トロピカル因習アイランド連続見立て虐殺事件

お豆腐メンタル

トロピカル因習アイランド連続見立て虐殺事件

 甲板に出た私を出迎えたのは、照り付けるような太陽だった。海鳥たちは思い思いの歌を奏で、乗客の子供が食べている菓子を強奪しようとしている。


「うわー!教授!見てくださいよ!」


 私を押しのけて、女子大生が手すりを掴み、振り返って船の進む先を指差した。


「あいたたた…岬くん、危ないから甲板で走るのは止めなさいと以前にも」


「もー教授!せっかくオープン当日のリゾートがある南の島に来たっていうのに、そんなにお堅いままじゃいけませんよ!」


 女子大生は、腰に手を当てて私の方を見ながら頬を膨らませる。

 この女子大生の名は岬恕憮華ドブカ。私の勤めるドブヶ丘立殷州鱒インシュウマス大学の2年生だ。本人曰く眉目秀麗学業も優秀と言ってはいるが、現在単位が足りずに留年するか否かが問われている。そう言えばどのような人物かわかるだろうか。


「研究室でも言ったが、今回は遊びに来たのではなくて」


「わかってます!教授のフィールドワークで来ただけっていうのは!でも夜中に泳ぐくらいならいいじゃないですか!」


 彼女は手荷物の鞄を叩く。私の見立てでは、彼女の鞄の中でフィールドワークに関わるのは手帳とペンだけ。あとはおろしたての水着か衣装なり、それと今の若者らしく自撮り棒などだろう。

 叶うならば、他のまだ比較的まともなゼミ生に来てほしかったが、他の生徒は大学の片隅に生えていたマツタケと思しきキノコを大学内でBBQにし、食中毒を引き起こし入院中。唯一参加しなかった彼女だけがこの場で私のお供をしているのだ。


『ガガ…お客様へご連絡があります。当船は間もなく…ガリガリ…トロピカル陀厳港へ停泊いたします。乗り降り口の方へ…』


 ガリガリと割れかけの音を立てながら、アナウンスが流れる。


「教授!早く行きましょう!こういうバカンスで上陸するのは一番乗りがいいんですから!」


 岬くんは、私の手を掴むと駆け出した。







 トロピカル因習アイランドは、数年前から国内のリゾート資本の誘いを受け、この手の話では珍しく島民の大部分の歓迎を受け、島の大部分を観光地化したという異例の観光島だ。

 その唯一の玄関口たるトロピカル陀厳港は、漁港のすぐ横の連絡船停泊所に急ピッチで増設された観光客用の停泊場所があったとしても、船とそこから降りた観光客でごった返していた。


「先生!お待ちしてました!」


 その人ごみの中で、一人のアロハシャツにスーツのズボンといういでたちの中年男性が旗を振りながら笑顔で私たちの事を見つめていた。


銅城磨ドウジョウマさん。お迎えに来てくださりありがとうございます」


「いえ!遠路はるばるようこそトロピカル因習アイランドへ!」


 私の差し出した手を、銅城磨さんはすぐに握りブンブンと上下に振る。

 銅城磨さんはこの島の役場の職員で、今回島に伝わる神話を調べてみませんかと私の研究室を訪ねてきたのだ。『もし詳しくわかれば、お土産グッズに出来るかもしれませんので!』そう聞いて強かだなと思ったのを覚えている。


「それで、こちらの方は先生の?」


「ええ。私のゼミ生の」


「先生の助手の!岬恕憮華です!」


「助手!この若さで助手だなんてすごいじゃないですか!」


「えへへ!そうでしょう!」


 岬君は昔のアイドルのような親指も一緒に立てる三本ピースをすると、それを顔の横に持っていきウィンクをした。それにつられてか、銅城磨さんも同じようなピースとウィンクをする。


