第6話

「そりゃ、間違いなく呪いだな」

 薄暗いワンルームアパートの一室で、男はそう呟いた。

 こぢんまりとした部屋の窓際に設置されたPCデスク前のチェアに腰かけ、足を組みながら言う男の風貌は、なんとも年齢不詳であるものの、雑に延ばされた髪と髭と、不釣り合いなほど整った顔のせいか、まるで二十代後半のイケメン俳優がワザと汚らしい役を演じているような、そんな奇妙な雰囲気を醸し出している。

 室内は小奇麗に片付いてはいるものの、どう見ても生活感が見て取れる男の一人暮らしの部屋であり、照明が妙に暗いことも相まって、どこか後ろ暗い陰気さがある。

「やっぱりか。ってか即決かよ。まだ断片的な情報しか言ってないのに。さすがは呪いの専門家、御堂(みどう) 加(か)一(いち)だな」

 祝詞は、部屋の中央に置かれたローテーブルに胡坐をかいて、申し訳程度に差し出されたウーロン茶を飲みながらそう言った。

「幽霊じゃない、祝詞にもその実態がよく見えない、でも、当事者は苦しんでいて、徐々に事態は悪化してるっていうなら、それは呪いだ。というより、お前が解決できない時点で呪いだろうよ」

 加一は言って、すっと人差指で祝詞の肩あたりを指した。

「それに、残穢を感じる」

 途端に、いつもどこかけだるそうにしてる祝詞の表情が、僅かに鋭くなった。

「マジかよっ、まさか、貰っちまったか?」

 言いながら、自らの肩を払う祝詞。

「いや、本当にただの残穢だよ。今のでもうなくなった。本当に、お前のその力は、いつみても不思議だな。幽霊やら心霊現象やらを消してしまう力」

 しみじみと加一は言う。

 『呪い』の専門家としては、霊能業界ではかなり有名な御堂加一から見ても、祝詞の力は圧倒的で得体が知れないものであった。

「それで、なんかわかるか?」

 祝詞に聞かれて、加一は『う~ん』とうなった。

 敬語も用いず、互いに名前も呼び捨ててはいるが、加一と祝詞の中は決して親しいとは言えない。二人は出会って二年ほどの間柄ではあるものの、実際に会って話すのは今回が三回目で、連絡自体も十回程度しかとりあっていない。

 実にビジネス的な関係であり、同業者に近いからこその対等という意識が、この奇妙な『親しさ』のようなものを生み出しているのかもしれない。

 元々は祝詞の家の檀家の息子、という接点で知り合った微妙なものだが、丁度祝詞が生まれて初めて『呪い』というものを目の当たりにした一件で、『呪いに詳しい』ということから紹介されたのがきっかけだ。

 眉唾ものだと半信半疑で会ってみたが、その実はかなり本格的に呪いを研究している人間であることが分かった。

 出会った時から、風貌は今と変わらず、檀家さんの歳から考えて推測するに、やっぱ二十歳そこそこであるとは思うが、歳に関しては祝詞もそこまで興味がないので聞くこともなく、知り得ない。

 改めて考えればなかなか謎な人物ではあるが、一人暮らしで独立していて、当然この部屋の家賃も生活費も、自分で稼いで生活しているのだから、そう言う意味では大分まともな人間であることは間違いなのかもしれない。

 その収入を何で得ているのかさえ、突き詰めて考えなければ。

「……分からない。わかる訳がない。せめて直接話せば何かわかるかもしれないが……いや、それでもわからないだろうな」

 しばらく経った末に、加一はそう言った。

「あれ? 君には説明してなかったっけ? 呪いの特性と構造」

 頭を掻きながら言う加一に、祝詞は思い出しながら口を開く。

「現代に残る唯一と呼べる魔術……代価に見合った効果を及ぼす、実に機械的な、超常の術式……だっけか?」

「その通り」

 『呪い』の原点は、想いである。

 願いであり、期待である。

 そう並べると、随分とプラスのイメージを持つかもしれないが、ここでいう『想い』も『願い』も『期待』も良いことばかりとは限らない。

 憎む想いもあれば、不幸を願うこともある。

 災難を期待することだって、少なくない。

 この時点は、祝詞がいつも相手にしている『幽霊』と大差はないのだが、ここから『儀式』と『代価』を経て、呪いは確実性の高い現象になる。

「呪いはね、等価……ばかりではないけど、それ相応の代価を『先払い』して成立させるものなんだ。払うものは、時間、苦痛、命と色々あるけれど、確実性を求めるなら、祈りだ。人を呪わば穴二つ、とはよく言ったものでね。誰かを呪い殺そうとすれば、それを成立させるための代価としての『命』が必要になる。そして、大体の呪いは、効率も燃費も悪い。代価は大抵、多く支払うように出来ているんだ」

