神の島にて最高にハッピーな花嫁になること

尾八原ジュージ

☆☆☆大祭☆☆☆

 リリカが泣くまでパーティーは最高だった。

 なにせ十年ぶりの我らがヤバンナ島の大祭、この日のために密造されていた果実酒がバンバン振舞われるし、気が狂ったような量のフルーツ盛り合わせや魚や豚の丸焼きがあちこちに置かれてるし、女は皆ビキニで男は海パンに前開きアロハだし、ウーハーの震動でヤシの森が揺れて色鮮やかな鳥が超飛ぶし、リリカだって伝統的なフェイスペイントとかしてもらって楽しんでいたはず。おまけにくじ引きに当たって、一気にお祭りの主役になったのだ。

 なのに、あらかじめ掘っておいた深さおよそ五メートルの穴の中に落とされたところで、リリカは突然悲鳴のような声をあげ始めた。

 ヤシの木が群生する森の中に、リリカの声が響き渡る。日本式の喜び方ってそんな感じだったっけ? とにかく嬉しいんだろうなと思って見守っていたら、神官たちが土を穴に入れ始めたあたりで、彼女は「ネルネル! ネルネルってばぁ助けてぇ!」とあたしの名前を連呼し始めた。

 あたしだけじゃなくみんなも戸惑い始めた。

 神官のひとりはあたしのパパだ。褐色のムキムキボディに白いビキニパンツとマントをまとい、手にスコップを持っている。つまりもう埋める準備は万端なんだけど、かなり困った感じで穴の中を指さし、

「この子さぁ、お前の名前呼んでるよね? 日本語だから何言ってるのかわかんないけど」

 と、そばで見ていたあたしに話しかけてきた。

「うん、なんか助けてって言ってる」

「うーん? ちょっと話聞いてやってくんない? さすがに泣いちゃってるとね~、ちょっとね~」

「りょうかい~」

 あたしは穴の中を覗き込んだ。色とりどりの刺繍で飾った花嫁衣裳を着て、頭に鮮やかな花々の冠をつけたリリカと目があった。今朝森で集めてきてみんなで作った花輪だ。リリカもきれい! って喜んでいたのに、今は泣いちゃって花輪が曲がってるし、フェイスペイントもめちゃくちゃだ。

 リリカはあたしが日本に留学していたときに知り合った、日本人の友達だ。こないだ島の大祭の話をしたら、「見てみたい!」と言って、はるばる海を超えてやってきた。もちろんあたしたちは大歓迎、でも大祭に参加するなら神官の言うことは聞いてもらわなきゃ困る――とちゃんと確認した。で、リリカはオッケー! と答えた。島民全員でひくくじをリリカが「引いてみたい」と言ったときも、くじで決まったことは絶対だよ、と念押しした。

 で、リリカが当たりを引いたのだ。だから花嫁衣装を着て穴の中にいるわけなんだけど……。

「リリカー? どうかしたー?」

「ネルネルぅ! この人たちあたしを埋めようとしてないぃ!?」

「は? してるけど?」

「ぎぃいいい助けてえぇぇぇ!」

 リリカは顔中を涙と鼻水でべちょべちょにしながら、また奇声を上げ始めた。よく聞こえなかったのかな? あたしは少し声のボリュームを上げた。

「だからぁー! くじに当たった人がぁ! ヤバンナ様の花嫁になるのぉ!」

「聞いたけどぉ! それってお祭りのイベント的なやつじゃないのぉ!?」

「イベントだよー! 一番大事なイベント!」

「なんで埋めるのおぉぉ」

「なんでって、ヤバンナ様は大地の神様だからなんだけどぉ!」

 そこんとこ、とっくに説明したんだが?