「銅城磨さん」


「ああすいません!すぐに村長のお宅にまでお連れしますので!」


 私が呼びかけると、銅城磨さんはハッとし、旗を掲げて降りながら人ごみをかき分けて進む。私たちもついていき、港から駐車場へ。

 駐車場には、かなりの数のレンタカーがあり、港で働いている島民のものだろう車はかなり少なかった。


「先生方!こちらの車に乗ってください!」


 銅城磨さんがババン!と効果音が尽きそうな身振りで指し示したのは、軽トラだった。恐らく、二人乗りが限界の。


「え゛っ」


 岬くんは、普通の自動車なりがあるとでも考えていたのだろう。その潮風で所々が錆びついた白い軽トラを見て、固まっていた。


「島で生活する分にはこれで十分なんですよ」


「銅城磨さん。荷台に人を乗せるのは法に…」


 ナチュラルに自分が荷台に乗せられそうになっていることに気が付いた岬君が抗議の目線を向けて来るが、私は無視をする。


「それなら大丈夫ですよ!」


 銅城磨さんは、荷台に載せてある魚が入った籠を指差す。


「岬さんにはこの籠を見ていて欲しいんです!そうすれば駐在所の人には怒られないんで!」


 それだけ言うと、銅城磨さんはさっさと車に乗りハンドルに掛けてあったタオルで顔の汗を拭う。


「…教授!可愛い助手のためにここは」


「岬くん。頑張りなさい」


 どれだけかかるかわからない道のりを、荷台の上で過ごすのは勘弁だ。







「ところで教授ー」


 荷台に揺られながら、遠ざかるホテルや観光エリアを眺めつつ、岬くんは不機嫌そうに私に声をかける。岬くんをルームミラーで見ていた私は振り向いて、リアガラスを開ける。


「なんだい岬くん」


「今さらなんですけどー、なんでトロピカル因習アイランドって名乗ってるんです?ここ」


「岬くん…研究室で渡したパンフレットや資料があっただろう…」


「水着を選ぶのに忙しすぎて忘れてましたー」


 それを聞いた私はため息を吐いた。


「ここはね、岬くん。独自の信仰を持つ人々が住まう島なのさ」




 およそ200年前、江戸時代後期。とある島の海岸に神が漂着した。人々は最初神の言葉が理解できずにいたが、神の言葉を理解することが出来た巫女を中心に神を奉り、神は人々に海の知恵を与えた。

 ところが、ある時神を疑う島民が現れ、神は初めて島民と同じ言葉を話し、わらべ歌を歌った。すると、その疑った島民たちは次々とわらべ歌と同じように死んでいった。人々は大層怖れ、以来その神を荒ぶる海の神として奉った。

 その信仰は現在も残り、観光地化するにあたり南国の信仰が残る島、トロピカル因習アイランドとなったのである。




「…というわけだよ」


「はえーアニメとかでありそうなやつですねー」


 岬くんは興味なさげに言い、スマホの電波が届かないかあっちこっちに腕を動かしていた。


「それで、今日の夜が百年に一度の祭りが行われる日なんですよ!その日にオープンの日を合わせたんですよ!祭りは盛大に行いますよ!まずは…」


 運転をしながら、銅城磨さんはそう岬くんに自慢げに言うが、岬くんの興味は帰る前の自由時間に回る店を探すための電波探しだった。







「おぬーだづ。よおけだな」


 銅城磨さんに連れられて辿り着いたのは、一般の家数件分の広さもある立派な家屋だった。その家屋の客間で、立派なソファに腰を据えているのが、村長だった。

 村長は漁で焼けたのか、小麦色の肌に銅城磨さんと同じようにアロハを着て短パンを履いていた。

 村長は、私の名刺と私をじろじろと見比べて、岬くんを見て一瞬顔を歪め私の名刺を一枚板のテーブルに投げ捨てた。岬くんを見てちゃらちゃらした奴が来たなとでも思ったのだろう。失礼だが、よくいるタイプだ。


「んで、おぬーだづのめえでさばなんだ?」


「この島に伝わる信仰について調べに来たんです」


「それで、村長の自宅に保管されている絵巻と、わらべ歌を聞かせていただきたいんです!」


 銅城磨さんの話を聞いて、村長は難儀そうに立ち上がり、部屋を出ていく。


「銅城磨さん、村長に話を通してあるんじゃないんですか?」


「ええ。けれどあの方は気難しい方で…」


 小声で銅城磨さんと話をしていると、村長は手に細長い箱を持って戻ってきた。


「これざぬうじんさまんえまぎだ。てえへえないものじゃ。でえじにみれ」


 村長は、箱の中からボロボロの巻物を取り出した。テーブルの上に置かれたそれの紐を村長が解こうとした。その時。


「そんつう!てえへえじゃ!」


 バタバタと音を立てて、中年の男が客間に飛び込んできた。


「なんぞ!てえへええれぇがくしゃさまざおるじゃ!」


「きたざがけおちじゃ!」


 それを聞いた村長は目を見開いて、入ってきた男に怒鳴ると一緒にどこかへと行ってしまった。


「あのー…もしかしてなにか緊急事態?」


 村長たちの話を聞いてアタフタしながら電話をかけようとしている銅城磨さんに、岬くんが話しかけた。


「…北の方で、崖崩れが起きたそうです」






 トロピカル因習アイランドは四つのエリアに分かれ、西の島民が生活するエリア以外は南に漁港や観光客向けのお土産などがあるエリア。東はホテルやビーチなどがあるエリア。そして北はそのままの自然が多く残されているエリアがある。

 トロピカル因習アイランドは独自の生態系を持ち、日本のガラパゴスとも呼ばれ、その動植物を見るために北へ向かう人が多かったらしい。


 事件は、そこの山で起きた。


「うわああああああああああ!」


「アレエエエエエエエエエ!?」


 観光ツアーに来ていた一団が、上から落ちてきた大岩に押しつぶされた。生存者は無し。全員が、押しつぶされてミンチになった。






「村長!村長ざおるか!」


 銅城磨さんから、何が起きたか聞いていたら、客間に老人が怒鳴りながら入ってきた。


「副村長…村長は今役場の方で事件の対応に…」


「ちぃっ!あの疫病神め!あいつざお前らざそとものざ呼んだから、ぬうがみ様ざお怒りになられたんじゃ!祭りざ日になんちゅうことじゃ!」


 副村長と呼ばれた男は、私たちを見ると憤怒の表情を浮かべた。


「お前らざせえで、ぬうがみ島ざ大迷惑じゃ!しまざやっけえものざ、やけちいっちめえ!何ざトロピカル因習アイランドじゃ!ワシらざ信仰を因習扱いしよるそとものざ呼び込みおって!」