 加一は改めて説明するように言った。

「だからね、呪いを解除したり、弱めたりすることは、基本できないんだ。呪詛返しなんてもってのほかだね。あれはきっと、よほど加護が強い人間がやったか、別のところで多大な犠牲を払わなきゃできない芸当だ。世界の、システム的にね」

 呪いには、『正当性』と言うものが問われることが屡々で、世界に存在する因果応報のシステムによって、この効果が施行されるか否かが決まるらしい。

「正直、オレにもよくは分からないんだ。オレは独自の調査と見解で、答えらしきものを見つけているだけに過ぎないから。その『正当性』に関してだって、最初は突飛な仮説から行きついたものだ」

 正解がある訳でも、答え合わせをしてくれる訳でもない。

 ただ、仮定し検証することで、現時点における情報と状況においては、そう考える他ない、という仮初かもしれない答えを加一は提示しているに過ぎない。

「……とは言っても、それが呪いなら、オレの観察対象ではあるね」

 加一は、口だけで笑った。

「タイミングを見て、紹介する。直接見れば、何か気づくこともあるかもしれないからな」

 祝詞が言うと、

「出来る限り協力はするけど、結局なにもできはしないよ」

 と加一は言った。

 それに祝詞は二回頷き、ウーロン茶を飲み干して、加一の部屋を後にする。

 アパートのエントランスを出ると、そこには頼光が待っていた。

「どうだった?」

「やっぱり呪いだろうってさ。それも手当たり次第のモノじゃない。おそらくだけどあの人だけを狙ってかけられたモノらしい。現に、俺やお前、緋ノ森さんに穢れが飛び火してないのが証拠だ」

「それは、やっかいだね。消せるのか?」

「……消せないな。俺の力は、残ったエネルギー体(幽霊)の消去がメインだ。意図して代価を支払った『呪い』の類を問答無用に消せるような便利なものじゃない」

「なら、依頼は辞退する?」

 答えずに、祝詞は歩き出す。

 それに頼光も続いた。

 良くも悪くも、幼い頃から人生を狂わせてきた『幽霊』という存在。常に一方的な彼らに、憤りを感じ、祝詞にとってそれが少なからず憎しみになっているのは事実だ。しかし、それと同時に、祝詞は自分の得意な力を、誰かの役に立てたいと思っているのも本心だった。

 霊障に困っている人間は案外多い。

 そしてその殆どが、その正体を知らず、インチキな霊媒師や除霊師の口車に乗って大金や時間を浪費しては、結局何も解決しない。

 そんな人を助けられるのであれば――。

 安い正義感など持っていないつもりだが、それでも、純粋に困っている人間を助けたいとくらいは思う。その思いが本来ドライで合理的な考え方をする祝詞の判断を鈍らせている。

「……俺に依頼してきた人間を、見捨てたくはない。だが、呪いに関しては幽霊みたいにはいかない。専門家に聞いても、解決策は出てこない。それでも、残穢は俺の力でも消せるんだ。ならば、なんとかできる可能性はあるんじゃないかって、思っちまうのは高慢なんだろうな」

「根っこの部分がいい奴なんだよね、祝詞って。それじゃあ、続けるんだね」

「……ああ。っていうか、まだ手を引くには、序盤過ぎるからな。『幽霊』じゃなくて、『呪い』だって分かった。まだそれだけしか分かっていないんだ。もう少し、調べてからでも遅くはない」

「祝詞のそういうところに、僕も救われたんだ。とことん付き合うよ」

 頼光の言葉に、祝詞は苦笑いを返した。

「とにかく、佐藤 淳という人間をもっと調べる必要があるな。特に人間関係だ。呪いは基本的に、恨みや憎しみの果てに行う儀式だ。彼が、過去に誰と関わって、どれくらい恨まれているのかを知らなければ……」

 呪いの出どころ、即ち、かけた人間を特定できれば、何か呪いを無効にする方法が見つかるかもしれない。

 祝詞自身、ある意味絶対的な力をもっていながらも、その法則や性能、幽霊の正体と消し方を知るまでには、トライ&エラーを繰り返した。

 呪いをどうにもできないのは、関わった回数が極端に少なく、色々試す機会もなかったからだと祝詞は考えていた。

「佐藤さんのところに行こう」

 二人は再び、佐藤淳のところへと足を運ぶことにした。

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