 我らがヤバンナ島では、大昔から大地神ヤバンナ様をお祀りしている。そのヤバンナ様の花嫁っていうのは十年に一度の大祭の主役で、ものすごく名誉な役だ。くじに当たった人は家族ぐるみで喜ぶものだし、穴には自分から飛び込むものだし、そして静かにお祈りしながら埋まっていくものだ。

 ぶっちゃけて言うと、あたしは部外者で外国人のリリカが当たりくじを引いたのがくやしい。くじの箱に手を入れる順番がちょっと違っていたらあたしが引いていたかもしれない当たりくじなのに……くやしい。とにかく、神様の花嫁っていうのはこんなギャンギャン言いながら嫁いでいくもんじゃない。ヤバンナ様に失礼だ。

「ねぇパパ、やっぱりリリカに花嫁させるの、無理なんじゃないかな?」

 穴の中はひとまず放っておいて、あたしはパパに話しかける。

「リリカは外国人だし、ヤバンナ様のお嫁さんになることが最高にハッピーなことだって、よくわかってないんだと思う……」

 だから代わりにあたしがやってもいいんじゃないかな~? という意思を込めたつもりだったけど、あいにくパパはそういう小細工には乗り気じゃない。

「そっか~。でもくじの結果は絶対だから……」

「だよね~」

 そう、くじの結果はヤバンナ様の意志なのだ。誰だって好きな人と結婚したいものだし、花嫁を何人も娶ってきた神様だってそれは同じだ。結婚ってすごく大事なことだし、誰だってその時々でベストな選択をしたいし、一度決めた相手は大切にしたい。神様だって以下同文。

「ネルネル、ヤバンナ様の花嫁になるのは最高にハッピーなことだって、お友だちに説明してあげてくんないかな? オレら日本語わかんないからさ~」

 パパがスコップの先で穴を指して言った。

「まだ埋めちゃわないの?」

「うーん、やっぱ笑顔で嫁いでほしいじゃん?」

「そっか~。だよね~」

 誰だって笑顔のときが一番キレイだもんね。するとその時、穴の中でリリカが「おがあざんんんん」と泣き声をあげた。あ、そうか。家族と別れるのが寂しいのかも。

「大丈夫だよリリカ~! 大地とひとつになっちゃえば世界は全部つながってるからー! 日本の家族とも一緒だからねー!」

 穴の中に向かって声をかけた。これで安心して嫁いでもらえるといいなぁ、と思ったけど残念ながらそうはいかなくって、

「ネルネルがなにいってんのかわかんないいいぃ」

 とグズグズ言いながらリリカは地面に突っ伏してしまった。どうしよ。

「もう埋めちゃってよくないスか?」

 パパの後輩の神官が、スコップを片手にそう言った。「納得するのは嫁いでからでもいいんじゃないっスかね~」

「そう? オレちょっとやだな〜。誘拐婚みたいで野蛮じゃん?」

 パパは首を振る。やっぱりパパは優しい。このまま埋めて無理やり嫁がせちゃうこともできるけど、そういうことはしたくないのだ。ヤバンナ様だって、いきなりベソベソ泣いてる女が嫁いできたら困ると思うし。

「やっぱりさ~、まずはヤバンナ様の良さを知ってもらうところから」

「なるほど?」

 すると、教師をしているキルキルがさっと立ち上がった。水色のビキニに包まれた巨乳を揺らしながら走り去り、島唯一の小さな学校からヤバンナ様の紙芝居を持って戻ってきた。日頃から子どもたちが親しんでいるものだ。

「これだったら絵もあるし、日本のお友だちにも伝わりやすいんじゃない?」

「キルキルありがと~!」

 あたしはさっそく穴の中に向かって紙芝居を始めた。「おーい! リリカこっちみてー! 今からわかりやすくヤバンナ様のことを紹介するからね! 昔むかし~!」

 ところがリリカ、全然こっちを向かない。穴の中に突っ伏してしまっている。せっかく紙芝居持ってきてもらったのに……さすがのあたしもだんだんイライラしてきてしまう。子どもたちは飽きて騒いでいるし、大人たちは不満顔だ。口々に「花嫁のなにが不満なわけ?」なんて言っている。あたしも完全に同意見だ。

「ちょっとー! リリカってば~!」

「日本にがえりだいよぉぉぉ! ネルネルぅ! 助けてえぇ!」

「だからぁ! 大地とひとつになっちゃえばそこも日本みたいなもんだからー!」

「ちがううぅ! 絶対ちがううぅぅ!」

 うーん、これが異文化を受け入れる難しさというものか。

 まぁ、そういうのってあるよね。あたしは日本に留学していた頃のことを思い出す。あのときは、みんなが普通にタコを食べるのにすごく驚いたものだ。あんな賢くて可愛い生き物を食べるなんて野蛮……と思ったけど口に出すのは我慢したっけ。郷に入れば郷に従えというやつだ。結局タコは食べられないままだけど、でも「日本人はタコを食べる」。それは文化だ。安易に否定すべきではない。