 それだけ言うと、役場に向かうためかドスドスと足音を立てて怒り心頭の副村長は出て行った。


「島の厄介者は…焼け死んでしまえ…うっかり者は…頭を砕かれて…」


 銅城磨さんは、物騒なことを言うと何か考え込み始めた。


「あの…今の副村長の言葉にに何か…気になることでも?」


 私が訪ねると、銅城磨さんは意を決したように口を開いた。


「村に伝わるわらべ歌と…事故の内容が似ている気がするんです」


 そう言うと、銅城磨さんはシマに伝わるわらべ歌を歌い始めた。




猿は歌う。うっかり者は頭を砕かれて死んでしまえ。


蛇は歌う。食い意地の張った者は毒を食って死んでしまえ。


魚は歌う。慌てる者は足を滑らせて死んでしまえ。


猪は歌う。島の厄介者は焼かれて死んでしまえ。


ぬうがみは歌う。我を信じぬものは死んでしまえと。







「殺人事件なら、見立て殺人かもしれない!なんてドラマみたいな感じだったんでしょうけど、落石事故に死者多数だと、普通に事故って感じですかねー」


 岬くんはそう言いながら、割り箸で掴んだ納豆巻きを醤油に付けて口に放り込む。


「岬くん、飲食店内であんまり大声で喋るのは…」


 私たちがいるのは、南エリアの観光客向けに整備されたエリア。そこにある大手チェーンの回転寿司屋だ。あの後、銅城磨さんについて行って役場まで行ったものの手伝えることもなく、夜中まで解散。それまでスケジュールが空いてしまった形になり歩いてここまで来たのだ。


「それより岬くん、私が昼食代を持つから好きなものを頼んでいいと言っているのに…」


 岬くんは席に着いてから今まで納豆巻きしか食べていないのだ。


「いくら好きなものを食べて良いって言われても、じゃあ高い皿ばっかり頼んだらヤバい奴じゃないですか」


「納豆巻き40皿も食べたら別方向でヤバい奴だし高い皿を頼んだ時と同じだけの値段になるよ岬くん」


 岬君と私の間のカウンターには白い皿が積み重ねられ、目の前の職人が苦笑いをしている。20皿辺りを突破した時からちらちらと本日のおすすめトロピカル因習アイランド近海の魚の握りの天井吊り下げを見ていたが、岬くんは一切気づいていなかった。



「けっ!そとものざこんな場所にまできよって!」


 どっかと私の横のカウンター席に一人の老人が座る。副村長だ。役場にいた時は受付の女性に向かって村長を出せと怒鳴りつけていたはずだが、あの後相手にされずに出てきたのだろう。


「副村長もここでお食事ですか」


「あの疫病神ざせいで懐ざさみしいからな!そとものざ店で我慢せないけん!」


 そう言いながら乱暴に湯飲みに緑茶の粉を入れまくる副村長。


『副村長は何で村長を目の敵にしてるんです?』


『ここは大手リゾート資本が開発したって言うのはご存じでしょうが、実はもう一社打診をしていた大手リゾート資本がいたんですよ』


『へー。それが村長たちと何の関係が?』


『今ここでホテルとかやってるのが村長に打診をしていた方で、もう片方のダメだった方が副村長に打診をしてたんですよ。それで、噂なんですが副村長側は成功したら報酬として金品が出るはずだったんじゃないかって…それで今みたいな関係に…』


 私は、役場に向かう間の岬くんと銅城磨さんの話を思い出す。この副村長の不機嫌さを見たら、あながち噂は本当だったのではないか。そんな気がしてしまう。




「皆様お待たせしました!これより解体ショーが行われます!」


 その時、レーンの内側に大きなコブダイめいた魚が運ばれてきた。ただその大きさは50キロ台のマグロほどもあり、他の客もなんだなんだと騒めいている。


「本日はトロピカル因習アイランド近海のオオデイプワンダイの解体を行い握りにさせていただきます!」


 イヨッという掛け声と太鼓の音が響き、マグロ用の包丁で職人たちは器用に解体を行い、客を楽しませている。岬くんは納豆巻きを食べ続けている。


「それでは、これよりオオデイプワンダイの握りの提供を開始いたします!」


 職人が天井吊り下げにオオデイプワンダイの握りを加え、多くの客──恐らく私たち以外の全てかもしれない──が注文をしていた。副村長も、不機嫌そうにオオデイプワンダイの握りを職人に注文をしていた。


「教授は頼まなくていいんですか?」


「私は決まったルーティーンの皿を頼み切って余力があったら頼むよ」


 私はアナゴの握りを食べ、次にイクラの軍艦を頼むために注文用紙を取る。


「けっ!そとものざここざ魚ざ本当に捌けとるんか?」


 副村長は怪訝そうな面持ちで、オオデイプワンダイの握りの皿に載せられた柑橘類を搾り、それを口に放り込んだ。


ブバア!


