーセンしたねww

 なんか野村の野郎どもがどうしても許せなくなっちゃって」


「野村って、あの野村證券の人ですか?」


反応してくれたのは、まゆだった。彼女はミカと違って人見知りしない。


「そうっすよw ちっとおれー、株をやってるんで色々とー」

「すごーい!! 私なんて証券会社の人と話したことなんて一度もないです」


「むしろ一生話す必要なくないすかw?  

 あんな人を騙すクズ共なんて死んだほうがいいっすよ」


「証券会社の人ってお客を騙すんですかぁ!?」


「それはもう。騙すなんてレベルじゃないっすよ。

 下手したら損切りの連続で全財産を奪われるっす」


「あなたってもしかして投資のプロの方だったりします?」

「俺なんてド素人っすよww むしろおねーさん達のほうが詳しそうですけど」

「私も超素人です。つい最近までデイトレを頑張ってたレベルですからw」


まゆはぜひ詳しく投資のことを聞きたいと思い、相席を勧めようとしたが、

ミカは乗り気ではなく、黙っている。まゆが、表情が硬いミカに耳打ちする。


「ミカちゃん。あまり人を毛嫌いするのは良くないよ。

 まだどんな人かもわからないじゃん。もっと気楽に行こうよ」

「まあ、それはそうだけど……。まゆがそう言うのなら」


渋々ながら納得してくれた。

しかしチャラ男は一度ナンパして振られたことを覚えているので


「あ、もし邪魔だったら俺、帰るんで。

 ふたりのランチを邪魔しちゃってサーセンしたねww」


「ちょ、ちょっと待ってください。もう少し話を聞かせてください」


むしろまゆに引き留められる形になった。ミカの方も嫌がってはいない。

三人は、それぞれが投資家であることをまず確認した。

そしてコロナの大暴落でどのように投資をするべきか語り始めた。


ムードメーカーのまゆが話を盛り上げる。


「今はグロース株が有利みたいな流れだよね~」


「そうっすねw」


「8月までの決算でバリューもそれなりに上がったけど、

 やっぱユニクロとかソフバンの上昇にはかなわないじゃん?」


「っすねw その根本的な原因は、デュレーションの問題かもしれねえすよww

 FRBのパウの野郎が実質金利をゼロに誘導したから成長企業の

 金の借入が容易になり、あとは市場の長期の緩和継続への思惑から

 PERが高いグロースへの資金流入につながってるんだと思いますよwww」


「すごーい。専門家みたいに詳しい。

 何言ってんのか全然理解できなかった。ねえミカ?」


「……うん」


一番驚いていたのがミカだ。彼女の資産は高配当バリュー株が

多いので2020年8月の時点でほとんど株価が回復してない。

唯一元気なのがデンソーだった。7月決算後に暴落したが、

戻るのも早く、すでに買値に戻っている。


そこで勇気を出してチャラ男に聞いてみた。


「私はコロナ前からデンソーを持ってるんですけど」


「素晴らしい優良銘柄っすねw お目が高いす。俺も欲しいっす」


「どうも。そのデンソーが夏場に元気になったんです。

 トヨタはまだ株価が低いのに、どうしてかなって思いまして」


「あぁ、それは調べろってことすか? ちょっと待っててくださいねw」


チャラ男は高そうなボディバッグの中からIPADを取り出して

デンソーのIR情報を調べ始めた。チャラが目を付けたのは、

デンソーの研究開発費の推移と、その取引先企業だった。


デンソーはトヨタ向けの部品メーカーだが、実は欧米など全世界の

自動車会社と取引してる。日本のGDPを牽引するトヨタを陰で支える、

世界有数の技術を誇る部品メーカーだ。


EVエンジン、全自動運転技術、5G、AIナビゲーション・システムなど、

あらゆる点で最先端の技術を開発する、いかにも先行き不透明な

コロナ相場で買われそうな株だった。


ミカ達から見て未来の話になってしまうが、デンソーは、翌21年度の初頭の

決算で利益見通しを引き上げ株価が大暴騰。大幅増配を決定した。


そして株価が上がり過ぎてPERが高くなったが、それは割高に

なったのではなく、バリュー株からグロース株へと変化した証拠だった。

ミカが持っているデンソーは、潜在的なグロース株だったのだ。

もちろん当時を生きる彼女らにそれを知る術はないのだが。


チャラは、デンソーはたぶん来年には上昇してる可能性が高いので

絶対に売らずに持ち続けた方がいいと言い切った。

ミカは、この人の言ってることが間違ってないと信じられた。

信じるだけの説得力があった。

そしてこの人から少しでもためになる情報を聞き出そうと思った。


「あなたは、元証券マンですか?」

「だから違いますよwただの個人投資家ですww」

「個人にしてはものすごく専門的だと思います。じゃあ元銀行員の方ですか?」

「ちげーっすw 俺は勝つために一生懸命に勉強したwwただそれだけっすww」


チャラ男の口座を見せてくれた。ダイキン工業を100株持っている。

含み益が47万。ミカとまゆは衝撃でひっくり返りそうになった。


「ちなみにこれw4月の末あたりに買ってからしばらく放置してたら、

 なんかどんどん株価が上昇して8月の決算でさらに飛びましたw」


「信じられにゃーい!! 日本株ってこんなに上がるのぉ?」まゆ

「す、すごい……私の株なんてほとんど買値にすら戻ってないのに」ミカ


「ぶっちゃけ俺も驚いてるっすww まさかこんなに上がるとは。

 やっぱあれっすね。今はグロース株に資金が入る環境なんで上がりやすかった。

 でもわかりませんよ? まだコロナは感染拡大中っす。今はインドあたりで

 最新のウイルスが流行してるらしいじゃねえすか。また市場が大げさに動いて

 俺のダイキンはいつ暴落するか分からねえ。だから油断しません」


新田ミカは、衝撃を受けすぎて目の前が真っ暗になった。

まず資金力が違う。彼は日本株だけで500万円以上も買ってる。

改めて彼の端末を見せてもらう。超薄型のiPad Airだ。


ミカが彼の保有銘柄を読み上げる。


「ダイキンの他には、日本電産、安川電機……

 ソニー、任天堂……花王も持ってるんですか」


全部100株ずつだった。しかしこれは勇気のある買い方である。

なぜなら高単価の株を狙っているからだ。保有数はたったの6銘柄。

できるだけ少額で銘柄銘柄を増やしたいまゆとは対照的な男らしい買い方だった。


単価が高い任天堂は当時底値でも130万以上、ダイキンも同様。

日本電産も50万。まゆが銘柄の特徴をSBIの四季報電子版で調べてみると、

なんとそれぞれの銘柄の製品の売上が世界首位。なるほど。これなら上がるわけだと納得した。買うタイミングもいい。これらの銘柄を4月に全部買ってる。


「俺のは製造業が中心っすけど、どこも東証第一部(プライム)

 なんで安心してます。たぶんもうすぐコロナの二番底がきて暴落するんで

 しょうけど、含み損になる覚悟は買う前からできてますw

 どうせ倒産しないわけだし放置すね。6末の配当権利も獲得済みです」


「チャラ男さんはすごいですね。悔しいけど私はやっぱり下手くそです。

 私なんて、ちっとも株価が上がらない銘柄ばかり持っていて……」


ミカは、ぽろぽろと涙を流していた。

チャラ男が凄腕なのはよく分かった。それだけに自分のふがいなさ、

下手くそさが際立ってしまい、今まで頑張って銘柄を選んできたのが

馬鹿みたいに思えてきたのだ。


「ミカちゃん……」

友達のまゆが、そっと背中に手を当ててくれる。

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