 ――と思ってはいても、やっぱり心から受け入れるのは難しい。リリカにも、もっとゆっくり受け入れてもらった方がいいのかも。

「パパ、やっぱり一回穴から出して、明るいところで説明してあげた方がいいんじゃないかな?」

「うーん、そうだなぁ。確かにこの中じゃ紙芝居も見づらいよね~」

 パパも渋々といった感じでうなずく。

「そうだね。じゃあ一回上に引き上げて――」

 なんて話をしていたら、突然後輩神官くんが「うわっ!」と声を上げた。

「どうした?」

「くっせぇ! この女、神聖な穴の中でウンコ漏らしたんスけど!?」

「何だって!?」

 突然パパが顔を真っ赤にして怒り出した。

「どこのどいつが自分の結婚式でウンコ漏らすんだ!? しかもこれからヤバンナ様に嫁ぐっていうのに!」

 パパや後輩神官くんの声を聞いた島のひとたちも非難の声を上げ始める。一年かけて花嫁衣裳を作ってくれたお針子さんたちなんか、顔が青くなっちゃって卒倒しそうだ。かわいそう。

「引っぱり出せ! こんな女に花嫁が務まるか!」

 あたしも危うくそうだそうだと同調しそうになった。やっぱり花嫁、別の子がいいと思うよって喉元まで出かかった。でも寸前で大事なことを思い出して、最高潮にキレまくってるパパを慌てて止めた。

「パパってば! くじ! くじの結果は絶対でしょ!?」

「あっ、そうだった」

 途端にパパはシュンとなった。みんなもスッと静かになる。あたしは慰めるように、パパの肩に手を置いた。

「パパたちの気持ちもわかるけど……やっぱり、一番大事にすべきなのはヤバンナ様の気持ちじゃない?」

「そうか……そうだな。大切なことを忘れかけていたよ。ありがとうネルネル。うんこ漏らしてる花嫁もたまにはいいのかもしれない」

「ふふ、どういたしまして」

 そう、あたしだってリリカを妬んだりしちゃいけない。彼女を選んだのはヤバンナ様なんだから、笑顔で送り出してあげなくちゃ!

「じゃあ……もう埋めよっか!」

「うん!」

 さすがにうんこ臭い人を穴から引っ張りあげるのはしんどい。

 みんなから歓声が上がった。子どもたちは赤やピンクやオレンジの花びらを辺りにまき散らし、大人たちはお祝いの歌を歌い始めた。この島にしか生息しないヤバンナ鳥がピルルルルと鳴き、ヤバンナ蝶の群れが極彩色の羽を輝かせて飛ぶ。熱気と歓声。最高の雰囲気の中、パパと後輩神官くんはウーハーのリズムに合わせ、スコップで土を拾って穴に入れ始めた。最初は騒いでいたリリカも、そのうち静かになった。

 みんなが笑顔で見守るなか、とうとう穴は完全に埋め立てられ、リリカはヤバンナ様のお嫁さんになった。

「おめでとう!」

「おめでとー!」

 皆が口々に言いながら花や果物を持ってきて、小高く盛られた土の上を色とりどりに飾りつける。リリカがいくら涙べしょべしょでうんこを漏らしていても、こうなってしまえば歴代の花嫁と同じだ。

「ママのことを思い出すなぁ」

 パパがあたしの肩に手を置いて言った。

「ああ、ママが前の花嫁だったもんね」

「そう、とてもきれいで幸せな花嫁だった」

「じゃあ、リリカはママに会えるかな?」

「そうだね、きっと会えると思うよ」

 パパはそう言いながら、優しく微笑んであたしの肩を抱いた。

「じゃあ……リリカは最高にハッピーだね!」

 やっぱり羨ましいなと思ってしまう自分の気持ちに蓋をして、あたしはパパと一緒に、踊り狂うみんなの輪の中へと入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神の島にて最高にハッピーな花嫁になること 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説