「うわあ!」


 途端、副村長の口や耳や鼻の穴から血が噴き出した。それが私の全身にかかり、思わず立ち上がって後ずさりをしてしまう。それだけではとどまらず、体の内容物が他にも溢れ出し、骨と皮だけみたいな状態になり副村長は突っ伏して死んだ。


ブバアブバアブバアブバア!


 そこかしこで、血の噴水が巻き起こる。天井から血が滴り、レーンを回る寿司にはすべて血とゴア物質がトッピングされた。


「教授!バッチイから逃げましょう!あと会計を踏み倒せるかも!」


 私は岬くんの提案を受けて店外に飛び出した。すると、他の店からも血まみれの人々が飛び出し大混乱に陥っていた。


「うわー。これあれですかね。毒殺事件ですかね」


 岬くんは顔にかかった血やゴア物質を手で拭いながら人ごみの中で話しかけてくる。


「毒殺…蛇は歌う…食い意地の張った者は毒を食って死んじまえ…」


「うわースゴイ!やっぱりこれって連続見立て殺人なんですよ!ドラマみたい!」


 岬くんの辺りの喧騒がピタリとやみ、周りの人々は岬くんを見つめる。


「わらべ歌の次の歌詞って確か」


「「「ウワアアアアアアアアアアア!!!!」」」


 次の歌詞、次の死人が出る。そのことを知った人々は一斉にトロピカル陀厳港の方に駆け出した。


「え?あれ?」


「岬くん…タイミングを考えなさい…」






 急いで駆けて行った人々の後を追いかけ、トロピカル陀厳港にたどり着いた私たちを出迎えたのは、地獄のような光景だった。急ピッチで作られた港は脆かったのか踏み砕かれて壊れ、陀厳の名の由来ともいえるナナメでゴツゴツとした岩場が顔を出し人々を海に叩き落としていた。


「ギャアアア!」


 砕けた港の端から落ちた男性が漁船のスクリューに巻き込まれてゴア死した。


「タスケテー!」


「イヤアアアアアア!」


 老人や老婆が落ちて互いをウキ替わりに自分だけ生き残ろうとするも、お互いに沈んでゆく。


「船を寄越せ!」


「これは俺の船だ!」


KABOOOOOOOOOM!


「「「ギャアアアアアアア!」」」


 漁船を奪い取り脱出を目論んだ人々は船上で暴れ、エンジンを破壊したのか爆発して全員が燃え上がりながら海へボトボトと落ちて行った。


 地獄が、繰り広げられている。



「教授!どうしましょう!五つの歌詞の内三つが消化されました!私たちはどうすれば!?」


 自分がそのうちの一つを行ったことに気が付いていないのか、岬くんはどこかワクワクとした表情でこちらに問いかけてくる。


「フーッ…とりあえずホテルに戻って着替えよう」






「それで、銅城磨さんは何か言ってました?」


 ホテルの私の部屋のベッドに腰かけながら岬くんが私に訪ねてくる。


「ああ。あそこらへんの飲食店で出してた食材は、島のものだったんだがよく似た毒を持つ生き物にすり替わってたらしい」


「ウヒャー!大胆不敵ですね犯人は!全部の店に忍び込んで食材をすり替えるなんて!」


 名探偵になった気持ちなのだろう。一休がとんちを考えるようなしぐさで岬くんはこめかみをこねくり回す。


『あと…本土の警察に連絡をしたんですが、余りの異常事態に特殊部隊の派遣を行うかどうかで揉めてるそうで何時来るかわからないそうです』


 銅城磨さんはそう言っていたが、今までの経験上この手の警察が来ても大抵全滅するから頼りにはならないだろう。それにこのペース。恐らく明日までにこの島は壊滅する。その予感を感じ、私は早くフィールドワークを完遂するために座っていたソファから立ち上がる。


「教授?どうしたんですか?」


「これからフィールドワークの続きを行うんだよ」


「えー!?夜のお祭りまでゆっくりしてましょうよ!いろいろあったんですから」


「君は私の助手だと名乗ったんだろう?そうであるのならついてくるんだね」


 とにかく、まずはホームセンターに行かなければいけない。最近の港の保安レベルの高さには舌を巻くしかない。







「教授ー、教授ー!あと何件回ればいいんですかー!もう日が暮れてきてますよー!」


 坂道で立ち止まりながら、手帳で先ほど住人の老婆から聞いた話を纏めていると、しゃがみ込んだ岬君が私に不満の声を上げる。


「岬くん。この島に伝わる話は覚えているかい?」


「何回もおんなじ話を聞かされたから覚えてますよ!神様がやってきて人々が神様を崇めて、信じない人を神様が呪い殺して人々が恐れてお終い!」


「そう、そこで終わってるのが気になるんだ」


「はい?」


 岬くんは、私の言っていることがわからないのか、首をかしげている。


「こういった神話の類いは大抵最後には神がどうなったかを語るものだ。元来た場所に帰るか、今も神社なりにいるだとか。だが、ここに伝わる話はその部分がすっぽり抜け落ちている」


「200年前って言ってましたから、その間に忘れたとかじゃないんですか?」


 失伝の可能性は、この島に来る前までは頭の中にあった。しかし、住人たちの話を聞いて理解した。最初から、そこの部分は存在しないのだと。なら、この島の神とはなんなのか?それを知るにはただ一つ。


「それを今から、本人に聞きに行こう」


「はい?」


「この島の神社に行くよ」


「夜中にお祭りがやるってあの神社ですか?じゃあちょっとはゆっくりできますねー。もう足が棒になりそうで」


「不法侵入をするよ」


「え!?」


「大丈夫。手慣れているから」






 山頂にある神社は、どこか物々しい雰囲気に包まれていた。婦人会らしき女性たちがパタパタと走り回り飾りつけ。漁師たちは樽酒を転がしながら用意したり、パイプ椅子を並べたりしている。


「教授、不法侵入はいくらなんでもマズイですよ。銅城磨さんなりにお願いして入らせてもらった方が楽ですって」


「銅城磨さんは忙しいだろうから、それにほら。もう準備は終わっているから」


 神社の外れから、白い煙が上がる。それを見た人々は火事だと叫びながら水バケツを用意するためか下るための階段の方へと殺到し駆け下りて行った。


「教授、なにしたんですか?」


「発煙筒を用意して時限式に改造して火事の偽装をね」


「ヒュー!悪い大人のテクニックですね!チョイ悪親父な教授もいいですね!」


「そんな事より、早く神社の中に入るよ」


 隠れていた神社の裏手から私たちは入口に回る。神社の入り口には南京錠がかけられており、鍵はない。私は、鞄からハンマーを取り出し、ツルを引っ張りながら何度も南京錠をぶっ叩く。すると、南京錠が壊れツルが動いた。それを取って投げ捨てると、私は神社の入り口を開ける。


 神社の中に入ると、そこには広い空間が広がっていた。特に神を奉るような装飾は無く、奥に木製の箱と、村長が持ってきたものと同じ木箱が置いてあった。

 ます、本来見るはずだった絵巻の方を見ることにする。箱の中からボロボロの巻物を取り出し、それを広げてペンライトの明かりをつける。


「へー。結構今でも薄れずに残ってるんですねー」


 岬くんは私の背中から覗き込み、照らされたそれを見た。いくつかの顔料を用いて描かれたそれは、この島の神の物語だった。


「…やはり」


「教授、なにかわかったんですか?」


 絵巻を写真に収めた私は、奥の箱の方を開けようとする。それにも鍵がかかっており、買っておいたマイナスドライバーでこじ開けようとする。


「…最初、この島の神は日本神話のワダツミが伝わる過程で変じたものだと思っていた。海から来た神ということでね。しかし、その絵巻に描かれた神は、どんな神だい?」


「えーっと…漁とかで日焼けした島民と比べたら白い肌ですね。それに、髪の毛の色も金髪っぽいですし。着てるものも和服じゃないですね」


 岬くんは、スマホのライトで絵巻を照らしながら、神の特徴を言う。


「突然だが、君は桃太郎などに出てくる鬼は、外国人だったという説を知っているかい?」


「なんですかいきなり…昔何かで聞いたことはある気がしますけど…」


「当時の人々からしたら、自分たちと全く違う見た目で未知の言語を話す相手は大層恐ろしく見えたことだろう」


 ガキッと音を立てて、鍵は壊れた。私は箱を開け、中にある物を照らした。


「これが、この島の神だよ。ジョン・ドゥなのかジェーン・ドゥなのかわからないがね」


 そこにあったのは、人間のミイラだった。ミイラは、高温多湿の環境下だったろうに異様に乾燥し、指と指の間にヒレのようなモノが残っていた。


「これが、神様?人魚のミイラとかじゃなくてですか?」


「恐らく、島に漂着した外国人だよ。それを、神として祭り上げたんだ」


 神の言葉云々は、外国語を話していたから理解できなかった。言葉を理解した巫女は元々頭が良かったのか、それとも時代的に出島で働いていた娘が里帰りをしたのか。それは定かではないが、その巫女とやらは理解したのだろう。


「んー…?外国人だったとしてですよ?言葉が理解できていたんなら出島に連れて行くんじゃないんですか」


「理解していたうえで、帰さなかったとしたら?」


「え?」


「漂流していたということはこの人物は船乗りかそれとも商人か。島に伝わる話だと海の知恵を与えたということだから船乗りだろう。その知識を、監禁して搾り取ったんだろう。そして、最後に」


「殺してここに置いておいたんです」


 場違いな明るい男の声が後ろから聞こえたかと思うとターン!と音を立てて後ろの扉が閉まった。


「ちょっと!…んー!開きません教授!」


 扉の方に駆けていき、岬くんは全力で開けようとしたがびくともしない。私も開けようと試みるが、開かない。


「無駄ですよ。先生が壊した物より強力な鍵を用意しておいたんですから」


 外から聞こえた声には聞き覚えがあった。


「銅城磨さん!?そこにいるんですか!扉が急に閉まったんですよ!だから開けてください!」


「ええ岬さん!私はここにいますよ!」


 声の主、銅城磨さんは朝港にいた頃と変わらない声色で、岬くんに返事をした。だが、この状況でその明るい声は些か以上にミスマッチだった。


「貴方が、鍵をかけなおしたんですか。銅城磨さん」


「ええ!悪名高い先生のこと。やるやるとは思いましたが、ボヤ騒ぎを起こして侵入するとは思いませんでした!」


「悪名高いとは失敬な。私はまっとうな」


「『神社荒らし』『人間の屑ヒューマン・ダスト』『人間災害』『行く先々で死人と廃墟を量産する男』『祠壊しシュライン・クラッシャー』『ホームセンターで犯行道具を買う男』と先生の悪名はその筋では轟いていますよ!」


 銅城磨はそう言ってはいるが、私としては不本意甚だしいとしか言いようがない。結果的にそのような行動を取るしかなく結果的にそうなっていただけなのだ。


「…これまでの事件はこの島の人々が起こした。そうですね?」


「ええ!そうですよ!」


 第一の事件、崖崩れは上から大岩を転がして落とし。第二の事件の毒殺事件は大手チェーンが本土から連れてきたスタッフではなく、現地雇用のスタッフが最初から毒の生物を安全だと言い張っただけ。第三の事件の港での大量死は、壊れやすく作った港と、発火装置なりで漁船の燃料に引火させ爆発を起こした。

 あまりに無理やりな事件の数々。しかし、今日中に終わらせる算段だったのだろう。祭りに合わせるために。


「冥途の土産に聞かせてあげますよ先生。この島の話を」


 銅城磨は、頼んでもいないのに話し始めた。私はそれを、持ってきたレコーダーに録音をしておく。




 この島に漂着したのは、神ではなく外国の船乗りだった。最初は何を話しているかわからなかったが、一人の娘がその船乗りの言葉を理解した。娘は、その船乗りから帰す代わりに船の知識などを教えて欲しいと願い、島の人々にはその船乗りは神であると騙った。

 船乗りは帰るために、持てる限りの知識を娘に与え、娘はそれを島の人々に教え対価として、金品や食料、巫女として島の長に次ぐ地位を得た。

 船乗りは願った。教えられることは全て教えた。国に帰してくれと。娘は言った。最後に、私の話した通りのことを話せば帰すと。その時船乗りは神ではなく人間なのではないかと疑う5人の島民がいた。それを、神への不信心による祟りの名目で、娘は殺して行った。娘は最後に、船乗りを殺してその死体を神社の中に隠し、子孫代々巫女の家系として島の政に携わり続けたのだ。




「それで、その巫女の子孫が、村長と私なんです。私は親戚筋なんですけどね」


 それだけ言うと、銅城磨は「これより、祭りを始める!」と大きな声で叫んだ。外からワッと歓声が上がり、太鼓の音色や酒樽を叩き開ける音が聞こえてきた。


「まだ、わからないことがある。なんで、この事件を起こしたのか」


「さっき言った通り、私たち巫女の家系はインチキだったんですけどね?数年前、私と村長の夢の中で本物の神様が現れたんですよ」


 銅城磨は、熱に浮かされたような口調で話す。


「神様は、自分の信者を殺した私たちに大層お怒りで、信者に代わり自分を崇め供物を捧げろ。そうすれば罪を赦すと。なので、私と村長は神様を崇めるための供物の用意をしたんです」


「それが…」


「ええ。数百人もの贄です」


 サラッといったことを聞いて、岬くんは目を丸くする。私は、ため息を吐いた。このパターンは久々でかなりの量を要求するやつだなと。


「一人や二人なら、攫って来ればよかったんですがなにしろ数百人もの贄を用意するなんてことになったから頭を悩ませましたよ。そんな時に、リゾートを作りませんかと私たちを食い物にしようとするリゾート資本が来ましてね?神様が手伝ってくれたんだと確信しましたよ!」


「頭がおかしいんじゃないですか!?こんな事件を起こしたら島の人たちみんな捕まっちゃうじゃないですか!警察の人たちだってこんな事件を起こせるのは島の人たち以外居ないって疑いますよ!」


 岬くんは、ドブヶ丘人に多く見られる「他の奴らは異常者ばかりだが自分だけはマトモ」の精神で、銅城磨の粗を指摘した。


「だから、先生をお呼びしたんです」


「え?」


「かねてより悪名高い先生はついに完璧に発狂してわらべ歌見立て殺人を起こし、最後はこの神社で焼身自殺をする。そういうカバーストーリーを用意しておいたんです。警察の方々も、先生の今までの悪事を知っているから、いつかはそうなると思っていたがと納得してくれるでしょう」


 確かに銅城磨の言う通り、ドブヶ丘以外の全国の警察から睨まれてはいる。私が犯人だと言われたら、彼らは頷くだろう。自分でも納得してしまいそうな理屈だ。



「どうじょうま!おめーはやぐけえ!ひぞつけっぞ!」


 村長の声が外から聞こえてきた。


「今行きます!それではこれにて失礼します。最後の一時をゆっくり過ごしてくださいね」


 そう言うと、扉のすぐ向こうにあった銅城磨の気配が離れていく。


「教授!どうしましょう!?最後の歌詞は…えっと…焼け死んでしまえ!てことは神社に火が!?」


 岬くんは慌てふためいてドアを蹴り飛ばしたミイラにバックドロップを仕掛けたりをしている。そうこうしていると、神社の中の室温が上がり始めた。火が放たれたのだろう。外の太鼓の音と歓声が更に大きく。銅城磨と村長の得体の知れない呪文のようなモノが聴こえてくる気がした。


「落ち着き給え岬くん」


 私は、着ていたジャケットを脱ぎ、背中に隠しておいたものを掴んだ。それは、手斧だ。


「教授いつの間にそんなものを!?ホームセンターでマイナスドライバーとか買ってた時そんなの一緒に買ってなかったじゃないですか!」


「どうせこの島は今日で終わりだからパチッてきた」


「教授~!泥棒はいけませんよ~!」


 犯罪が起きたとバレなければ罪にはならないのは今までの経験で知っている。私は、入り口の反対側。ミイラが安置されていた方の壁に向かって、何度も手斧を振り下ろす。神社は古めかしい木の壁だ。何度も振り下ろせば、少しずつ壁が破壊されてゆく。


「教授!頑張れ!ファイト!」


「そぉ~れっ!とっ!」


 全力で振り下ろす。バキッと音を立てて人一人が通れそうな穴が開いた。私と岬くんはそこから外に出る。

 外に出て振り返ると、神社の屋根は燃え上がり、夜空に火の粉が待っていた。


「教授。これからどうします?」


「ここから山を下りよう。足元が悪いから気を付けなさい」


 私と岬くんは、燃え盛る神社を背に、真夜中の山下りを行い、脱出をした。大回りをして、南の観光エリア辺りで身を隠し、明日の観光客を降ろす船に乗船し脱出する。そのつもりだった。





 朝まで隠れていればあとは何とかなる。その考えは修正しなければいけないようだ。


「神を信じヒャアアアアアアアアアアアアア!」


「ぎゃっ!」


 菅笠をかぶった老婆が振り下ろした鉈が金髪ギャルの頭部を砕く!


「不信心シィイイイイイイイイイイイアアアアアア!」


ブゥン!ドドド!


「「「ぎゃあああああああああ!」」」


 漁師が投げた一本銛が、三人の人間の胸を貫き殺す!


 真っ赤な月が昇る夜。そこかしこで虐殺が起きていた。島民が観光客を殺しまくり、海岸沿いのホテルは炎上爆発。人がぼとぼとと逃げようと窓から落ちてゆく。観光エリアで血でコーティングされてない場はない。


「きょ、教授!」


 毒殺事件の現場に隠れようと観光エリアに来たが、異様な雰囲気を感じ物陰に隠れて見ていたが、狂ったような島民が大挙して訪れ、人々を殺している現場に出くわしたのだ。


「ここにいるのはまずそうだな。とりあえず身を低くして別の場所に」


「せ、ん、せぇ~」


 薄暗い店舗と店舗の裏路地。そこに、男の声がした。銅城磨。


「なぁ~ん、でぇ。にげちゃっ、たん、ですか~?」


 岬くんが咄嗟に照らした銅城磨は、異様な風貌と化していた。目や口から大量のタコかイカの足が飛び出し、体に少しずつ鱗のようなモノが出来つつあった。


「ぬうが、みさま、おいけぇり、じゃ!」


 反対、同じような風貌の村長が現れた。挟み撃ちだ。


「かみさま、お、いかり、なんです、よぉ~。だから、せんせ、ぇ、のかわりにぃ、たくさん、ひとぉ、ころしてるんで」


「岬くん、私の後ろに」


 手斧を構えながら、私は岬くんを背中に庇う。二人の異形はその鋭い爪に構えながら、ずるずると近づいてくる。恐らく人間以上の耐久度になっている。手斧の一撃で片方を阻めても、もう片方が私たちを殺すだろう。手数が足りない。せめてもう一本パチッてくるべきだったか。


「「死ゃあああああああああああああああ!!!」」


 二人の異形が叫びながら飛びかかる!




「しゃがめ!」


 突如明かりに照らされた私たちはしゃがむ。


BRATATATATATA!


「ぎぃいいいいいいいいいいい!」


「ぎゅううううううううううええ!」


 銃声が鳴り響き異形たちは押し寄せた弾丸たちに貫かれ、倒れた。


「無事ですか!」


 私たちの傍に、完全武装をした特殊部隊らしき男性が近づいてくる。後ろを警戒しながら近づくもう一人の隊員らしき人物の防弾ベストにはPOLICEの文字。二人は、私の顔を見た途端目だけで睨みつけてくる。恐らく彼らは、私がこの島にいることを知って送り付けられた部隊なのだろう。


「ぶ、無事です!貴方たちは?」


「私たちは警察特殊ぶた」


「しいいいいいいいいいいいいい!!!」


 倒れたはずの銅城磨が跳ね起き、特殊部隊隊員の腹を抜き手で突き破る!貫かれた隊員は叫び声を上げながら、持っていた銃を乱射しまくる!


「こいつらまだ!」


 村長に足を掴まれ圧し折られた隊員の叫びにも似た声。


「岬くん、走れ!」


 私は、岬くんの手を掴んで走り出す。行く当てはない。とにかく走ってこの場から離脱するしかない。


「港だ!港に救出用の高速艇がある!そこまで走るんだ!」


 背中から聞こえた生き残りの隊員の声。しばらく銃声が響き、そして、鳴りやんだ。





 多くの異常殺戮島民から隠れながら、私たちは走る。そして、港に到着したそこは、生き残りをかけた戦いが繰り広げられていた。

 ヘリのライトに照らされた押し寄せる異常殺戮島民。銃を撃ち高速艇に近づけんとする特殊部隊隊員たち。観光客らは複数ある高速艇に載せられ、満杯になったそばから脱出が行われていた。そこにあるのはある種の均衡。

 私たちは銃撃から逃れるために、横から回り込んで高速艇に向かって走る。


「せん、せえええええええええええ!」


「ぬうがみ、さま。おいけぇり、じゃああああああああ!」


 私たちの背後から近づく銅城磨と村長。私たちの存在に気づいた特殊部隊隊員たちの意識が私たちに逸れた。それが、均衡が破れた瞬間だった。



「きゃああああああああああああ!」


 農作業帽を被った老婆が、両手に鉈を回転させながら特殊部隊隊員たちへと突っ込む!反応が遅れた特殊部隊隊員らは銃口を高速鉈回転婆に向けるが後の祭り。特殊部隊隊員数名は斬殺され、そこに空いた穴から異常殺戮島民が殺到する!


「乗れ!」


 横で繰り広げられる殺戮から目をそらし、私は叫んだ。岬くんは残された高速艇に飛び乗る。私もそれに飛び乗り、船のアクセルレバーを一気に上げる!スクリューは水しぶきを上げ、ウィリー状態で船は海へ飛び出した!


「せん、せぇええええええええええええ」


「にげる、なああああああああああああ」


 後方から泳いで銅城磨と村長が追いかけて来るが、船とクロールの速度の差は歴然だった。後方で、ヘリが火を噴きながら落下し飛び散った人のパーツが海へと落ちる。叫び声も銃声も遠くへ。遠くへ。そして、血と破壊と虐殺に彩られた島は、水平線に消えていった。







「教授~!助けてくれてありがとうございます~!これからは心を入れ替えてゼミの時間スマホを見る時間を半分にします~!」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした岬くんが私の足にしがみついてきた。ズボンをぐずぐずにされたくない私は、足をブンブン振って岬くんを振りほどく。尻もちをついた岬くんは、服の裾で顔を拭くが、服は全て血で汚れており、無意味だった。


「ぐじゅ…あの島はどうなるんですかね…あんな事件が起きて…」


「まあ、地図から消えるんじゃないかな?今までのパターンだと」


「教授のフィールドワークっていつもこうなんですか…」


「ここまでひどくなるのは稀だよ」


 今まではせいぜいぶち壊した祠に眠っていた存在が村民を全員祟り殺しただとか、祟り神の神社でやらかして村一つが消滅しただとか、その程度だ。


ドン!


「おっと…岩でもあったかな」


 突如、船に振動が走り進まなくなった。


「きょきょきょきょ教授!」


 岬くんが見上げながら、指差す。見上げると、雲一つない夜空に浮かぶ真っ赤な月。そして、巨大なタコめいた存在。


「ぬうがみ、しんじないもの、しね!」


 巨大タコ存在は、重低音染みた声を上げる。岬くんは、狂ったような声を上げて船の角に頭をぶつけ始めた。


「やれやれ…面倒な類いが出てきたものだ」


 私は、持ってきていた手斧を掴む。巨大タコ存在は、船目掛けてその剛腕を振り下ろした。















 何とか泳ぎ着いた海岸で、私は肩で息を息をする。早々に勝てないとわかった私は船を爆発させて巨大タコ存在を道連れにして、本土まで遠泳をする羽目になった。


「あひゃひゃひゃ!」


「あーあー…駄目になってしまったか」


 背負ったままだった岬くんは、狂ったように笑い続け、割れた額からは血が流れ続けていた。


「せっかく新しく連れてきたゼミ生だったのに…また新しいゼミ生を連れて来るしかないな」


 岬くんを背負ったまま立ち上がり歩き出す。早いとこタクシーなりでも捕まえて戻って今回のレポートを纏めて形にしなければ。遠くから泳いでくる銅城磨と村長の存在を認識した私は、さっさと走り出した。



【完】

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トロピカル因習アイランド連続見立て虐殺事件 お豆腐メンタル @otouhumentaru

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